ゆくあさ堂~価値主義的見識~

ゆくあさ堂~価値主義的見識~

あとがき。





筆者は今まであとがきというものを書いたことがない。
別に頑なな志があるとかではない。
ただ単に“『作品』を書き上げる”ことができなかったからである。
だらしない話だけれど。

筆者は現在、非常に多くの書きかけの小説を抱いている。
そのほとんどは時間とともに忘れ去られてしまったか、または無期放置状態になってしまっている。
役割を果たしきれないまま、多くの作品たちが筆者の脳で死んでいった。
日の目を見ないまま、ひっそりと。
理由は様々考えられる。
あの時はまだ未熟だったとか、テーマが大きすぎたとか、自分には向かなかったとか。
でもそんなことを言いだすと切りがないし、それに死んでいった作品たちに対する言い訳にもなっていない。
そんな醜い行為はすべきではないと思う。

そんなこんなで、結果的にこの『作品』は、筆者にとって初めての“完結した物語”となった。
原稿用紙でいうとたった二十枚程度で、『短篇小説』にも満たない少ない分量である。
しかし今、“書き終えた”という満足感が筆者の中で溢れている。
非常に喜ばしいことである。
だが、その後ろには大量の屍が転がっている。
今回の作品よりももっと長い文章でありながら終りを迎えることができなかった者。
ただ設定を決めただけで終わってしまった者。
それにすら達していない者。
筆者は彼らを忘れてはいけないのだ。


最後に。
筆者は一年前、これとは別の日記を書いていた。
筆者はその中で架空の家族(キョウダイのようなもの)を作った。
それがこの文章に出てくるオーナーという女性である。
彼女は筆者が創作してきた数々の人物の中で一番思い入れのある人物である。
ところが彼女も、筆者が日記を書かなくなってからは記憶の片隅に追いやられてしまっていた。
筆者は彼女のために、そして他の多くの忘れ去られた記憶のために、この文章を捧げたいと思う。

乗っていた車がなぜカローラなのかは、また別の機会に。

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