オスロに降り立つと、流石にひんやりしたが、日中故、差ほどの冷え込みではなかった。私を迎える者はなく、アポイントを取ってあったので、直ぐその足で、NV本部に向かった。気持ちを落ち着かせる意味もあって、タクシードライバーに英語で話しかけた。通じた。「I came here on business I’m a Naval architect and would like to come to NV head office」「Are you Japanese?」「Yes.」運転手は、大学を卒業していたが、いい職がないので、今はタクシーを転がしているという。ノルウェーは、結構そういう高学歴の人が、タクシーを動かしていることが多いと言っていた。NVは造船家のメッカ、誰も知らない者はいない。運転手に行き先を言うと、直ぐ承知して、連れて行ってくれた。 流石バイキングの国である。英国に次いで、造船家のステータスは高い。運転手は私に最後「Thank you sir」と言ってくれた。日本ではとても考えられない局面だった。 NV本部は総ガラス張りの綺麗な建物だった。日本の様にごみごみした感じはなく、建物は広い敷地に毅然と建っていた。玄関を抜け、階上に上がり、日本から来たことを告げ、Mr. Kunudsenに面会を求めた。SSDBの担当者である。Mr. Kunudsenは笑顔で出てきて、「Welcome Mr○○,but the appointment is tomorrow I think.」と言った。1日間違っていた。長旅と、早く解決をと思う心が、災いした。Mr. Kunudsenに非礼を詫び、明日出直してくることを約束し、ホテル・ブリストルに向かった。 ホテルに入って、感心したのは、冬の国ならではの設備で、館全体が心地よい暖かさに包まれていた。壮麗なホテルで、歴史を感じさせる5つ星のホテルだった。私は旅装を解き、くつろいだ。旅の疲れと、気疲れで、ほんの少し仮眠を取った。私が事前に国内で接していたノルウェー人と本国の人間はそっくり同じだった。紳士で、優しく、気遣いがあり、英語圏でないので、英語が分かりやすい。それが一番助かったかも知れない。Kings Englishだ。とは言っても夕食に一人で出かけ、欲しいものを注文したいが、町のレストランでは、勝手が違った。しかし、その晩の食事には何とかありつけた。
ホテルに帰っても、本国とのやり取りをせねばならず、外に出歩くことも出来ないまま、辛い待ち時間を過ごさねばならなかった。そんな繰り返しで、2~3日が経った。気ぜわしくはあったが,その間に、オスロ近郊の公園や博物館を訪れ、バイキングの乗った船の実物を見た。勿論木造であったが、竜骨(船底中心にある、船の背骨に当たる部分:Keelという)が反り上がり、前部には、海の女神ネプチューンの像が彫刻してあった。流石造船国である。私が持っているバイキング像は、カークダグラスと、トニーカーチスのそれであり、新天地を求めて南下し、英国初めヨーロッパに驚異をもたらした、Norwegianの先祖である。4日目ぐらいに、NVを訪れたら、なかなか進捗していない。中間結果を見せて貰って、考え方を協議し、私は自分の主張をした。Mr.Kunudsenの仮定と、モデル化に若干の不満があったからだ。そして、「We want to get a early decision」と言うが、Dr.Carl.Carlsenが来て、「Mr.○○、今ここで、結論を出すとしたらそれは大雑把な結論で、例えば、必要板厚35mmだと仮定しても50mmを要求せざるを得ない、それで良ければ、Approvalを出しても良いが、経済的に考えたらもっとソフィスティケイテッドな解析が必要だ」と言われた。船級協会としては尤もなことで、私は引き下がらざるを得なかった。その時初めて”sophisticated”なる言葉を覚えた。(その言葉について、Dr.Carl.Carlsenに意味を尋ねたものだ)彼らも、必死で、解析してくれた。私は中間報告を本国(玉野)に送った。玉野からは、未だ待てる、しっかりした、経済性を追求した結論を引き出すようにとの指示が来て、君に判断は任せる、NVと協力して、早急な結論に走らぬようにとあった。