朱夏の海

幸せのために  5





 桜の花は、すっかり散ってしまい、風は日増しに温かさを増してきた。

 詩は新しい制服に身を包み、楽しそうに毎朝飛び出してゆく。

 ミキは真っ黒に日焼けして、大量のお土産と一緒に帰ってきた。

 どうも、男連れだったようだ。   いつのまに・・・


 姉とはその後、会っていない。

 何もしてあげられない自分を、情けなく感じていた。


 あたしは、前々から食事に誘われていた、朝倉という客とお寿司を食べに行った。

詩がアルバイトを始め、一人で食事をすることが多くなったからだ。


 その日は朝倉から、2度目の食事に誘われ、

 おいしい地酒のある店で、たらふく食べて、飲んだ帰りだった。

 朝倉は、昔からの友人のように、気を使わなくていい、冗談を言って笑い会える人だ。

 一緒にいると、とても楽な存在だ。


「明日は祝日なのでもう少し飲もう」っという事になり、ミキの店に行くと、

店の前でバッタリ姉にあった。 となりには吉岡がいた。

 あたしはうれしくなり、「一緒に飲もう!」っと二人を強引に誘った。

 4人で店に入ると、客は一人しか居なかった。

 カウンターの隅に座っていた客は、真っ黒に日焼けしたさわやかな同年代の男だった。

 意味ありげに笑ったあたしを見て、ミキは照れくさそうにしていた。


 みんな良く飲み、良くしゃべった。

 ミキは男に顔を寄せ、くすくす笑っている。

 吉岡は相変わらず、姉に説教をしていた。

『飲みすぎるな、体を大切にしろ。』っと。

 姉のにこやかな顔を見ていると、ほっとして涙が出そうになった。


 朝倉は、人に気を使わせない男だ。どんな状況にもすんなりはまってくれる。

今も、ずっと昔からの知り合いのように、とても自然な位置でいてくれる。

自己主張する人や、人見知りする人だったら、

こんなにも素直に、姉やミキの事をうれしく思えなかったかもしれない。

今日、横にいた人が、この人で良かったっと思った。

 朝倉の顔を見ると、

 『何もかもわかってる』

って顔で、にっこりと頷いた。

   何も知らないくせに・・・・

でも、すごく安心した。すごく頼もしかった。


「今日、花のところに、泊めてよ。」

 突然、姉が言い出した。吉岡も、ニコニコして見ている。

「悠、お泊りなのよ。

 吉岡さんのお母様と老人会の温泉旅行について行っちゃったの。

 一人だから、いっぱい飲もうと思ってたのに・・・」

吉岡の顔を恨めしそうに見上げた。

「僕。明日早いんで、香のお守り出来ないんです。花ちゃん、よろしくお願いします。」

吉岡の保護者のような言い方が、とても微笑ましくて、

「了解しました。」

っと元気良く、大声で答えた。


 玄関の前まで送ってもらい、姉と二人、家の中に落ち着いた。

 詩はもう、寝ているようだ。

「もう少し飲まない?」

っと誘うと、

「OK~!]

っと姉も明るく答えた。

 明るい姉が好きだ。

 色んな事があったけど明るい姉が大好きだ。

 姉の笑顔は痛みを知ってる笑顔だ。

 翳りを見せず、くったくなく笑う姉の強さを、あたしはとても尊敬する。


 先週見つけた、お気に入りの白ワインを開けた。

「なんだか分からないけど、乾杯!」

っと姉は、少し酔った口調で楽しげに言った。

「おいしーねー。」

っと二人して更に幸せな気分になった。

「ねぇ、吉岡さんとは、どこで出会ったの?」

ワインを継ぎ足しながら、姉に聞いた。

 姉は少し考え込んで、

「20年前・・・」

っと言った。

20年前といえば、姉が一度目の離婚をした頃だ。

「まさか・・・。」

「ボロボロになって道に座り込んでいたあたしを、助けてくれた人なの。」

あたしは、言葉につまった。

「彼は、全部、知ってるの。 今までのあたしの事。」

 吉岡の顔が浮かんだ。

 姉に説教してる、少し怒ったような、でも優しげな目。

「出会った時、彼は結婚していて、奥さんも良く知ってる。

 だって、助けられた時、家に連れてって、傷の手当してくれたんだもの。」

「信じられない・・・」

「なんか、すごいでしょ。今、こんな事になってしまってるなんて。

 奥さんね、2年前に病気で亡くなったの。

 もともと、丈夫な人じゃなかった。子供も出来なくて・・・

 同居していた、お母様とも仲良くしていただいてたの。」

「だから、悠を旅行に・・・」

「うん。すごく感謝してる。吉岡さんの家族には。

 あたしがあの時、立ち直れたのは、彼らのおかげ。

 彼の奥さん、すごくいい人なの。

 事件の時、あたし以上に泣いてくれて、『私が代わってあげたい・・・』って。

あたしはその頃、みんなを恨んで生きてたから、天使に出会った気分だった。

美人じゃないけど、とても穏やかな顔なの。

この人の様に、人のために生きようって思った。

 だから、こんな結果になっちゃったんだな~。

 あたし、バカだからさっ」

「あはは。ほんと。」

姉はスッと真顔になって、

「奥さんはいつも『頑張りなさい』って言ってくれた。

 離婚の時も『良く頑張ったわね』って。

 ひとまわり位上だったんだけど、妹のようにとてもかわいがってくれた。

 年上女房だったから、吉岡さんも頭上がんなくってさ。

 女三人で、吉岡さんをからかったりして、楽しかった~。」

 姉はぼんやり宙を見つめ、グラスを開けた。

「奥さん亡くなった時、すごくつらかった。

 亡くなる少し前、お見舞いに行ったの。

 突然奥さん、『吉岡をお願いね。』って。

 ビックリしてると、

『吉岡はいい人よ。あなたもそろそろ、幸せにならなきゃっ』って。

 そんな風に考えた事なかったから。とても素敵な夫婦だったから。

『あたしは若くて男前がいいよー。』って冗談言ってた。」

 姉はふうっとため息をつき、

「奥さんの言う通りになっちゃった。」

っとあきらめたように言った。

「あたし、もう、離れない。

 宮本さんには酷い事してしまったけど、

 これからも、色んな事いっぱいあると思うけど、

 きっと、ずっと、一緒にいる。

 自分のためにも。

 奥さんのためにも。」


   神様、このまま姉を幸せでいさせて下さい。
   これ以上、辛い思いさせないで下さい。

 姉の幸せを、心から、願った。


 ボトルが空いてしまったので、台所から赤ワインを持ってきた。

「もうこれしかないから、これ飲んだら寝るよ。」

「わかった~。」

 姉は珍しく、素直に言った。

 今日はからまれなくて済みそうだ。

 ワインを開けるのを姉に任せて、あたしはグラスをとりに行った。

 戻ってみると、不器用な姉は、ボトルの中にコルクの破片いっぱいにしていた。

「なによっこれ!」

「しょーがないじゃない!」

 プッと吹きだし、二人で笑った。

 異物入りのワインを、くすくす笑いながら、二人で飲んだ。

「吉岡さんて、何歳?」

「かなり、ふけてるけど、45歳。」

「うっそー。絶対50歳はすぎてると思った~。」

「よく言われてる。本人気にしてるから、言っちゃダメよ~。

 そんな事より、今日、花と一緒にいた人。

 朝倉さんだっけ。どーゆー関係?」

 あたしはそ知らぬ顔して、ワインを飲んだ。

「言いなさいよー。あたしばっかり、しゃべってるじゃない。」



 朝倉の顔が浮かんだ。

 やさしい、頼もしい横顔。


 あたしはこれから、どうなっていくんだろう。

 一人で生きていくのは、とても不安だ。

 でも結婚には、まだ抵抗がある。

 朝倉の事は嫌いじゃない。かなり好感を持っている方だ。

 でも、まだ、「ずっと、一緒にいたい人」なのかは、分からない。

 すぐに答えは、出ないだろう。

 あたしは、あたしのペースで、

 ゆっくりと、前に進んでいこう。


 あたしの、幸せのために・・・・・




                         END



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