灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

第十一話


案の定、2回ほど会話と言えるものがあったらしい。
少しハスキーで、おせじにも可愛いとは言いかねる声の薄茶のしましま猫、ミルクティー。

あたしは家の中で生まれたけれど、あたしの声があんまり可愛くなかったせいか、捨てられてしまったの。
乳離れしたばかりで、外のことなんか何も判らずに、1人でご飯を捕ることも、仲間に挨拶することさえも、出来なかった。
大きな道路沿いのひっきりなしに車の通る場所、その芝生の上でどうすることも出来ずに、ただ「お母さん」と叫ぶあたしの声を、羽衣音はきちんと聴いてくれたの。
もう何年も前のこと。
秋も深まった季節、外灯はあるものの北海道の午後6時過ぎは既に辺りは暗闇だった。
仕事を終えて受付でタイムカードを押して出た羽衣音は、迷いながらも少しずつあたしに近付いて。
あたしは一瞬警戒したけれど、この人はお母さんと同じ匂いがしたの。
屈んだその膝にすり寄ったその足は温かくて。
こんな場所に捨てられたことを怒って、とても哀しんでくれた。
会社に戻って「猫飼ってくれる人いない?」と聞き回ったけれど、即座に飼ってくれる人がいなくて、あたしのところに戻って来た羽衣音は「この場所にいるだよ」と言ったの。
次の日、きちんとその場に待っていたあたしに、羽衣音は同僚とダンボール箱を用意して、ご飯を食べさせてくれたの。
とてもお腹がすいていたあたしが一生懸命ご飯を食べる横で、朝出勤して来る人に「飼ってくれませんか?」と懸命に呼びかてくれた。
それでも簡単には見つからず、始業のチャイムがなってあたしはまた受付においていかれたの。
「良い子でここで待ってるんだよ。」
1度捨てられたあたしは、とっても不安でどきどきしたけれど、きちんと戻ってきてくれた羽衣音を信じた。
仕事中の羽衣音は、会社にいつまでもあたしを置いておくわけにもいかなくて、どうしようと悩んだけれど、そんな心配は嘘のようにあたしの里親はすぐに決まったの。
あたしを預かってくれた受付のおじさんが、パートのおばさん方に話をすると、その中が1人が飼ってくれることになったの。
猫が好きな人で、喜んであたしの里親になってくれた。
そのおばさんはだいぶ大きくなったあたしをきちんと可愛がってくれてる。
だから、どうか羽衣音に伝えて。
「お母さん」と必死に呼んだあたしの声を聴いてくれてありがとう。
あたしの声に応えてくれてありがとう。
人に捨てられて、人に裏切られたあたしに、それでも人を信じさせてくれてありがとう。
あたしは今、とっても幸せだと。



謝ったのにさ….jpg

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: