ゆきあけのボヤキ

日々の看病


「手術したら2週間で退院やって~~♪」と父に電話した。

まだ母の状態を見ていない父も心配ながら嬉しそうだった。

「だからお母さんがパパは手術まで来んでいいから仕事頑張ってやってさ」

普通の会話だった。


しかし、手術をするまでの期間、母はとても苦しんだ。

腹水のせいで身動きも自由に取れず、ベッドは傾斜したまま。呼吸もしにくい。

産婦人科だった為、母は周りの患者さんに妊婦さんだと思われていた。

そして私と母は姉妹とも思われていたようだ。

親子だと知り驚く患者さんもいた。

え?それってお母さんが若く見えるから?私が老けて見えるの?どっち?

まぁそんな事はどうでもよかったんだけど(笑)


ある時いつも通りに母の病室へ行った。

真っ先に床に置いてある大きなビーカーが私の目に飛び込んだ。

またしても言葉を失った私に母が

「腹水抜いてもらってるの。し~ちゃん☆に見せたくなかったから早く済んでたら良かったんだけど、ごめんね、ビックリさせて」と言った。

何リットルも出た。

そんな、こんな水が母のお腹に入っていたなんて・・・

母のお腹が少しへこみ、ラクになったと言った。

全部は抜けないらしい。抜いてはいけないらしい。

母の体にある栄養素が腹水に取られ、全部抜くと危険だと。。


床ずれにならないよう毎日背中をさすり、体を拭いてあげた。

痩せこけ、骨々しい母の体に触れることはとても辛かった。


祖父もあまり喉から食事が摂れず、点滴に頼る毎日で余分な脂肪はもうついていなかった。

私が祖父の病院にいる間はオムツも替えた。

ご飯も食べさせた。

手を噛まれた事だってある。

時にオムツの中に手を入れ大便交じりになっていることもあった。

それでも私は汚いなんて思わなかった。

一番辛く苦しいのは、病に臥せっている祖父と母だから。


私の時間、毎日夜遅くの食事時に缶ビール1本飲むこと。

決して今まで大阪でもどこでも家で晩酌なんてしたことが無かった私だったが

毎日1本。土曜日は2本と何故か決めて飲んでいた。

母はもとより、周りが心配する程、私は知らぬ間に痩せていた。



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