ホテルに帰っても、本国とのやり取りをせねばならず、外に出歩くことも出来ないまま、辛い待ち時間を過ごさねばならなかった。そんな繰り返しで、2~3日が経った。その間に、オスロ近郊の公園や博物館を訪れ、バイキングの乗った船の実物を見た。勿論木造であったが、竜骨(船底中心にある、船の背骨に当たる部分:Keelという)が反り上がり、前部には、海の女神ネプチューンの像が付けてあった。流石造船国である。私が持っているバイキング像は、カークダグラスと、トニーカーチスのそれであり、新天地を求めて南下し、英国初めヨーロッパに驚異をもたらした、Norwegianの先祖である。4日目ぐらいに、NVを訪れたら、なかなか進捗していない。中間結果を見せて貰って、考え方を協議し、私は自分の主張をした。Mr.Kunudsenの仮定と、モデル化に若干の不満があったからだ。そして、「We want to get a early decision」と言うが、Dr.Carl.Carlsenが来て、「Mr.○○、今ここで、結論を出すとしたらそれは大雑把な結論で、例えば、必要板厚35mmだと仮定しても50mmを要求せざるを得ない、それで良ければ、Approvalをを出しても良いが、経済的に考えたらもっとソフィスティケイテッドな解析が必要だ」と言われた。船級協会としては尤もなことで、私は引き下がらざるを得なかった。その時初めて”sophisticated”なる言葉を覚えた。(その言葉について、Dr.Carl.Carlsenに意味を尋ねたものだ)彼らも、必死で、解析してくれた。私は中間報告を本国(玉野)に送った。玉野からは、未だ待てる、しっかりした、経済性を追求した結論を引き出すようにとの指示が来て、君に判断は任せる、NVと協力して、早急な結論に走らぬようにとあった。 そんなやり取りの中、Mr.Kunudsenの出した結論についてディスカッションして、更に実際的な結論を得べく、計算のやり直しをお願いした。10日目になろうとした時最終計算が出来上がり、結果は私にも満足出来るものであったので、用意していた、図面に一部朱記訂正の上、“Approval”の判子とサインを貰った。私は、Dr.Carl.Carlsen とMr.Kunudsenと彼らスタッフの協力に深甚の感謝の気持ちを伝え、その承認図面を押し頂く様にNV本部を後にした。Dr.Carl.CarlsenもMr.Kunudsenも笑顔であった。「Mr.○○はTough Negotiatorだったよ」と言ってくれた。 ホテルに帰り、その旨玉野の伝え、工事の再開を依頼した。