ドイツ語は当時理数系の第二外国語として脚光を浴びた、今の独語は世界に通用しない、Country wordになったようだ。 時の教科書は「Warum? Wieso? Weshhaib?」と「Ein Blick auf den Rhein」だった。 とにかく線が一杯引いてあり、さも勉強したかの如くだが、全く覚えていない。 「Das Uhre ist da?」や「der Fruhling ist da.」など断片的にしか覚えていない。 又船が女性名詞であることもこの時知った。それなりに有意義であった。 原子力工学専攻の友人(宝塚歌劇好き)は: 「Das mechen zurosu zagen und mata hirogen」等と言っては、人を笑わせていた。 もう少し思い出すことがあるかも知れない。教養時代は1年半もあったのだから・・・。