朱夏の海

小説  幸せのために 1




 私の姉はバツ3だ。
だからといって、とても男にだらしないとか、気まぐれで辛抱が足りないとか、そんなことは無いと思う。
しかも、女らしく色気があり、男が群がるような外見でも決してない。
どちらかと言うと、顔は美人だが貧相な体つきで少年のようだ。
性格も明るくサッパリとしていて能天気なタイプである。
そんな風だから、自分の経歴も全く気にせず、三度の結婚生活の失敗にもめげず、明るく楽しく生きているのだろう。

その姉が昨夜、突然電話をかけてきて、

「結婚するわ・・・」

っと、少し恥ずかしそうに、とても明るく言い放った。
 頭が真っ白になった。

『頼むから止めてくれっ』とか、『最近付き合ってるあの男か?』とか、『このままバツ10ぐらいまでチャレンジするかぁ!!』とか・・・

言いたい事は沢山あったが、

「と、とにかく、明日、家にいく」

とだけ答えて電話を切った。

仕事に遅れそうだったのだ。

 あたしは「花」。
小さな「場末のスナック」ってヤツでアルバイトをしている。
昨夜は出勤日だったのだ。金、土の二日間。時給、良。
この店は中学の友人「ミキ」の店で、母子家庭のあたしのために、お給料を奮発してくれている。

 ありがとう。感謝してます。

言い忘れたが、あたしはバツ1で、中学三年の娘、「詩」がいる。
再婚の予定はない。
昼は小さな会社の事務員をして、アルバイトと母子手当てで、あたしたち親子の生活は成り立っている。

そんなあたしにとって、唯一の大切な休日の日曜日の昼。
雪のチラつく中、車で15分の姉の家に向かいながら、思い留まらせる方法を考えた。
言い出したら聞かない頑固な姉の事を思い、ため息混じりにマイカーの真っ赤な軽自動車を走らせた。

 姉の名前は「香」。
家は両親が若い頃に購入した、あたしが生まれ育った古い一軒家だ。
退職金で田舎に土地を買って引っ越した、これまた能天気な両親から譲り受けたものである。
 姉がバツ3になってしまい、さぞかし心を痛めているだろうっと思ったが、

父は『おまえは楽しそうでいいなぁ』っと、母は『あのたの人生、好きに生きなさい』っと、まるで気にしていない。

それどころか、『二人で老後を楽しむから』っと、あたしたちに何の相談も無く、昨年の春に引っ越して行ってしまった。
日帰りには難しい、ど田舎にトラック一台分の荷物だけ乗せて。

 親が親なら、子も子だ。

 小さな頃から通いなれた道を車で通り、一瞬懐かしく思いながら、
今は姉の住む実家の何も止まっていない駐車場に車を突っ込んだ。

 玄関のインターフォンを、たて続けに3回押すと、
「開いてるよ~。」っという声がした。

住み慣れた家の廊下を通り、家族がいつも集まっていた居間に入ると、
暖房の良く効いた部屋のコタツの上で、姉はお茶漬けを食べていた。
白菜の浅漬けを箸で指し、

「食べる?」

っと、口をモゴモゴさせながら聞いた。

姉の能天気ぶりと、あわてて飛んできたあたしの間抜けさに、なんだか無性にハラがたってきた。

「いらない!! それよりどーゆー事!?」

あたしは仁王立ちのまま一気に言った。

「どーゆー事?まさか、また苦労を買って出たんじゃないでしょうねっ!
『わたしがまとめて面倒見ます。』なんて言っちゃったんじゃないでしょうねっ!
これ以上厄介ごと背負い込むの止めてよ。今まで苦労してきたんだから。
好きだけじゃ生きていけないの、わかるでしょ。
もっと自分の事考えてよ。今年40歳になったんでしょ。
体もガタ来るよ。良く考えてよー。」

 まくし立てるあたしを横目でチラリと見て、姉はズズーと音を立ててお茶漬けをたいらげた。そして、

「ご馳走様。」

っと、手を合わせつぶやいた後、

「あたしもそう思った。だから別のにした。」

っと、にっこり笑った。
 妙な回答にあたしは呆然と立ち尽くした。

「まぁ、とりあえず、コーヒーでも飲もうよ。あたし、ブラック・・・」

 仁王立ちしたままだったあたしは、当たり前のように台所に行き、二人分のコーヒーを入れた。
姉には濃い目のブラック。自分には、砂糖と牛乳をたっぷり入れた。

姉は「ありがとう」と言い、一口コーヒーを飲んだ後、ポツリポツリとしゃべり始めた。

「少し前友人の紹介で知り合った人が、とてもやさしくしてくれるんだぁ。

同じ年でね。一度も結婚した事がなくて、数年前にご両親亡くして・・・
一人っ子だったんで身内らしい身内いないの。
 ちょっと世間知らずなぼっちゃんタイプなんだけど、
立派な家持ってて、いい会社に勤めてて、お金持ってて。
顔もスタイルもそんなに悪くないのに、なぜか今までご縁がなかったんだってー。
女の人と話すのが苦手なんだって~。
いつもの調子でワイワイやってたら、

『あなたと居ると、とても楽しい。結婚したら、明るい家庭になるだろうね。』

なんて言うもんだから、

『じゃ、ためしに結婚してみるぅ?』

って言ったら、本気になっちゃって~。あはははは~。」

「それ、大丈夫?だましてない?」

世間知らずな、純粋な男を騙くらかす、姉の姿が頭いっぱいに広がった。

「なんでよっ。全部言ってるよ!バツ3だって事も、子供居る事も。失礼なっ」

そこで、姪で5歳の悠が居ない事に、初めて気付いた。

「あれ、悠は?」

「彼と遊園地に行った。」

「二人で?」

「そっ。二人で。すごくなついちゃってさ~、彼が。 悠のいいなり!」

なんとなく想像出来た。

悠は5歳の女王様なのだ。姉がどこにでも連れ歩くので、人見知りもせず、
計算高く、姉に似たかわいい顔を武器に、上手に甘えて物をねだる。

ミキなんて、『将来はうちの店に!!』っと、かなり本気で勧誘してる。

「それでー、あまりにも条件がいいから、なんだか揺れちゃってー。
結婚しちゃおっかなーなんてー。」

「付き合ってた人はっ?どうなったの?あの、うるさい人。黙ってる訳?」

「あー、吉岡さん?『あまりにも条件がいいんで別の男に走ります』って言ったら、
『その方が幸せなら仕方ない』ってあっさり・・・
 結構好きだったんだけどな~。

あたしも年じゃない!
幸せになるためには、花が言うように‘好きだけじゃダメだなー’って思ったの。
ちょっとは成長したでしょ。」

あたしは複雑な気持ちで、『あー。』とか『まー。』とか、曖昧に答えた。

相手のご両親が生きていれば、さぞかし大反対にあうだろうと思うが、残念ながらすでに亡くなっている。
反対する身内も居ないのに、こちらが反対する訳にも行かず、何をどう反対するかも思い浮かばず、

「まあ、とにかく、末永くお幸せに・・・」

っと、なぜか良く分からない祝辞のような言葉を残し、冷めたコーヒーを一息に飲んで、姉の家を後にした。

 家に帰って冷静に考えてみると、姉にはもったいないほどの良縁で、

「これは、今度は、今回こそは!!幸せになれるのでは・・・」

っと思い出した。

そうなると気の毒なのは、吉岡といううるさい人だ。
思いのほか、あっさりと引き下がったのにはびっくりした。

ミキの店で2度会ったことがあるのだが、まるで、口うるさい親父のように、ずっと説教をしていた。
横で小さくなって、めんどくさそうに頷いてる姉を見るのは、なかなか楽しかった。
その内容は、『家に早く帰れ』だの、『服装が派手』だの、『言葉使いが悪い』だの、
『落ち着きが無い』だの。女子高生に言っている様なのだ。
 姉は,ガサツでズボラでおっちょこちょいで、でも一生懸命で、猪突猛進型なのだ。
 あまりうるさく言われてると、そのうちブチ切れるんじゃないかなんて、密かに思っていたのだけれど、
まさか、こんな結果になるなんて・・・

 そんな事を考えながら、簡単に昼食をすませると、娘の詩が帰ってきた。
 ただいまも言わず、ドサッと荷物を置き、ガサガサとテイクアウトのハンバーガーを食べ始めた。

「どこ行ってたの?」

っと聞いたあたしに、あきれたように、

「お母さんこそ、どこに行ってたの?
今日は、受験する学校の見学に行くって言ってたじゃん。」

っと言った。

姉の事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

「もう!猪突猛進なんだから!!」

    えっ?

「一生懸命になって、厄介事引き受けてこないでよっ!!」

    あれっ?

「35歳になったんでしょっ!そろそろガタくるよ。よく考えてよね!」

   ・・・・・

何なんだ、こいつは!さっきあたしが姉に言った言葉じゃないか!
ドキドキしながら‘血は争えない’ってこうゆう事を言うのか、っと思った。

姉に‘姉妹の血’を感じ、娘に‘親子の血’を感じ・・・
 世の中を集合体で分類すると、姉もあたしも、そして娘も、間違いなく同じグループに入るのだろう。

 ピクルスを残し、一息ついた詩が、黙り込んだあたしの顔を覗き込んで聞いた。

「っで、どこに行ってたの?起きていきなり飛び出してったけど。」

「あー、香ちゃんち。」

「香おばちゃん、何かあったの?」

あたしはため息をつき、

「結婚するんだって~。」

っと言った。

「げっ。懲りない人だ。今度はどんな人。」

 ちょっと、答えに困ったが、

「なかなか、良さそうな人。」

っと、言っておいた。

「ふーん。そういえば、愛ちゃんからメール来てたけど、何も言ってなかったよ。」

 愛は姉の上の娘だ。地方の大学に進学して、一人暮らしをしている。

「何って来てたの?」

「『毎日楽しいよー』って。『だから、春休みは帰らないー』ってさ。」

 ――あいつも、猪だ。

「あーぁ。みんな‘春’してるよなー。あたしも頑張って春見つけよう。
その前に、受験、受験。塾行って来る。バイバイ。」

食べ散らかしたまま、バタバタと出て行った。忙しいヤツだ。

「よっこらしょ」っと腰を上げ、残ったピクルスをかじりながら、簡単に部屋の掃除をした。


詩は勉強が良く出来る。今日、見学に行った学校も、市内で1.2番の公立高校だ。
これも‘血’なのかなぁっと、10年前に別れた元夫の事を考えた。

勉強は出来るが頭の固い、融通のきかない、まじめなエリートサラリーマンだった。
 20歳の時、お見合いで結婚してしまった。
封建的な横柄な男で、5年間耐えていたが、頭に来て、

「家政婦でも雇ってください。」

っと、離婚届をたたきつけてやった。

 後に、なんで結婚したんだろう?って考えてみると、
『断る理由がなかったから』って事に気付いた時には、さすがに愕然とした。
 相手にも相当失礼な話だ。

 次に結婚する時は、“一緒にいたい人”と結婚しようと、その時心に誓った。
今のところ、そんな人は全くいないけど。

 苦い過去を思い出しながら、姉の事を考えた。
条件がいいからと、好きじゃない人と結婚してしまっていいのだろうか。
今までの姉の苦労を考えると、吉岡さんより今の彼のほうがいいに決まってる。
でも、はたして、幸せなのだろうか?
40歳にもなって、‘好き’とか言ってる場合じゃないような気もするけど。

っと、そこで、条件のいい世間知らずなおぼっちゃんの、名前を聞いていない事に気付いた。


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