ゆーじんちゃんのお部屋

ゆーじんちゃんのお部屋

2006年10月


KBS 2TV 水木ドラマ『黄真尹(ファン・ジニ)』

初放送:2006年10月11日
放送時間:毎週水&木曜日 夜9時55分放映
演出:キム・チョルギュ
脚本:ユン・ソンジュ
出演:ハ・ジウォン、チャン・グンソク、ワン・ビッナ、リュ・テジュン、イ・イネ


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■黄真尹(ファン・ジニ)(ハ・ジウォン役)
哀れな女性である。大犬座のシリウスの真っ直ぐな気性を持ち、生まれてくるなら両班の男として生まれてくればよかった。しかし愛に首を吊る妓生ヒョングムの火遊びのような恋から生まれた女性である。…妓生として生きるという避けられない命運を持って生まれた女だから、哀れなのである。
しかし嘆かない女である。人生というものが仕掛けた罠など、サッサと追いやることができる気性を持ち、詩、書、画を自由自在に操れる才能を持っている。悲しみを踊りと歌で慰める方法を知っていて、人の心を奪うきめ細かいコムンゴの旋律を奏でるのが彼女の役目である。何よりも愛し続けることができる、しっかりした度胸を持っているから彼女は嘆かない。

■ブヨン(ワン・ビッナ役)

彼女はサリエリである。無理に妓生として生きなくても、良い平民の娘として生まれたが、踊りが好きで教坊に入り、最高になるためにできる限りのあらゆる精進に務めた。たぶん黄真尹がいなかったら、彼女の才能は都城最高、いや朝鮮最高になれたかも知れない。しかし実に残念なことに黄真尹の才能は、ブヨンの才能以上だった。どうせ劣等感を感じるなら、才能を見分ける目など持たずに生まれればよかった。しかし思いとおりに行かないのがこの世の常、黄真尹の才能を一番先に見抜いたのは彼女だった。
だから彼女はさらに苦しんだ。できることならサリエりのように、黄真尹をゆっくりと死に至らしめたかったのかもしれない。そうでなければ、彼女の足を切ってそのまま世の中に背を向けてしまったかもしれない。それくらい天才は、努力する秀才の心を苦しめる。

■キム・ウノ(チャン・グンソク役)

黄真尹の初恋である。ほとんどの初恋がそうであるように、ひと時の夢のように短い恋で、そのせいで胸が焦がれる恋である。妓生との情愛は、ただ一時的な歯痛のようなものだと思うことができたらどうだったろう?両班の息子と妓生の恋は、現実ではよい結末を迎えないということが、賢く計算できたらどうだったろう?もしそうなら少なくとも、相思病で命を落とすような愚かな真似はしなかったかもしれない。
しかし彼の恋は優柔不断だった。またためらいも多かった。母親の怒りの前に二の足を踏み、父親のたくらみの前に当惑した。結局自分の優柔不断さに負けて死に至る病気にかかった。しかしその全てが愛である。亡者となって黄真尹を心行くまで見守る自由を得たのだから。

■ビョク・ゲス(リュ・ゲス役)
ひねくれた愛である。だからこの愛は腹立たしく、腹立たしいだけ痛々しいのも事実である。王室を親戚に持ち、男として生まれたが出世の夢のようなものは抱いてはならないのが現実。出世を夢見て権力への欲をかけば、それは即ち、いつ謀反という罠が彼の首根っこを捉まえるかわからなかった。だから彼は父親にそう学んだ。ひたすら風流を楽しみ、財物と勢力を操ることが、王室の親戚に与えられた人生だと…。

■ケットンイ(イ・イネ役)

官衛下婢の娘として生まれ、水汲みの召使として生きる彼女は、黄真尹と同い年の友達である。どうせ卑しい身分に生まれたのなら、もっと見劣りするように生まれつくか、それでもなければ世界を振り回す才能くらい持って生まれてくればよかった。しかしそれもこれも自分の分ではないので、卑しい身分の中でも一番下っ端の水汲み女、だから幸薄い。彼女にとってがやがやと賑やかな教坊が羨望の的である。妬ましさと嫉妬に苛まれる彼女は、いつも苦しんでいた。
しかし彼女は妓生になった。彼女の苦しみを快く分け合うと言ってくれた黄真尹を友に、彼女を娘のように大切にするヒョングムを師匠にする幸運に恵まれたからである。ただそうやって妓生として生きていくことが、彼女が享受できる最高の贅沢である。

■■ 企画意図 ■■
16世紀の初中盤を生きた名妓“黄真尹”は、資料が少なく、無数の噂と偏見が多い。これまで主に男性の視覚から見て、「性的に乱れていて淫蕩な、男性が好む、やや才能がある妓生」という意味だった。しかしドラマ『黄真尹』は、かなり女性的な視覚から見た黄真尹である。卑しい身分と極度の男性上位社会の女性という性的な束縛が、彼女の人生に悲劇的な原形を作り出したのだろう。黄真尹はそのような難関に順応せずに 自分が主役の人生を生きるために、時代に反旗を翻した人物として描かれている。そのためには彼女と関連した男性とのウワサを掘り下げ、彼女がなぜそうしなければならなかったかを推測する。黄真尹は実際、正史のどこにもその名前を発見することができない。しかし彼女が残した時調5首と漢詩7篇は存在する。漢詩を研究する学者は、黄真尹の詩1首が金時習(キム・シスブ)の詩10首に匹敵するとまで評価している。

妓生である前に詩書画に長けた総合芸術家であった黄真尹の姿を、ドラマを通じて描いていく。ドラマ『黄真尹』は、単純に数多くの男性を渡り歩いた朝鮮時代の“宿命の女”の愛情行脚の物語ではない。男性遍歴までも実際は、彼女の人間的な完成のためだったということをこのドラマは語ろうとしている。

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■ ■ ■ ■ ■    大祚榮(デチョヨン)    ■ ■ ■ ■ ■
KBS 週末ドラマ『大祚榮(デチョヨン)』

初放送:2006年9月16日
放送時間:土&日曜日 夜9時30分放映)
演出:キム・ジョンソン、ユン・ソンシク
脚本:チャン・ヨンチョル
企画:イ・ソンジュ&チョン・ヨンチョル
出演:チェ・スジョン、チョン・ボソク、イ・ドッカ、パク・イェジン、ホン・スヒョン

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■大祚榮(デチョヨン)(チェ・スジョン役)

火のような決断力と氷のような判断力。大儀のためならいかなる犠牲も辞さず、小さなことのために命をも捧げることもできる正真正銘の英雄。高句麗の敗亡期に生まれ、戦乱の中で強烈なカリスマと卓越したリーダーシップで、高句麗の流民を唐から脱出させ、遼東を統合し新たな国を建国する。
645年.安市城を陥落させるために唐軍が積み上げた土山が崩れるその瞬間、流星と共に城内の民家から力強い泣き声が響き渡った。安市城の城主 楊/梁萬春(ヤン・マンチュン)は、子供が誕生した晩に起こった尋常ではない兆しが大勝利をもたらしたと喜び、祚榮という名前をつける。大渤海の太祖 大祚榮(デチョヨン)は、このように韓国の歴史上最も強大だった時代、安市城の偉大なる勝利と共に誕生した。
後に淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)が、そのように伝ようとしなかった出生の秘密を知った大祚榮(デチョヨン)は、父親を探すために高麗城に旅立つが、この時起こった第2次高唐戦争の真っ只中、巻き込まれてしまう。以降帝王の運命は多くの危機をもたらすようになり、大祚榮(デチョヨン)はこれをかき分けて、将来の大帝国渤海開国のための険しい道のりを歩き始める。

■李楷固(イ・ヘゴ)(チョン・ボソク役)

最後まで北方の覇権を争った悲運の英雄。高句麗5部貴族の一つであるブ氏家の長男だが、高句麗滅亡の戦乱期に覆われて、契丹族の長アサナイ(イ・ジンチョン)によって育てられ、契丹族最高の勇士ヤスイとして育つ。
兄弟のように育ったアサナイの娘チョリンを愛している。高句麗を敗亡させる時に手柄を立てて薛仁貴(ソル・イングィ)の手下になるが、ついにチョリンの気持ちは大祚榮に奪われてしまう。しかしチョリンへの恋情を断ち切らず、彼女が生んだ大祚榮の息子を我が子のように育てる。
北方の覇権を巡って大祚榮と最後まで対立するが、結局大祚榮に負けてしまう悲運の英雄である。

■薛仁貴(ソル・イングィ)(イ・ドッカ役)

契丹族出身の唐の名将。645年、安市城の戦闘時、唐部隊は城門から出てきた高句麗軍に包囲され、壊滅の危機に瀕していた。この時無名の兵卒一人が怪しい服装で登場し、高句麗の将軍を殺害して唐軍を助け出した。その時僅か20歳。その唐の兵卒がまさしく絳州(カンジュ)龍門(ヨンムン)出生の薛仁貴(ソル・イングィ)だった。無名の兵卒から一躍英雄になった彼は、高句麗滅亡後、平壌城の安東都護府を率いて高句麗の統治を始める。以降二十万人の高句麗の流民を唐に護送するなど、遼東の高句麗抗議勢力討伐の先頭に立つ。以降、抗議勢力の核心となった大祚榮が建国する過程で、彼と波乱万丈の対決を繰りひろげていく。

■チョリン(パク・イェジ役)
大祚榮の初恋であり、悲恋の恋人。大祚榮が契丹族に捕らえられた時、部族長の娘である彼女を人質に取り逃げようとする。その過程で愛を感じるようになる二人。遼東を巡って大祚榮と対立するヤスイ(イ・ヘゴ)が愛する女性。しかし幼い頃から自分を愛する李楷固(イ・ヘゴ)にチョリンは実の兄以上の感情を感じることができない。
草原で育ち、たくましい野生の女の風貌を帯びたチョリンは、部族を捨てて戦場も厭わず、大祚榮と一緒にいようとする。寶藏王の姪であるスギョンの登場以降、大祚榮を巡って葛藤を引き起こす。大祚榮の息子ゴミを産むが結局大祚榮と愛を叶えられずに、悲劇的な結末を迎えることになる。


■スギョン(ホン・スヒョン役)

大祚榮の正室。犠牲を厭わない真実の愛。普段少し離れたところから大祚榮への恋慕を育ててきたスギョンは、寶藏王の実の姪である。後に計略で平壌城に囚われた大祚榮を助けることになる。
何事にも積極的で闊達なチョリンとは違い、スギョンの愛は用心深く慎重で思慮深い。後に大仲象(デ・チュンサン)に従って東牟山に帰ったスギョンは、王室の掟と形式を脱ぎ捨てて百姓らと一緒に暮らす。以降高句麗復興の夢が壊れたまま、絶望に陥って東牟山に帰った大祚榮はスギョンを通じて勇気を取り戻すことになる。
大祚榮を巡ってチョリンと葛藤を繰りひろげるが、結局運命は彼女を初の皇后に導く。


■■ 企画意図 ■■
7世紀中盤、世界最強国だった唐が高句麗を侵攻。かつて数国を屈服させた高句麗ではないか?唐の太祖 李世民(イ・セミン)が自ら率いた30万の大軍は、安市城の楊/梁萬春(ヤン・マンチュン)将軍の前にひざまずく。大帝国高句麗の威容をとどろかせてわずか20年後の688年。内部分裂により高句麗は、唐・新羅連合軍によって滅亡する。
多くの高句麗人が虐殺されて痛恨の亡国民になり、流民としてさ迷う。陰鬱とした滅亡の影の中、一人の高句麗の青年が忽然と現われる。唐の支配に呻いていた高句麗の流民を助け出し、散りじりになっていた軍隊を糾合し、徹底した闘争で高句麗の伝統性を受け継ぐ新国を建設する。高句麗衰亡後わずか30年ぶりのことであった。
大祚榮(デチョヨン)、そして渤海…昔の大陸歴史への郷愁ではなければ自己憐憫?違う。過去は現実を照らす巨物である。日帝植民地支配と朝鮮戦争の廃墟の上に建国したが、散在し苦い内部問題の苦しみ、続く周辺の強大国の対立と牽制、そして退屈な分断時代に疲れた我々…
時間をさかのぼって約1300年前の渤海を見てみよう、滅亡の荒地に国を作り、周辺国のどこも望まない建国、権力、闘争でむらのある政治…しかしその全ての問題を克服した渤海は、対立していた唐まで認めさせた北東アジアの最強国になる。平和と共存のパラダイムで世界と交流し、高句麗を滅亡させた敵国新羅までが、民族意識を根幹に友好親善関係を抱いた。
『大祚榮(デチョヨン)と渤海』を描くことは、絢爛たる韓民族の歴史を復元すると同時に、私たちに歴史的洞察力と民族の未来への新たなビジョンを提示する作業になるであろう。大帝国渤海を建国した力は、まだ我々の中にある。


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