「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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朱夏の海
幸せのために 5
桜の花は、すっかり散ってしまい、風は日増しに温かさを増してきた。
詩は新しい制服に身を包み、楽しそうに毎朝飛び出してゆく。
ミキは真っ黒に日焼けして、大量のお土産と一緒に帰ってきた。
どうも、男連れだったようだ。 いつのまに・・・
姉とはその後、会っていない。
何もしてあげられない自分を、情けなく感じていた。
あたしは、前々から食事に誘われていた、朝倉という客とお寿司を食べに行った。
詩がアルバイトを始め、一人で食事をすることが多くなったからだ。
その日は朝倉から、2度目の食事に誘われ、
おいしい地酒のある店で、たらふく食べて、飲んだ帰りだった。
朝倉は、昔からの友人のように、気を使わなくていい、冗談を言って笑い会える人だ。
一緒にいると、とても楽な存在だ。
「明日は祝日なのでもう少し飲もう」っという事になり、ミキの店に行くと、
店の前でバッタリ姉にあった。 となりには吉岡がいた。
あたしはうれしくなり、「一緒に飲もう!」っと二人を強引に誘った。
4人で店に入ると、客は一人しか居なかった。
カウンターの隅に座っていた客は、真っ黒に日焼けしたさわやかな同年代の男だった。
意味ありげに笑ったあたしを見て、ミキは照れくさそうにしていた。
みんな良く飲み、良くしゃべった。
ミキは男に顔を寄せ、くすくす笑っている。
吉岡は相変わらず、姉に説教をしていた。
『飲みすぎるな、体を大切にしろ。』っと。
姉のにこやかな顔を見ていると、ほっとして涙が出そうになった。
朝倉は、人に気を使わせない男だ。どんな状況にもすんなりはまってくれる。
今も、ずっと昔からの知り合いのように、とても自然な位置でいてくれる。
自己主張する人や、人見知りする人だったら、
こんなにも素直に、姉やミキの事をうれしく思えなかったかもしれない。
今日、横にいた人が、この人で良かったっと思った。
朝倉の顔を見ると、
『何もかもわかってる』
って顔で、にっこりと頷いた。
何も知らないくせに・・・・
でも、すごく安心した。すごく頼もしかった。
「今日、花のところに、泊めてよ。」
突然、姉が言い出した。吉岡も、ニコニコして見ている。
「悠、お泊りなのよ。
吉岡さんのお母様と老人会の温泉旅行について行っちゃったの。
一人だから、いっぱい飲もうと思ってたのに・・・」
吉岡の顔を恨めしそうに見上げた。
「僕。明日早いんで、香のお守り出来ないんです。花ちゃん、よろしくお願いします。」
吉岡の保護者のような言い方が、とても微笑ましくて、
「了解しました。」
っと元気良く、大声で答えた。
玄関の前まで送ってもらい、姉と二人、家の中に落ち着いた。
詩はもう、寝ているようだ。
「もう少し飲まない?」
っと誘うと、
「OK~!]
っと姉も明るく答えた。
明るい姉が好きだ。
色んな事があったけど明るい姉が大好きだ。
姉の笑顔は痛みを知ってる笑顔だ。
翳りを見せず、くったくなく笑う姉の強さを、あたしはとても尊敬する。
先週見つけた、お気に入りの白ワインを開けた。
「なんだか分からないけど、乾杯!」
っと姉は、少し酔った口調で楽しげに言った。
「おいしーねー。」
っと二人して更に幸せな気分になった。
「ねぇ、吉岡さんとは、どこで出会ったの?」
ワインを継ぎ足しながら、姉に聞いた。
姉は少し考え込んで、
「20年前・・・」
っと言った。
20年前といえば、姉が一度目の離婚をした頃だ。
「まさか・・・。」
「ボロボロになって道に座り込んでいたあたしを、助けてくれた人なの。」
あたしは、言葉につまった。
「彼は、全部、知ってるの。 今までのあたしの事。」
吉岡の顔が浮かんだ。
姉に説教してる、少し怒ったような、でも優しげな目。
「出会った時、彼は結婚していて、奥さんも良く知ってる。
だって、助けられた時、家に連れてって、傷の手当してくれたんだもの。」
「信じられない・・・」
「なんか、すごいでしょ。今、こんな事になってしまってるなんて。
奥さんね、2年前に病気で亡くなったの。
もともと、丈夫な人じゃなかった。子供も出来なくて・・・
同居していた、お母様とも仲良くしていただいてたの。」
「だから、悠を旅行に・・・」
「うん。すごく感謝してる。吉岡さんの家族には。
あたしがあの時、立ち直れたのは、彼らのおかげ。
彼の奥さん、すごくいい人なの。
事件の時、あたし以上に泣いてくれて、『私が代わってあげたい・・・』って。
あたしはその頃、みんなを恨んで生きてたから、天使に出会った気分だった。
美人じゃないけど、とても穏やかな顔なの。
この人の様に、人のために生きようって思った。
だから、こんな結果になっちゃったんだな~。
あたし、バカだからさっ」
「あはは。ほんと。」
姉はスッと真顔になって、
「奥さんはいつも『頑張りなさい』って言ってくれた。
離婚の時も『良く頑張ったわね』って。
ひとまわり位上だったんだけど、妹のようにとてもかわいがってくれた。
年上女房だったから、吉岡さんも頭上がんなくってさ。
女三人で、吉岡さんをからかったりして、楽しかった~。」
姉はぼんやり宙を見つめ、グラスを開けた。
「奥さん亡くなった時、すごくつらかった。
亡くなる少し前、お見舞いに行ったの。
突然奥さん、『吉岡をお願いね。』って。
ビックリしてると、
『吉岡はいい人よ。あなたもそろそろ、幸せにならなきゃっ』って。
そんな風に考えた事なかったから。とても素敵な夫婦だったから。
『あたしは若くて男前がいいよー。』って冗談言ってた。」
姉はふうっとため息をつき、
「奥さんの言う通りになっちゃった。」
っとあきらめたように言った。
「あたし、もう、離れない。
宮本さんには酷い事してしまったけど、
これからも、色んな事いっぱいあると思うけど、
きっと、ずっと、一緒にいる。
自分のためにも。
奥さんのためにも。」
神様、このまま姉を幸せでいさせて下さい。
これ以上、辛い思いさせないで下さい。
姉の幸せを、心から、願った。
ボトルが空いてしまったので、台所から赤ワインを持ってきた。
「もうこれしかないから、これ飲んだら寝るよ。」
「わかった~。」
姉は珍しく、素直に言った。
今日はからまれなくて済みそうだ。
ワインを開けるのを姉に任せて、あたしはグラスをとりに行った。
戻ってみると、不器用な姉は、ボトルの中にコルクの破片いっぱいにしていた。
「なによっこれ!」
「しょーがないじゃない!」
プッと吹きだし、二人で笑った。
異物入りのワインを、くすくす笑いながら、二人で飲んだ。
「吉岡さんて、何歳?」
「かなり、ふけてるけど、45歳。」
「うっそー。絶対50歳はすぎてると思った~。」
「よく言われてる。本人気にしてるから、言っちゃダメよ~。
そんな事より、今日、花と一緒にいた人。
朝倉さんだっけ。どーゆー関係?」
あたしはそ知らぬ顔して、ワインを飲んだ。
「言いなさいよー。あたしばっかり、しゃべってるじゃない。」
朝倉の顔が浮かんだ。
やさしい、頼もしい横顔。
あたしはこれから、どうなっていくんだろう。
一人で生きていくのは、とても不安だ。
でも結婚には、まだ抵抗がある。
朝倉の事は嫌いじゃない。かなり好感を持っている方だ。
でも、まだ、「ずっと、一緒にいたい人」なのかは、分からない。
すぐに答えは、出ないだろう。
あたしは、あたしのペースで、
ゆっくりと、前に進んでいこう。
あたしの、幸せのために・・・・・
END
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