ゆくあさ堂~価値主義的見識~

ゆくあさ堂~価値主義的見識~

第二章『自己。』





快速で飛ばす車(カローラ)。
周りに他の車は見当たらない。
筆者は現在誘拐されているが、不思議と恐怖心はない。
「おい、俺の名前を言ってみろ」
隣にいる謎の女性は突然そう訊ねる。
女なのに「俺」……。
「え?、あ、……誰ですか?」
当然、筆者にはわからない。
女性は「くくく」と笑った。
愉快そうに、こちらを見ずに。
女性は続けて訊ねる。
「なら、お前は誰だ」
女性はそのような質問をする。
意図はまったくわからないが、とにかく早く答えなければ危険のような気がしたので素早く答える。
「筆者の名前は……」
答えようとすると、彼女が言葉の間に割り込んだ。
「筆者!筆者ねえ!」
何かかなり怒っている様子である。
「筆者!ご立派なもんだ!筆者!なに?筆者?筆者!はんっ!筆者筆者筆者筆者ひっしゃひっしゃひっしゃひっしゃ!!!」
彼女は怒りを押し止められない様子でクラクションを叩きつけるようにブーブー鳴らす。
バンバンバン、ブーブーブー!
彼女は車の窓をガーと開けて、「糞くらえええぇぇぇっっっ!!!」と言い放った。
筆者はあまりのことに恐れおののき、微動だにできない。彼女はまだ気が済まないようだ。
「おいお前!ノロノロしてんなよ!早く名前を言えよ!」
筆者は恐怖に顔が引きつる。
強ばった口を動かし、なんとか言葉を繕う。
「ゆくあさ、みこと」
名前を言うと、唐突に彼女の表情が変わった。
ニマッと(この擬態語は彼女の表情をうまく言い表わしている)薄気味悪く顔の形を変えた。
それはまるで能面のように、目と口だけが薄い弧を描いて。
そして口から「ケラケラケラ」という音を発した。
「ゆくあさ。みこと。ゆくあさみこと。ゆ、く、あ、さ、み、こ、と。ゆくあさみこと」
彼女は満足気に筆者の名前を反芻する。
何度も何度も。
まるで、燃料の切れたスペースシャトルから家族の名前をつぶやくように。

一体、この女性は誰なのか。
筆者はピンとくるものがあったので、ビクつきながらもそれを口にする。
「あなた、オーナーさんですよね」
女性はまったく興味がない様子で「はん、それがぁ?」と言った。
どうやら当たっているらしい。
やはり昨日の電話は彼女からだったのだ。
筆者は思い切って彼女に、さっきから気になっていたことを訊ねる。
「オーナーさん、あなたは筆者……いや、僕のことを知っているみたいですけど、一体あなたは僕と“どんな関係なんですか?”」
筆者がそう言うと、オーナー(名前?)は急に真剣な表情をする。
「相変わらずてめぇはずる賢いやつだぜ」
なぜか満足気に目を細める。
「まあいいさ。答えてやんよ」
またこちらをチラリ。
「正直バッチリきっちりとな」

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