路傍に咲く華

路傍に咲く華

一粒の涙。〈1〉


どうして自分がこんな事をしてるのか。

悲しくて、悔しくて 涙が零れた。

――― 一粒の涙。

―人は、どんな地球上の生物よりも・・残酷。

勝手に人を恨み
簡単に人を傷付け

どうして人間は、そんな過ちを繰り返していくのでしょう?

「・・やめて・・・」

あたしの目の前に居る奴が、力無く発した言葉。

恨みがある訳じゃない。
ただ・・存在自体がムカつくんだ。
粉々にして、壊したい。

「五月蝿い」

そう言って、彼女の長い髪を・・持っていたハサミで切った。

―彼女は泣いていた。

どうしてあたしは、彼女の苦しみを、分かってあげられなかったのだろう。
そんな自分が一番、ムカついた。

「理恵ぇ~♪ カラオケ行こ~」
「うんっ ちょっと待っててねぇ」

あたしは、手で握り締めていたハサミを、その場に投げ捨てた。
そして、その子に向かって、こう呟く。

「先生にチクッたら・・許さないから。」

そういい残して、その場を去った。

彼女・東堂 玲 は、クラスの中では、すごく地味なやつ。
別に、あたし達に害を加える存在でも無かった。

玲は・・ストレスが溜まった時に、そいつを虐めて自分が楽になる。
あたし達にとって、単なる玩具(オモチャ)だったんだ。

―どうして人は、残酷な事を平気で犯すのでしょう。

どうして同じ過ちを、何度も繰り返すのでしょう。

この時、あたしは気付いてなかったんだ。
この・・彼女にした仕打ちが、
あたしに返ってくることになるなんて・・・


「・・あ・・れ?」

玲が机の中を漁っている。
何か探しているみたいだ。

・・今、あたしの手には、『東堂 玲』と名前が書かれた教科書がある。
きっと玲が探しているのはこれだろう。

「東堂さ~ん」

わざとらしく、玲に声をかけて、玲の教科書を目の前に出す。

「探し物は、コレ?」

「あ・・・」

彼女が言い終わる前に、あたしはその教科書を両手で持ち、破いた。
破れた紙切れは、はらはらと床に落ちる。

「あ・ごめんねぇ♪」

あたしは冷たい目でそいつを見て、笑う。
周りの奴らも、何も言ってこない。
ただ・・玲を笑って見ているだけ。

玲は今にも泣き出しそうな顔で、グッと顔を腕で隠す。

恨みがあるわけでもなく、こんな事を繰り返している自分。

泣いている玲を見て、何の感情も湧かない。
『可哀相』なんて思ったことも無い。

ただ・・
そいつを見ていると、可笑しくて仕方ない。

邪魔な存在でもない。
なにか・・壊したいんだ。

あたしのココロのバランスは、おかしくなっていくだけなんだ。


―今 自分のしている事は、悪いことだと知っているんだ。

だけど・・止められない。
   もう、後戻りは出来ないんだ―――・・・

「理恵ー! 帰ろうッ!!」

大きく手を横に振りながら、話しかけてきたのは、
小さい頃から友達の、沙希。

沙希は、可愛くて頭も良い。
あたしの・・・・憧れ。
沙希も、玲を虐めている・・グループの一人だ。

「いいよっ」

あたしは笑顔で返す。
沙希と居る時は、
  玲を虐めている汚れた自分じゃない。

沙希の前では・・素直になれるんだ。

「今日のテストの出来~どうだったぁ?」
「全然~!沙希と違ってあたしバ力だしっ
 って言うかーあたしの前で勉強の話はナシでしょ!!」

そう言った後、間が空く。
そして2人でバ力笑いした。

輝いた時間。
笑いあった日々。

・・こんな風に、笑い合えた時間は、
    ウソのように崩れていくなんて・・・


      思いもしなかったんだ。


―玲を虐めたのは、ほんの出来心からで。

・・・始まりは、中1の夏。

中学に入って、玲と同じクラスになった。

玲は、顔立ちがすごく綺麗で、頭だって良かった。
1年の頃の玲は、いつも笑顔が絶えない子だった。
玲は・・・あたしには無いものを持っていたんだ。
限りなく澄み切った心。

何も汚れてない、そんなもの。

あたしは、いつも笑っている玲が、 憎くなった。

それからは、少しずつ嫌がらせをする様になった。
無視をしたり、靴を隠したり。

今 思えば、くだらない事。
でも・・それを耐えてきた玲は、強いんだ。

あたしがやっている事は、自分の弱さを隠す為。
自分が一番 弱いから。
だからその弱さを隠す為に、虐めてるの。

対照的に、玲は 強い。

揺れ動く事ない強い意志を持った人。

『虐めている人』は、『強い』んじゃない。
『虐められている人』は、『弱い』んじゃない。

本当は・・・その間逆。

『虐めている人』は、『心が弱い』
『虐められている人』は、『根が強い』

・・・そんな事。

自分がやっている事は、全部・・玲を傷つけるためにしか過ぎなくて。

何の利益がある?
何の為にやっているの?
あたしのやっている事に、意味はあるのかな?

止めようと思っても・・・・止まらない トメラレナイ・・。


君を何度傷付けましたか?
君に何度辛い思いをさせましたか?

君を『こんな風』にしてしまったのは・・あたしのせいですか?

何度謝っても、報われる訳じゃない。
何度叫んでも、許してくれる訳が無い。
何度あたしにこれから辛い事があっても・・君の代わりにはなれないから―・・

「ね~東堂さ~ん 何探してんのぉ?」

・・・あれ?

いつもの風景。
あたし達は、 何か を探している玲を見て、笑う。
周りの奴らも、止める気配は無い。
先生は、常に見てみぬフリ。
きっと皆・・巻き込まれたくないから。

皆・・そうなんだね。
自分がどうなろうと、この子を助けてあげようとはしないんだ。
この子を見て、何も感じないの・・・・?

・・・あたしは、何をしてるんだろう。

同じ過ちを、どうして繰り返すんだろう。

あたしは、 何も 出来ぬまま 

「探し物ってぇ~・・これだったりするぅ?」

ふと、隣に居る沙希が、玲の体育着の入った袋を持った。

「はいっ返してあげるよぉ♪こんなゴミで良ければねぇ」

沙希はその袋から、体育着を取り出し、玲の前に掲げる。

・・それはカッターの様な、刃物でボロボロに傷付けられ、落書きをされていた。

「キエロ」「シネ」「ジャマ」

暴言がびっちり書かれている――・・・

・・・あたしは、何もする事が出来ず、
   その場でただ、立ち尽くすだけだった。

「あははっ・・超ウケるんですけどッ」

・・・・自分が何をしてるかが、分かんない。

これが当たり前の風景になっていた。
『どうしてこんな姿を見て、笑ってられるの?』

・・・あたしには・・そんな事 言う資格は無いんだ。

自分自身が壊れないように、玲を虐める。
こんな自分が・・・一番可笑しい。笑える。

そして気付いたら、玲に向かって、こんなコトバを口にしていた。

「・・早く・・消えて?」

  ―もう、自分がワカラナイよ?―


―こうやって、友達と遊んで・・不自由なく、楽しく暮らしていけると思った。

だけどそれは・・単なる思い込みだったのかもしれないね―・・・


―時計の針が6を指す頃。

部活帰りのあたしは、ヒカリ瞬く夜空の下を・・歩いていた。
切れかけの街灯が、ぼんやりとあたしを照らす。

ゆっくりと上を見上げる。
どこまでも続く空。
雲に隠れ、消えかけの月。

星を掴もうと手を伸ばすけど、届きそうで・・届かない。
いつもそうなんだ。
欲しいと手を伸ばすけど、いつも届く頃には・・失う。

―無い物強請り。

自分には無いものを、君は全部持っていた。

壊したいコワシタイ・・・

そう言う風に考えるあたしは・・可笑しいのかな?
ううん。・・・可笑しい。

「ただいまぁ―・・」

家に着き、ドアを開ける。
そしてリビングに行こうとして、
扉のドアノブを・・握った、その時だった。

「どうしていつもお前はこうなんだ!!」

・・・また始まった。

毎日の様な夫婦喧嘩。

昔は争い事なんて無かったのに。
・・つい最近から、こんな事がしょっちゅう起こる。

あたし、知ってるんだ。
日に日に、母の頬や体に、青い痣が増えているのを。
そして皆が寝静まった頃に、一人リビングで、泣いてた。
あたしが「何かあった?」なんて聞けば、
いつも返事はこうだった。「何でもないから・・」

・・・嘘吐き。

怒鳴り声が一瞬収まったかと思うと、今度は父が、右手を振り翳している。
・・・ヤバイ?

「・・お父さん・・?」

重い空気の中、ゆっくりと足音を立てずに、部屋へと入る。

「・・理恵。帰ってたのか。」

あたしの存在に気付き、挙げていた右手を下ろす。

「うん。ただいま・・・。」

「・・・ッ・・」

母は、何も言う事が出来ず、床に座り込んでいる。

・・はぁ。
最近はいつもこうだ。

原因はよく分からないけど・・
毎日のように喧嘩してる。

もぅ、嫌だよ。

あたしは部屋へ行こうと、階段に足を踏み出した時、母が口を開いた。

「・・理恵は・・お父さんとお母さん・・どっちが好きなの・・?」

――――ぇ?

「・・時間をあげるから、どっちに着いて行くか考えて置きなさい・・」

母に続けて、父がそう言った。

・・・・・胸の鼓動が速さを増す。

――離婚――

その言葉が、頭を過ぎった・・・・・。

悲しい現実。
辛い事実。

「・・・どうして――?」

昔は、仲が良かった。
笑顔が絶えなくて・・・

あたしにとって、自慢の両親だった。

それが、今・・壊れかけようとしてる。

―カシャッ・・

リビングに飾ってある写真が、音をたてて床に落ちた。

小さい頃の自分が、母の手を握って、
その横には父が笑って立っている。

そしてこの写真は丁度父と母がいる所で、破られている様に2つに割れていた。

・・・まるで、何かを告げるかのように。

「あ・・・・」

その写真を拾おうとするあたしの手を、母が止めた。

「・・もう、良いから―・・・・」

母の辛い顔を見て、あたしは手を止める。

・・・辛いよね?
このままじゃ、また喧嘩が続く。
それを止めさせなくちゃ駄目なんだ・・


数日後。
嫌な予感は当たり、両親は離婚する事になった。
あたしは・・母に着いて行った。

辛くて辛くて・・・夜に一人で泣いた。


―その事で、もう一つ、大変な事が起きた。

あたしと、母は、引越しすることになってしまったんだ。
だから・・・
  それは『転校』する事で。

沙希や、友達とも・・離れなきゃいけない・・・


「・・理恵ぇ~・・メールするからねッ・・」
泣いて顔がグチャグチャの沙希。
いつもの完璧な姿からは想像出来ない。

・・そして玲は―・・・

いつもの様に、席に着いて、ボーっと外を眺めている。
何故かあたしは、玲を見るとイライラする。

玲に近づき、長い髪の毛を引っ張って、こう言ってやった。

「・・東堂さんはぁ~・・あたしが居なくなるから嬉しいよねぇ?
 そうしたら、虐められる事も無いもんねぇ?」

どこまであたしは、神経が腐ってるんだろう。

「マジで!?そんな事思ってるんだぁ!!最悪ッ」

変な言いがかりをつけて、何でもかんでも玲のせいにする。
・・そんなあたしは・・・もっと最悪。

「・・違う・・・・・」

玲は力無く呟いた。
だけどあたし達は、聞く耳を持たず、続ける。

「そんな事思ってる人なんて、この世界には要らないしぃ。
 ・・・・あんたなんて・・消えちゃえばいいのに。」

―沙希の言った言葉が、直接あたしに突き刺さってくる。

 ――アンタナンテ、キエチャエバイイノニ・・――

まるで、自分に向けられているように。
喉元に、ナイフの様なものが、突き立てられたみたい。

・・・・あたしは・・この世界に必要(イ)りませんか?


―皆と離れるというのに、不思議と涙は出なかった。

「また近くに来たら遊ぼうねぇ・・ッ」

沙希は、さっきよりは治まったが、ほぼ号泣している。
・・・あたしは、友達に愛されてると・・知った。

だけど、所詮見かけだけで・・
本当にあたし自身を信じてくれる人なんて・・  何処にも居なかったんだ。

ねぇ、信じてた。
キミを信じてたよ?
だけど・・そう思ってたのは・・あたしだけだったのかな・・?


そして次の土曜日。

あたしは、部屋の荷物をダンボールに詰めていた。
小学校の卒アル。写真。
思い出の詰まったたくさんのモノ達。

「・・本当に・・離れるんだなぁ・・」

誰も居ないのに、ポツリと独り言を呟き、また手を動かす。

動いたからか、体中、汗で濡れている。
それに加え、今は6月の下旬だ。

暑い。

数時間かけ、やっと荷物を片付ける事が出来た。

「疲れた――!」

あたしは、何も無くなった部屋に転がる。
フローリングの床は、何処か冷たくて気持ちいい。
そしてその場から起き上がり、携帯をいじる。
最後に・・大好きだった親友に、メールを送るために。
・・・・沙希に。

慣れた手付きで、ボタンを押していく。
そして、・・送信。

いつも沙希からの返事は・早かった。
だけど今日、待っても待っても返事なんて来なくて・・・
・・・どうしたんだろう・・?

―不安は募るだけだった。

そして次の日。
お母さんは、引越しのトラックに、荷物を詰めている。
・・沙希からのメールは、未だに届かない。
あたしは我慢出来なくなって、沙希の家まで行った。

 ねぇ 信じてたよ

「マジで!?すごいウケるし!」
「でしょっ?一人でバ力みたいだよねぇ―?」

・・向こうの方から、・・沙希の声がする。

あたしは思わず、沙希には見えないような所に隠れた。

でも・・・何、隠れてんだろ。

あたしは・・ 沙希の 親友 なんだから。

「っつーかアイツ、マジウザいんですけど!」
「あ―・・・確か、桐生・・理恵、だっけ?」

・・・は・・?

「そうそう!あたしはアイツの事嫌いなんだけどさぁ―・・
 なんかアイツってさぁ、あたしの事親友だと思ってるし!在り得ない!」

沙希の発した言葉が、あたしの頭の中でリピートする。

――あたしはアイツの事嫌いだし――

親友 だと思ってたのは・・   あたしだけ?

「本当!転校してくれて良かったし!」

あたたかい雫が、頬を伝う。
一粒の涙が・・地面に零れ落ちた。

あたしは、現実から逃げるように、その場から走り去った。

走って走って・・走って―――・・・

「・・あれッ理恵じゃん!こんな所に突っ立って、何してるの??」

沙希が後ろから声をかける。

・・ねぇ沙希?
   あたし・・聞いちゃったんだよ・・?

これも全部・・見かけだけの友情。

「・・沙希・・どうして笑えるの?」
「え?」

沙希が言い終える前に、あたしは沙希の頬を殴ってやった。

「・・ったぁ・・イキナリ何すんの!?」

・・・は?
あたしがどれだけ傷付いたか 分かって言ってんの?

「五月蝿いな!ずっとウソ吐いてたくせに・・!
 あたしを・・傷つけたくせにッ・・!」

許せない。

収まること無きこの気持ち。

「あたしは・・親友だと・・思ってたのに・・。」

悔しい悔しい悔しい

そんな感情が頭の中を廻る。

自然と涙が溢れ出た。

「もういいよッ絶交しよ!」

ずっと信じてた親友に・・・裏切られた。

あたしはどんどん・・人を信じることが出来なくなってた・・

新しい木材の匂いが鼻を擽る。
親しかった友達・・友達『だった』子とも離れ、あたしは此処に引っ越して来た。

そして新しい学校。
不安もあったけど、楽しみな気持ちの方が上回っていた。

いつもふと気がつけば、
クラスの子達があたしを囲んでいて、気付けば『友達』になってた。

・・そんな事だったから。

一つだけ心残りな事があるとすれば・・、
沙希との関係と、そのままにしてきてしまった事かな―・・?

・・でも・・もう良いや。
ホントのあたしを信じてくれる人じゃなきゃ。
見かけだけの友情なんて・・いらないよ?

嫌いだったら・・関わらないでよ―――・・・

裏切られるのが怖かった。
自分が親友だと思える人にしか心を開けなかった。

ねぇ・・
  心を開けてくれたのは、 貴方 だけだったんだよ・・・?


「・・ぇ・・理恵ッ!!」

お母さんの声で、揺らぐあたしの心が、現実に引き戻された。

「あ・・なぁに―?」
「もうこっちは片付け終わったから、早く自分の部屋も整理しちゃいなさい!!」
「は―い・・」

適当な返事をして、ふらふらと階段を上る。

もう、引越ししてから・・あたしの心は乱されていくんだ・・・

ねぇどうすればいい?
誰か、あたしを闇から救い出して下さい―――・・・・・


―すべての始まりは、学校へ行った事。
     それが・・・悲劇の始まりでした―――・・・・・

――朝。

慣れない手付きで、制服に腕を通す。

今日からいよいよ学校に登校する。
時計の針が、7時45分を指したと同時に、部屋を出た。

「行って来ますッ」

期待で胸を膨らませ、家を飛び出た。


しばらく歩くと、大きな校舎が見えてきた。
これが・・あたしの通う学校・・。

――それから職員室へ行きあたしの担任の、「藤本」って先生の所へ案内された。

藤本先生は女の先生で、何時も笑顔を浮かべた人だった。
第一印象は、「優しそうだとか」。

「あなたが桐生さんね。
 私が2年4組を受け持つ、藤本って言います。宜しくね」

その先生は、軽く笑って見せたが、
あたしには何故か、愛想笑いに見えた。

その後、藤本先生に、2年4組の教室へと案内された。

教室の中は、ものすごく五月蝿い。
簡単に言えば・・・騒音?
ものすごく迷惑。

「じゃあ桐生さん。入って?」

先生がドアを開け、あたしに入るように指示する。
あたしはゆっくりと足を踏み入れた。

「転入生の、桐生理恵さんです。」

そう言いながら、先生は黒板にあたしの名前を書く。
・・あー・・こう言う空気って、苦手。

「・・初めまして。桐生理恵です。宜しくお願いします・・」

そう言って、軽く頭を下げた。

「じゃあ桐生さんは・・浅田さんの隣。
 後ろから2番目の・・・分かる?」

良く見ると、後ろの方に、一つ席が空いている。
あたしは早足で、その席へと向かった。

隣の席の「浅田」と言う子は、背が低く・・小柄で目がパッチリした、可愛い子。

「えっと・・桐生さん?
 あたし、浅田 芽衣。宜しくね。」

「あ、うん・・」

その子はあたしに向かって、笑った。
あたしも、笑顔で返した。

あたしは・・知らなかった。
・・この子が、すべての事件の始まりだったの――――


「ねぇッ桐生さんて、どこの学校から来たの?」

休み時間になる度に、あたしの机の周りには、たくさんの人だかり。

早く何処かへ行って欲しい。
ただ興味を持たれても、迷惑なだけだから・・・・

「・・・あたし用事あるし・・どいてくれない。」

あたしはそう言うと、皆は何処かへ行ってしまった。
・・気を悪くさせたかな?

・・まぁ、いいや。

勝手にあたしを友達と呼んで、裏切られるのは―・・嫌なの。

「・・・桐生さんどうしたの・・?顔色悪いけど」

隣に居た浅田さんが、ふとあたしに声をかけた。
彼女なりの気遣いなのだろう。
だけど、その時のあたしは、虫の居所が悪くて、つい人に向けるのは冷たい言葉。

「・・気にしないで。何も無い。」

何故こんなにも苛立つんだろう。
さっきから頭に浮かぶのは、沙希の笑顔。

貴方があたしに向けた笑顔は、全部ニセモノだったのかな・・・・って。

「・・そぅ・・なんだぁ。」

・・このあたしの中途半端な態度が、大きな事件に繋がるとも知らずに。


授業が終わり、鞄に荷物を詰め、帰ろうとしていた時だったんだ。

「ちょっと・・桐生さん・・?」

ドアへ向かうあたしを呼び止めたのは、図体もでかくて、見てる限り
ボス的な存在の・・確か、「草野」って奴だった気がする。

「・・・何?」
「来て欲しいんだけど」

・・一体何なの?
面倒。
昨日の今日で疲れてるから、さっさと帰りたい。

「テメェ生意気なんだよッ」

裏庭へ連れて行かれたと思えば、いきなりあたしに向かって怒鳴りだす草野。

「・・それが何ですか?」

あたしはただ、その一言だけ言ってやった。

「だから、その態度がムカツクんだよ。少し黙ってればいいのによぉ!」

はぁ・・・・?

意味分かんない。
それが何?

「・・お前、聞いてんのかよ!!」

あ―・・いちいち声を張り上げないでって。

「・・・聞いてますが。」
「―調子乗ってんじゃねぇ!!」

草野の声と共に、頬に激痛が走った。
頬の痛みはどんどん増す。

―たらり、と生温い赤い液体が頬から垂れた。

「痛い思いしたくなかったら、黙って言う事聞いてりゃいいんだよ。」

草野はそれだけ言って、校舎の方へと歩いていった。

「・・・いったぁ・・」

ズキズキと殴られた頬が痛み出す。
あんたは何がしたいの?

空からは、ぽつぽつと小雨が降り出す。

あたしにはそれが・・涙のように見えたのは、気のせいだろうか。


―無くしたモノほど大切に思えた

 無くしてから、そのモノの大切さに気付いた

でもね 遅過ぎた。

自分で勝手に苛立って、自分で勝手に手放した。

あたし自身が暗闇ならば、君はヒカリだったのに。

君を失ったら、何も見えない。

   こんな事なら、偽りの友情でも良かった

偽りの友情
偽りの笑顔
偽りの言葉

普通だったら吐き気がする。

全部 嘘で固めたモノだから。

だけど・・今 あたしは、何も無い。

持ち物なんて何も無い。
ただ広くて暗い世界を彷徨う自分。

悲しかった。

―今まで自分の弱さを隠してた

―君に支えられて、笑顔をつくる事が出来た

君が居たから・・・・・。

失ったモノほど輝いて見える。

自分のモノだった時は、傷付けて、傷付けられて―・・
本当、どうでも良かった。

だけど今では―・・

失うと、君の存在が大きく見えた

「ははっ・・・」

何か可笑しい訳じゃない。
だけど、何となく笑みがこぼれた。

「あはは・・は・・」

だけど、笑っても笑っても、何も晴れる事は無くて、

ただ、辛さだけが増していった。

偽りの友情
偽りの笑顔
偽りの言葉

全部 嘘で固めたモノ

もう、偽りでも・・いいから。

あたしにヒカリを下さい・・―――


ねぇ、約束したじゃん。
一緒に居るって。

ねぇ、約束したじゃん。
傍に居るよって。

また、口だけの約束なの?
ただその場では君に誓って、
結局すぐ破っちゃうんだね。

守り続けるのは難しくて、
破るのは・・・
     それよりずっと簡単なんだ。

頑張ってもとに戻しても、ツギハギだらけで、また同じ事を繰り返す。

ねぇ、どうすればいい?

ねぇ、どうすればいい?

君を傷付けなくて済むのには―――・・・


「おはよ・・」

教室のドアを開けて、そう呟く。
だけど当たり前の様に、返事は返って来ない。
さっきまで騒がしかった教室が、別次元の様に静まり返っている。

あたしはとりあえず、自分の席へ着く事にした。
鞄を乱暴に置き、その時に気付いたことが・・一つ。

机には、数え切れないほどの落書きがあった。

『バ力』だの『ウザい』だの『偉そう』だの。

あたしはそれを見て、溜息一つ。
これを見てたほうがよっぽどウザいっての。

鉛筆で書かれていたのが幸い。
あたしはペンケースから消しゴムを取り出し、
面倒だけど消すことにした。

「あっ芽衣―!おはよぅ♪」

教室の隅の方で、何人かの女子と居た草野が、ドアの方を見て言った。

・・芽衣。
隣の席の、浅田さんの事だった。

「ぁ・・、うん。」

浅田さんは、昨日とは一変、あたしに話し掛けようとはしなかった。

「・・あの、浅田さん――」

あたしは浅田さんに話し掛けるが、ほぼシカト。

「ちょっと、聞いてんの?」

ちょっと怒り気味に聞いてみると、
浅田さんは振り返って、あたしを睨み付けた。

昨日とは別人の様な、冷たい瞳。
少しでも近づいたと思えば、またすぐに遠ざかる。

気付けばあたしは、一人になっていた。

2へ続く

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