路傍に咲く華

路傍に咲く華

一粒の涙。〈4〉


人の心は、ガラスの様に脆い

 一粒の涙。-4

ほら また繰り返される
息詰まるほどの日常が。

「・・おはようっ」

勇気を出して、言って見るけれど、当たり前のような・・沈黙。
いや、それだけではない。
皆があたしの陰口を言っているのが、良く聞こえる。
あたしは俯いて、何も聞こえない様なフリをして席に着く。
そして、隣に居る浅田さんに、今日こそ話してみようと思ったんだ。

「・・浅田さん!おはよう・・!」

なるべく笑顔をつくったつもり。
しかし、彼女はあたしの言葉に耳も向けず、ただ黙って俯いている。

「・・・浅田さん・・、前・・やっと話してくれたね」

『前』、と言うのは、あたしが飛び降りようとした時―――・・・

―『・・ッ理恵―――!!!』―

あたしを止めようとしてくれた。
何より、名前で・・呼んでくれた。

「ねぇ、話があるんだ。放課後・・屋上に来てくれる? 待ってるからね」

どんなに来てくれなくても、どんなに待ったって・・
どうしても話したい事がある。
君に伝えたいことがある。

あたしは返事も待たず、教科書を持って教室を出て行った。

―放課後になり、屋上へと続く階段を、一段一段上っていく。
時々、校舎が古いのか、軋む廊下を、ゆっくりと歩いていった。

屋上に着くと、人の影。
それは・・浅田さんだった。

「・・・・あ・・」

浅田さんは、今にも泣き出しそうな表情で、ゆっくりとあたしを見た。

「浅田さん・・、有難う・・・・」

浅田さんは、え?とでも言うような、驚いたような顔で、あたしを見る。

「・・あの時、あたしを止めようと・・してくれたんでしょ?」

あの時は本当に、もうしんでもいいって思ってたの。
だけどね・・もう少しだけ生きたいと思ったんだ。
・・・それは、君が居るからなんだよ―・・・?

「・・・・・・ッ・・」

すると、浅田さんはイキナリ泣き出してしまった。
そしてゆっくりと、沈黙の中・・こう言ったんだ。

「・・ごめんね・・・ッ・・
 ほんと・・は、桐生さんの事、嫌いじゃなかったの・・
 だけど、草野さん達に・・言われてッ・・ごめんね―――」

浅田さんは、何度も何度もあたしに謝ってきて、
心から反省しているんだな―って思ったんだ。

「・・ううん、あたしも・・ごめんね?」
「何で桐生さんが謝るの・・・・っ・・?」

気付けばあたしも涙を流していて、
その後、ずっと2人で泣いた。
ただ「ごめんね」と繰り返して。

・・この時、ほんの少しだけ・・友情が芽生えた様な気がしたんだ。

でもこの先―――
    あたしが彼女を裏切ってしまう事になるんて・・・知る由も無かった。

   改めて 現実が厳しいと言う事を知ったんだ。

浅田さんとは、あの後やっと打ち解けて、
気付けば名前で呼び合うようになっていた。

今なら、君を信じられるような気がした。
でもね、信じてたの。
だけど―・・・・
   裏切ったのは あたしの方だったね・・・


「おはよっ」

最近は、笑顔で教室に入れるようになった。
だいたいの人は無視してるけど。
ただ一人。
あたしを信じてくれる人が出来たから。

芽衣との時間が
    あたしの居場所。

「あら、おはよう桐生さんっ」

・・・・・え・・・?

話し掛けて来たのは、・・草野。

「前はごめんね?アタシ、やっと気付いたんだ。
 自分が悪いって・・だから、ごめんね・・」

草野は、上目遣いであたしを見る。
・・・前、あたしはコイツに何度も傷付けられた。

それを、信じろって言うの?
信じられる訳無いじゃない。

「・・悪いけど・・信じられない・・――」

・・本当に思ってることを言ってやった。
正直、仲良くする気なんて一切無い。

「・・・やっぱ・・そうだ・・よね・・ッ・・ごめん・・っ」

しばらくすると、草野の目には、幾粒もの涙が溜まっている。
あぁ、もう泣かれてしまえば仕方無い。

「・・分かった、だからもう・・いいから」
「・・本当・・?有難う・・っ」

その時 見えたんだ

草野から 怪しい笑みが零れたのを

「おはよう~」

その時、ドアの方から、芽衣が入ってきた。
あたしは芽衣に声を掛けようとした。
けど――・・

「理恵ぇ―♪こっち来なよぉ」

草野がこっちを見て、手招きしている。
あたしがしばらく黙って突っ立っていると、

「ほら、早くぅ♪」

隣に居た今野が、あたしの腕を引っ張って行く。

あたしは横目で芽衣を見ると、
芽衣は「どうして?」とでも言うような表情を見せた。

あたしはそのまま、芽衣に話し掛けず、草野達が居る所へと歩いていった。

―この事からだね。

あたしの中から 君の存在が消えていったのは―――


―せっかく見つけたのに

真っ暗で先の見えないあたしの心に

ヒカリを見つけたのに

ほら すぐに手放してしまう

どうしてあたしは いつもこう・・なのかな――・・・・・?


「・・芽――・・・」
「理恵!!次、移動でしょ?一緒に行こう♪」

休み時間になって、あたしが芽衣に話し掛けようとすれば、
必ず草野達に邪魔される。

「・・・ぁ、うん―・・・」

正直、こいつ等と居ても、楽しくない。
それは、あたし自身・・草野を信じていないから。

―これは勘だけど、草野もあたしを信じていない・・そう思った。

「ねぇねぇ―アイツ!!ムカつかない?」

廊下を歩いていると、突然草野がそう言った。

「・・・・あ、アイツ・・って・・?」

あたしは、何故か震える声で聞いた。

―本当は 最初から分かってたけれど―・・・

「浅田に決まってんじゃん!!本当ウザいんだよね―」
「分かるっなんかムカつくよね!」

――そう、 芽衣の事―――

「存在が・・嫌なんだよね、何か・・壊したいって言うかぁ~・・」

今野は、可笑しな笑みを浮かべて、その後あたしの方を見た。

「ねぇ 理恵にお願いがあるんだぁ・・・・」

―ほら どうして

人間ってこんなに残酷なんだろう

「皆でさ アイツの事 虐めよ―よ」

大した事じゃないのに
       勝手に恨んで

同じ過ちを繰り返して

「もちろん・・理恵もやるよねぇ?」

――つくづく人間って嫌なイキモノだなぁって・・そう思った


断らなきゃ。
芽衣は・・・友達だもん。

信じてるんだもん――・・・・

「・・あ・・あたしは―――・・・・・」

声が震える。
怖い。

今野の次の一言で、あたしの決意は・・・・砕かれた。

「・・・・裏切るの?」

その一言で、頭の中は真っ白になって、
ずっと今野の一言がリピートする。

「いいの?アタシ達を裏切って。」

・・・今ここで、こいつ等の勘に触るような事をしたら。

どうなるかくらい・・・目に見えてる。

「ね、理恵はアタシ達の仲間だから・・やるよねぇ?」

草野は不気味な笑みを浮かべて、そう言った。
気付けばあたしは、声なんて出ず、ただゆっくりと頷いていた。

――この時改めて、自分の弱さが悔しくなった。

人を簡単に虐めると言う草野達は弱いけど、

それを止めることさえ出来ないあたしは、更に・・弱い。

本当、人って・・どうしてこうなんだろう。
自分で悪いと思っているのに
過ちを・・罪をこの手で犯して。

人って 残酷だね

「理恵っ」

授業中、前の席の草野から、手紙を渡された。
その内容は、

”浅田は必ず無視。
 美奈がアイツの鞄を隠しておいたから、
 誰もその事を話さないこと。”

・・・・鞄を・・・?

そう言えば、休み時間に芽衣が、
何かを探していたような気がする。
その・・せいなんだ―――

あたしはその紙を適当に丸めて、
そっと横に掛けてある鞄にしまい込んだ。

どうしてあたしは こんな事をしているんだろう。
本当・・・弱い。
悔しい。

無力で仕様も無い人間で・・・
自分の無力さを、心から呪いたいと思った。

―それからも、あたしは芽衣に話し掛けようともしなかった。

もう、虐められるのも、一人になるのも・・嫌なんだ―――


「・・じゃあ、この問題を・・・浅田さん」

気付けば授業中。
黒板には、訳の分からない数字やら文字が並んでいる。
ぼーっとしているうちに、ずいぶん授業が進んだと思って、焦った。

芽衣が黒板の前に立つと、スラスラと答えを書いていく。

「はい、正解。戻って良いわよ」

芽衣はゆっくりと席に戻る。
あたしの席の横を通る時に、小声でこう言ったのが聞こえた。

「・・あたしは理恵の事・・、信じてるからね」

開いている窓から、強い風が吹いてくる。

芽衣の言葉が、頭の中を廻る。

――『あたしは理恵の事、信じてるから』――

・・どうして?
あたしなんか信じなくて良いよ

もう・・裏切ってもいいから

あたしをもう・・信じないで――――?


近づかないで?
また君を傷付けてしまうから

話さないで?
君を裏切ってしまうから

信じないで?
綺麗な君を壊してしまうから

汚れきったあたしの心に

純粋なほどの君の心

ねぇ あたしには、
     君の純粋な優しさが、痛いんです――――


「ただいま・・・」

静まり返った部屋に、あたしは呟く。

「・・あ・・理恵・・?おかえり」

母は何故か部屋の真ん中に座り込んでいる。
髪はくずれてるし、化粧もほとんど落ちている。
いつものような明るく、綺麗な母は無く、すっかり老けて見えた。
目の下には、うっすらと涙が溜まっている。

「・・うんっただいま!!」

母の変わり果てた様子に、一瞬戸惑ったが、
何も無かったかの様に、笑って言った。

「もうご飯出来たから、ちょっと早いけど・・食べよっか!」

母は少しだけ、笑顔を見せた。
だがそれもすべて、愛想笑いに見えた。


――会話は殆ど無く、静まり返った部屋には、食器の音だけが響き渡る。

・・こんなに広いテーブルに、2人分の食事。2人分のカップ。
棚の中には、離婚してからもずっと取ってある、もう一つのカップ。

・・この時、改めて寂しいなぁ、って思ったんだ。

「・・・あのね・・・・」

沈黙の中、先に口を開けたのは、母だった。

「・・・ん?何―??」

母の話始めから、きっと真剣な話だと分かっていた。
だけど寂しさを紛らわすように、わざと明るい口調で話す。

「・・今日、病院から電話があってね・・・・・」

―――病院。

その場所からして、良いと言える場所では無い。
・・でもどうして電話が―・・・・?

「お父さん、離婚しちゃったけど・・覚えてる?」

お父さん 病院

胸騒ぎが・・した。
何か悪いことが起こるようで―――

「・・その、お父さん・・・倒れたんだって・・・・」
「・・・え?」

風が強まり、
窓がガタガタと音をたてる。

「・・・・・・お父さん、癌なのよ・・」

―――その途端、頭の中が真っ白になった。

「・・・が・・・ん・・?」

医療の事は全くと言っていほど分からないけど、
癌、という病気は、とても重いことくらい、すぐ分かった。

「・・・それって・・大丈夫なの!?!?」

あたしは少し大きな声を出し、テーブルに手を置き、立ち上がる。

「・・・・ぇ、えぇ。」

母はあたしから目を逸らし、控えめにそう言った。
でもその行動は、嘘を吐いている様にしか見えなかった。

その不安は、時が経つにつれ、次第に強くなっていく。

「・・理恵は、お父さんに・・・会いたい?」
「・・・・・え・・・・?」

――会いたい・・・?

あたしは静かに頷いた。

「・・そう・・・」

母は、軽く笑って、あたしの頬をそっと撫でた。

「市立総合病院、今度・・お見舞いに行きましょうか」

でもその笑みは、どこか悲しげで。

「・・・・・う、ん・・・・・」


この時は思いもしなかった。

残酷で悲しい未来があたしを待っている事なんて・・・・


―嫌だ嫌だと願っても、いつか必ず朝は来て。
眩しすぎる太陽が、あたしを照らす。

「・・おはよ・・」

ゆっくりとドアを開き、
目立たない様に席に着く。

「・・あっ理恵~やっと来た!!!」

草野が大袈裟なくらい手を横に振り、
手招きをする。

「・・・うん・・」

軽く愛想笑いをして、草野達のもとへ駆け寄った。

・・・なんであたしは、ここに居るんだろう。
本当にここが、 あたしの居場所・・なんだろうか?

「おはよ・・」

教室の後ろのドアから入ってきたのは、芽衣だった。

――あたしが芽衣から離れて行った後、
  芽衣は・・笑わなくなったんだ。

あたしの行動が、芽衣の笑顔を奪ってしまったんだ―――

こんなあたしに、笑う権利なんて・・あるのかな?

「あ~ら浅田さん!おはよう~」

草野が、不自然な笑みを浮かべて、芽衣のもとへ歩いていく。

「ほら、英語の宿題出てたじゃん?アタシ達忘れちゃってさぁ~
 悪いけど、授業が始まる前までに、やって置いてくれる?」
「あ、アタシも~!お願いねぇ!」

いつの間にか、芽衣の机には、ノートが何冊も積み重なっていた。

・・・・・どうしてあたしは、止めることが出来ないの?

――やめて・・!

そんな言葉は声に出ず、ただ自分の無力さを呪った。


ねぇ、あたしはどうすればいいでしょうか?
もう 誰でも良いから・・

答えを下さい。
そして・・
この虐めを止められるような・・勇気を・・・下さい――――


―――どうして止めることが出来ない?

あたしだって、虐められてたじゃない。

その苦しみや悲しみ 痛み・・全部知ってるんでしょう?

・・・あぁ、違う。

『知っているから 止められない』んだ―・・・・

また虐められたらどうしよう、だとか
もう傷付くのは嫌だ、だとか・・

逃げてるだけなんでしょう?
結局あたしは、自分の事しか考えてなくて・・大事な人を、なくした。

もうきっと、芽衣はあたしを嫌ってる。
あたしは貴方を裏切ってしまったから。

・・だからもう、何も信じないで?

本当に弱いのは、虐めてる人
本当に強いのは、虐めに耐えている人

だけどあたしは・・・・?

逃げてるだけ。
平気で虐めてる草野より、今野より・・・

あたしは、弱い。

ねぇカミサマ。
もしも居るのなら、
どうして世界は平和にならないんですか。

手を伸ばしても伸ばしても

ヒカリには手が届かない


あたしに待っているものは、

永遠の闇。

現実から目を逸らしたって、
永遠に逃げることなんて、出来ない・・・・。

5へ続く

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