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「ノン気」という言葉自体は知っている。同性愛嗜好のない人間のことだ。以前、ある小説で読んだ。それは同性愛者の苦悩を描いた作品だったが、ぴんとこなかった。大学時代、つきあっていた彼女とひととおりの性体験は済ませていたし、同性にしか欲望が抱けない人間の苦悩は頭では理解できたが、それ以上の感想は抱けなかった。その小説にはこんな一文があった。”ノン気の男を愛してしまった時ほど、ホモセクシャルが苦しい時はない” どことなく勇作が口にする「ノン気」という言葉には、その苦しさが込められているような気がするのだ。 勇作の精悍な横顔を見ながら、ふと思う。(もしかして先生って……ゲイなのか?) まさか、と思いつつも、記憶をたどってみると思い当たる節はあった。玲が志望大学に合格し、勇作も就職が決まって、家庭教師をやめる時だ。最後の授業が終わった時、不意に勇作はこんなことを切り出してきた。『ちょっとさ……頼みたいことがあンだけど』 いつも顔をまっすぐ上げて話す勇作が、めずらしくうつむいて深刻そうに話し出すので、何事かと思って訪ねたら意外な答えが返ってきた。『お前の写真、撮らして欲しいんだ』『写真? いいですよ。いくらでも撮ってください。先生はカメラマン志望ですからね。今度、新聞社のカメラ部に就職が決まったことだし』 「いつか俺の写真、新聞に載せてくださいよ」と軽口を叩いてポーズを取ったら、赤くなりながら勇作は首を横に振った。『違う……ヌード写真なんだ。お前のヌードが、俺は撮りたい』 頭の中が真っ白になる、というのを経験したのはあの時が初めてだった。ぽかんと口を開けて固まっていたら、勇作は「冗談だよ」と声を上げて笑った。 その時は本当にそうだと思っていた。 けれど、もしかしたら……。 さらに記憶の糸をたどると、勇作が少年と連れ立って歩いていたのを見たことがある。年の頃は当時の玲と同じくらいの十七、八だった。玲はその少年を知っていた。隣の高校に通う少年で、モデルとして活躍していることで有名だった。さらにその少年にはもう一つの噂があった。同性愛者だとまことしやかにささやかれていたのだ。が、その噂はかえって少年の女性的な美しさを増し、クラスメイトの女生徒などは熱狂していた。彼女らに玲は指摘されて迷惑に思ったことがある。「あの子って、玲くんに似てるね」と。言われてみれば線の細い体つきと、白い肌に大きな目は自分と似ているような気がした。が、あんなオトコオンナと一緒にするなと突っぱねて見せた。 勇作は玲がいるのに気づくと、あわてた様子で自分に寄り添う少年から体を離した。男同士で歩いているのに、何を俺に隠すんだろうと不思議に思う玲を、少年は青いカラーコンタクトを入れた瞳でにらみつけ、吐き捨てるように言った。『こいつが勇作さんの言ってた子? こんなヤツ、全然勇作さんにふさわしくないよ!』 少年を勇作はたしなめ、事態が分からないままでいる玲を残して去っていった。 もしあの少年が、勇作の恋人だったとしたら。 そこまで考えた途端、玲は目の前にいる美女に見覚えがある理由に気づいた。 今目の前にいる人物は、その時会った少年なのだ。メイクが濃くなって、明らかに女装しているから分かりにくかったが、自分とよく似た大きな瞳と白い肌は変わっていなかった。メイクを落として、ジーンズとポロシャツを着れば今も自分と似ているはずだ。「ようやくアタシに気づいた? あなた、全然昔と変わってないわね。ぽ~っとしてて、世間知らずそうで」 あの日と同じように、棘のある視線でかつての少年は玲をにらみつけてきた。「うっ……」 何も言えず黙り込む玲に、勇作は助け船を出してきた。玲を背中でかばうようにしながら、彼女をたしなめる。「やめないか、レイ。こいつは何も分かってないんだから。お前のことだって、覚えてないよ」 彼女の名は、レイというらしい。源氏名だか本名だかは不明だが、無国籍で中世的な名は彼女にふさわしいような気がした。レイは鼻を鳴らして、玲から視線をはずした。「忘れられるような顔じゃないと思うんだけどね、アタシは。少なくともこの坊やよりは。あんた、年いくつ?」 不意に水を向けられて、とまどいつつも答える。「に、二十五です」 同い年のはずなのにどうして敬語を使ってしまうのだろう。やはり自分はレイの華やかさと迫力に気圧されてしまっているのではないか。そんな弱気を見透かしたように、レイはずけずけと言い放ってきた。「二十五? アタシと同い年じゃない! いい年して、ずいぶん子供っぽくて頼りないわね。よっぽどぬくぬくと安楽な暮らしをしてきたんでしょうね」「そんなことない!」 我知らず激昂していた。困ったように振り返る勇作の姿が視界の隅に入っても、レイを見据えて玲は激しく言葉を続けていた。レイに言われたことが、何かに火をつけてしまったようだった。 小馬鹿にしたように嗤っていたレイの目が見開かれ、真剣なものに変わった。間に立っていた黒猫までもが、毛を逆立てて玲を見やる。「俺にだって、俺なりの人生があります。壁にぶつかったことだって何度もある。あなたにとっては大したことじゃないかもしれないけど、俺は俺なりにがんばってるんだ! そんな軽々しく言わないでください!」 言い終えて、肩で呼吸する。そう興奮するな、と勇作が肩に手を置いてきた。二人の間をとりなすように、レイに呼びかける。「こいつもこう言ってるんだし、そんなふうに言わないでやってくれよ」「あ~ら。じゃあ、なんて言えばいいのかしら? 坊や、まだ童貞? それとも処女かしら、なんて言うべき?」「な……っ」 レイにからかわれているとは分かっていても、頬が熱くなる。そんな玲をネイルアートの施された爪で指さして、けたたましくレイは嘲笑った。屈辱に歯を食いしばっている間に、ひょいとレイは黒猫を抱き上げた。黒猫は玲を見て、またもや威嚇するように鳴いた。「こんな坊やが勇作の恋人のわけないわね。じゃあ、おやすみなさい」「おやすみ」 そう言って、勇作はレイの背中を見送った。どことなくそのまなざしに友情以上のものを玲は感じずにはいられなかった。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月31日
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「どうしたんだ、玲?」 いきなり勇作に声をかけられて、震える声で答える。「ゆ、ゆ、勇作さん、あそこに……」「あそこに? 何もないぞ」 玲が指さした上空を見て、勇作は首をひねった。そちらをふたたび見やると、あの人影は消えていた。「で、で、でも、さっきは本当にいたんです! 上品そうな中年の男性が……」「それ、宮迫さんかもしれないわね」 聞き覚えのない野太い声に返事をされて、あの人影が話しかけてきたのかもしれないと玲は本気で思った。あわてて声のする階段の上を見上げる。そこにいたのは、ブロンドの美女だった。タイトなパンツに、黒いチョーカーを身につけている。自分のスタイルの良さを自覚しているのか、体の線が目立つ服を着ていた。美女は玲を見て、ニッと笑った。途端に目尻に一気に皺が出る。若作りはしているが、それなりに年がいっているのではないかと玲は思った。彼女の全身から発せられるろう長けた雰囲気は人生経験の豊富さから来るものではないか。 本来ならば、「綺麗なおばさんだなあ」で済ませてしまうところが、しっくり来ない部分があった。そう、あの野太い声は彼女から発せられているのだ。(っていうことは……あの女性って、男?) 玲の疑問に答えるように、ふたたび美女が口を開いた。「その坊やはあなたの新しい恋人かしらね、勇作さん?」 やはりあの低い声は美女のものだった。やはり彼女は男性なのだ。ニューハーフだから、男同士である自分と勇作が連れ立っているのを見て「恋人同士」などと思うのだろうか。それにしてもずいぶんと勇作とこの人物はずいぶんと親しいらしい。長年の悪友のような雰囲気が二人には漂っていた。「違いますよ、紫さん。俺が昔、家庭教師してた頃の教え子です。やめてください、こいつはノン気なんだから」(ノン気?) 勇作の口からその言葉が発せられるのは不思議な気がした。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月30日
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無意識のうちに後ずさると、勇作に怯えているのを気づかれたようだった。「怖がる必要はねえよ。俺の飼い猫だ」 そう言って勇作は安心させるように背中を軽く叩いて、玲を守るように一歩歩み出た。それまでの剣幕が嘘のように甘えた鳴き声を上げて、黒猫は勇作の腕の中に飛び込む。 勇作は目を細めて、つやつやとした毛皮を撫でた。「ほらほら、いい子だ、ヴィンセント」 どうやらヴィンセントというのがその猫の名前らしい。(猫にしちゃ、ずいぶんごたいそうな名前だな) どことなく不機嫌な気持ちになるのは、先ほどこの猫に威嚇されたからだろうか。いや、違う。今、猫がこちらに向けているまなざしのせいだった。勇作に撫でられながら、ちらちらとあざ笑うような視線を先ほどから投げかけているのだった。まるでそれは自分の恋人を見せ付けているようだ――そんなことを考えた時、ようやく妙なことを考えているのに気づいた。(これじゃまるで、相手が猫じゃなくて人間みたいじゃないか) 被害妄想じみたことを思い浮かべてしまうのは、やはり追い詰められた状態にいるせいだろう。そう自分に言い聞かせた時、玲は驚愕した。 黒猫の傍らに、すらりとした男性が立っているのだった。年のころは五十ほどだろうか。若い頃はさぞや美男子だったと思われる顔立ちをしている。黒いスーツを品良く着こなしていた。ただ異常だったのは男性に頭髪がまったくないことと――足がないことだった。 そう、その男性は宙に浮かんでいたのだ。 信じられない、と思いつつも、こう思わずにはいられなかった。 自分は今幽霊を見ている、と。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月29日
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スタンドネタを引っ張るのが楽しかったです。
2008年01月28日
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ひとしきり再会を喜んだ後、勇作は玲を自宅に呼んだ。なぜ夜の十時過ぎにこんなところをうろうろしていたのかとは訊ねられなかった。おそらく玲が困っていることを勇作は感づいていたのではないだろうか。高校時代、家庭教師だった頃から勇作はそういう男だった。七年前、大学生だった頃より、勇作は青年から大人の男に成長し、貫禄と世慣れた雰囲気を身につけていたが、そういう優しい部分は変わらなかった。(変わっちゃったのは、俺の方だ) 勇作の背中について行きながら、玲は思う。高校生だった自分は今よりずっと青かったけれど、少なくともおのれの才能は信じていた。明日は今日よりすばらしい日だと信じていた。それなのに、二十五歳になった自分はどうだろう。愚かしさは同じなのに、以前よりもっといじいじと思い悩むようになった。こんな自分はたくましく成長した勇作にはどう見えるのだろう。 玲の物思いを、勇作の呼びかけが中断した。「ここだぞ」 勇作が指し示していたのは、瀟洒なマンションだった。近代建築にしては珍しく、赤煉瓦で作られている。十九世紀のイギリス小説に出て来そうな建物だな、と顔を上げて建物を見つめる。五階立てくらいはありそうだ。 玲の好奇心を感じ取ったのだろう。無精ひげを撫でながら、勇作が講釈を垂れた。「ちょっと変わった作りだろ。これ、わりに有名な建築家が設計したんだ」 何かを説明する時に、勇作が顎を撫でる癖は昔と変わっていない。なつかしい気分になりながら訊ねてみる。「その建築家って?」 俺、建築家はよく知らないんですけど、と玲は付け加えた。勇作が落胆しないためである。昔、よくこうやって勇作は得意げに自分が大学野球でヒットを打ったことなどを話し、スポーツに興味がない玲が素っ気ない反応を示すと、みるみるうちにしょげかえったものだった。そういう子供っぽいところが嫌いではなかったから、気を遣ってみたのである。 しかし、勇作の返答は予想外のものだった。そういったことに疎い玲でも知っている建築家の名を、彼は挙げた。言われてみれば、建物はその人物の作風に合ったものだった。 玲は声を上げて驚き、勇作は嬉しそうに腕組みする。「どうしてそんな人が設計したんですか? 家賃、高いでしょう?」「それほどでもないよ。それに俺には、あまり関係ない問題でもある。それに、だ」 そこで勇作の顔から笑顔が消え、何かをなつかしむような目でマンションを見上げた。赤煉瓦は月に鈍く輝いていた。いくつかの窓が見え、そこにはカーテンが引かれている。「どうして彼がここを設計したのかは、秘密だ。というより、彼が設計者であることも隠されてる」「どうしてですか?」 ここまで踏み込んでいいものかと思いながら、玲は訊ねた。どことなく勇作が何かを打ち明けたそうにしているように見えたからだった。初めて会った時から、言葉にしなくても勇作とはわかり合えるようなところがあった。だからこそ、勇作に家庭教師をしてもらっていた三年間、教師と生徒を超える関係を築けたのかもしれない。 案の定、勇作は何かを語りそうな目でこちらに体を向けた。誘うようなまなざしに、鼓動が早くなる。昔から勇作に見つめられると、どきどきするのは何故だろう。「お前になら話してもいいんだが、いや、お前にだからこそ話したいんだが……」 そこで勇作は言葉を切った。思いを巡らすように小首をかしげてから、微苦笑する。苦いものを押し隠した笑みだった。「今はまだやめとくよ。今は、な」 そう言い残してから、ふたたび背を向けて勇作は歩き出した。何か勇作は隠している。離れている間に何かあったのだろうか。そう思いながらも、玲は後をついて歩いた。エントランスはガラス張りの門になっており、そこをくぐると階段があった。どうやらそこを上ると部屋に行き着くらしい。 階段に足をかけた途端、黒い影が駆け下りてきた。それは玲の胸ぐらに襲いかかってきた。「うわあああ!」 悲鳴を上げながら、必死で払いのけると、くるりと身を翻して「それ」は優雅に降り立った。 「それ」は漆黒の毛と金色の瞳を持つ猫だった。黒猫は玲を見据えて、威嚇するように鳴いた。その動物離れした迫力に、玲は震えずにはいられなかった。「お前のような人間はここに入る資格はない」と言われたような気がしたのだ。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月27日
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勇作と再会したのは、人生最悪の日だった。 もう数ヶ月前のことになる。小説家なんか目指した結果、広末玲は経済的にも精神的にも貧窮していた。 ここまで追い詰められた理由はよくあるパターンだ。幼い頃から小説家になることを目指していた玲は、こつこつと書きためていた小説が新人賞を受賞した。受賞は大学在学中のことで、デビュー作は若き青年作家誕生というふれこみで、それなりに大きく取り上げられた。が、二作目、三作目と書き続けるうちに、作品は売れなくなりついには出版されなくなった。 二十五歳になった玲は、就職していなかった。当初はそれなりにあった原稿依頼をこなすのに精一杯で、就職活動をしている暇がなかったのだ。また若くしてある程度の成功を収めたせいで、天狗になっていたせいでもある。その結果、玲は無収入となったのだが、小説家以外の仕事を探す気にはなれなかった。たとえ原稿依頼が来なくても、小説を書くことが何より好きだったので、もう一度新人賞を取って再デビューを目論んでいたのだ。それに就職などしたら、作品を書く時間は大きく削られる。決して速筆とは言えない玲にとって、それは作家廃業を意味した。となると、必然的に労働形態は拘束時間が短いアルバイトになる。が、時給千円前後のそれでは、満足に暮らしていけるわけもない。 かと言って、実家に帰る気もしなかった。両親も都心在住で、同居したら生活は楽にはなる。だが昔から「小説などで生計が立てられるわけがない」と作家志望を反対していた両親に今の状態を打ち明けたら、それ見たことかと馬鹿にされることは確実だった。元より玲には二歳年上の兄がいて、彼は一流企業に就職し、来年美人の受け付け嬢と結婚するのだ。孫の顔が早く見たいとはしゃいでいる両親の元にいたら、いたたまれない気持ちになるのは火を見るより明らかだった。 逡巡している間に、水道も電気も止められ、あさってまでに家賃を払わなければ出ていってくれと大家に言われた時、玲は実家の前をぐるぐるとさまよった。このままではサラ金にでも手を出さないと、生活していけない事態に陥る。新聞やテレビの中だけのことだと思っていた困窮生活が自分にやってくるなんて、実家でぬくぬくと暮らしていた頃には思いも寄らなかった。実家は新興住宅地の中にある平凡な建て売り住宅だが、あの一軒を手に入れるだけでも親がどれだけ汗水たらして働いてきたか、今では分かる。だからこそ彼らは息子である自分に堅実な職業を選ぶことを強要したのだ。 ほとんど泣きそうになりながら、星空を見上げた時、背中から呼びかけられた。「玲? 玲じゃねえか?」 聞き覚えのある声に、あわてて明るい表情を作る。地元の友達にこんな情けない顔を見られるのは嫌だった。が、幾分かその声は同世代の人間より低く、落ち着いていた。記憶の糸をたどるより先に、その声の主は歩み寄ってきて、はっきりと姿を見せた。 自分より頭一つ分は高い身長。およそ百八十センチ以上はあるだろうか。黒い皮ジャケットの上からでも隆起しているのが見える筋肉。浅黒い肌。肩まで伸びたぼさぼさ髪と、人なつっこそうな垂れ目。 驚きとなつかしさの余り、思わず叫んでいた。「先生!」「久しぶりだな、玲!」 かつて家庭教師だった男――勇作は、七年前と変わらない仕草でくしゃくしゃと玲の頭を撫でた。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月26日
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熱い指で背中から抱きしめられ、かすれた声でささやかれる。 「玲、好きだ、大好きだ――お前とこうしてられるなんて、やっぱり俺、信じられねえ……」 切なそうに語尾がかすれ、いっそう強く貫かれた。歯をくいしばって、喘ぎをこらえる。すでに抱かれ慣れた体は甘さを知っていた。が、感じていることを一心不乱に求めてくる男に見せるのは嫌だった。(俺は、ホモじゃない。男なんか好きじゃない) 胸の内で何度も自分に言い聞かせる。今こうして男に抱かれているのは、生活のためなのだと。小説家になるという夢をかなえるための一時しのぎなのだと。 だから自分は、男相手に感じたりはしないのだ。いや、してはいけないのだ。たとえ相手が、どんなに自分を想ってくれようとも。 かなり男は昂ぶってきたようだった。こちらのことを気遣って、時折乳首や杭に愛撫を加えつつも、揺さぶりが激しくなる。それに引きずられて、内側からこみ上げる熱も激しくなっていく。「ん……あっ」 思わず喘ぎが漏れた。しまった、とシーツに口を押しつけたがもう遅かった。顎を持ち上げられ、後ろを向かされる。視界いっぱいに、自分を抱いている男――後藤勇作の顔が広がった。少し汗がにじんだ面に、卑猥さといとおしさが混じり合った笑顔を浮かべている。ひどく嬉しげに、勇作は問うてきた。「今、声出しただろ?」「べつに……」 わき上がる羞恥をこらえ、できるだけ素っ気なく答える。勇作が動きを止めてくれているおかげで、どうにか喘ぎはこらえられていた。「嘘つけ」 そう言って、唇を奪われる。戯れのように始まった口づけは、やがて深いものになっていった。ぬるりと舌を差し入れられ、思うさま口腔を犯される。もどかしく歯茎をまさぐられ、感じ始めた瞬間に強く腰を打ち付けられた。上も下も塞がれ、こもった喘ぎが口から漏れ始めた時、唇を離された。「あ……ああっ――はあっ……」「ちゃんと声出してるじゃん。玲の嘘つき」 征服欲が満たされたのだろう。満足げに勇作がつぶやく。それ以上、後ろを向いているのは無理だった。顎から手を離された途端、がっくりとシーツに顔を突っ伏し、思うさま背後から貪られる。シーツで口を塞いでも、大きく喘ぎ声は室内に響いた。「あ―ああっ……うっ……」「ほら! もっと大きな声出しちゃえよ、玲。獣みたいにさ。どうせ獣と同じ姿勢でヤッてるんだから……」 ねっとりと抉られ、夢中になっているうちに頭がぼやけていく。何か他のことを考えなければ、勇作のいいようにされてしまう。どうにか理性を保つために閉じていた瞼を開くと、カーテンの隙間から二つの光るものが見えた。 黒い猫が、金色の瞳で自分たちを見つめている。その猫がヴィンセントという勇作の飼い猫であると分かっていても、怯えずにはいられなかった。 黒猫は冷えた月のように輝く瞳に、怒りをはらんでいた。 なぜお前は勇作の想いを利用して、安穏な暮らしを送っているのだと。 けだるい体で横たわったままでいると、枕元に缶ビールを置かれた。トランクス一枚の姿で、勇作は自分の分のそれを音を立てて飲んだ。尖った喉仏が大きく上下し、口元からこぼれた雫がたくましい上半身に流れ落ちていく。自分とは正反対の、精悍な男の体だった。 ハッテン場と呼ばれるバーで、ゲイたちが身をよじって騒いでいたのを思い出す。『すっごくいい体してるわよね! 顔もイケメンだし、性格も気さくで優しくて。死んでもいいからアタシ、勇作に抱かれてみたいわ』 それほどまでに彼らが望んでいたことを、あっさり自分はかなえてしまったことになる。(違う! 俺は好きこのんで先生に抱かれてるわけじゃないんだ!) そう自分に言い聞かせて、枕の上に顔をうずめた。あたたかな感触が頭の上を覆う。顔を上げると、心配そうな表情で勇作が頭を撫でていた。「大丈夫か? どっか具合でも悪いのか?」 その手を静かに振り払いながら、上半身を起こす。「違います。ちょっと疲れちゃって……」 振り払われた手を、しばらく勇作は所在なげに見つめていた。もしかして彼を傷つけてしまったのだろうか、と思う。が、一線は引いておかなければならない。自分は彼の契約者で、恋人ではないのだから。そんな思いを込めて勇作を見つめていると、目が合った。やや垂れ気味の目を少し寂しげにすがめてから、勇作は微笑みかけてきた。”べつにお前は俺の気持ちなんか気にすることないぜ。俺は納得済みで、契約したんだからさ” その瞳は、そう語っているようだった。彼の気遣いに胸が痛んだ途端、おどけた笑い声を勇作は上げた。後頭部をごしごしと掻いて、玲の隣にあぐらを組む。「そりゃそうだよなあ。あれだけ激しくヤッた後だからなあ! そりゃ疲れるわ」 あけすけな物言いに、頬が熱くなった。「そんな言い方、よして下さいよ!」「だって、本当のことじゃねえか」「でももうちょっと他に言い方があるでしょう!」 大きく叫んで体を起こすと、思わず足がよろめいた。ぐったりと倒れ込む体を、素早く勇作が抱き止める。「ほら、がんばった後なんだから安静にしてろよ」 そう言って、膝枕される。がっしりとした勇作の膝は柔らかくはなかったが、決して居心地は悪くなかった。が、強がりが口をついて出てしまう。「離して下さいよ、先生。男同士で膝枕なんて格好悪い……」「嫌だ。これも契約のうちだからな」 いたずらっぽく片目をつぶってから、勇作はちょん、と玲の鼻をつついた。「それからその”先生”っていうのをやめる契約も付け加えないか? ついでにその馬鹿丁寧な言葉使いもやめようや」「いいえ。それはダメですよ。あなたは俺の家庭教師として出会ったんだから。今さら他の名前では呼べません」 そう答えると、「まったく生意気な生徒だな」というぼやきとともに、キスが降ってきた。 つづく ポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月25日
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最後のおまけがおもしろかったです
2008年01月24日
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雨竜とベッツェの掛け合いがおもしろかったです。
2008年01月23日
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腐女子ネタが笑えました。
2008年01月22日
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「寄生? それはいったいどういうことですか?」「説明しましょう」 狼狽しつつも、この話に聞き入らずにはいられない中田の反応を楽しむように、祥は言葉を切った。おそらく今頃、日本中の全視聴者がこの番組に見入っているのだろうと凛太郎は思った。彼らは、勾玉憑きたちのショッキングな映像に釘付けになっているはずだ。鬼への恐怖心でいっぱいになっているはずだ。 凛太郎と同じことを考えているのだろう。秀信と明も、真剣な面持ちで画面に見入っている。 祥はカメラをまっすぐに見据えて、話し始めた。「鬼というのは、まったく合理的な生き物でしてね。ああやって人間に勾玉の形で寄生することによって、知識、栄養を吸収し、生まれ出ると急成長して、人間の数倍の早さで成人になるのです。ですが、決して短命というわけではなく――いえ、人間よりはるかに長い寿命を持っています。しかも彼らには老化というものがほぼ見られない。若い肉体のままで、人間をはるかに超えた能力を駆使して生きるのです」「その能力とは?」 おずおずと中田が問う。勾玉憑きを生み出す鬼に恐ろしい力が宿っているのを確信した口調だった。 祥が画面の隅に向かって、片手を出した。「この映像をごらんください」 画面が切り替わり、今度は鈴薙が手から光線を放って、陰陽師たちと戦っている映像が映し出される。 秀信が自嘲するようにつぶやいた。「あいつ、あんな時からすでに俺を裏切るつもりだったのだな」 凛太郎には言葉の意味が理解できた。祥が見せているのは、鈴薙が弓削邸を襲撃した時の画像だ。その時、まだ祥は秀信に謀反の意があることなど、毛ほども見せなかった。が、こういった映像を隠し撮りしていたということは、その時からこういう場を持つことを計画していたのだろう。つまり、今の事態は祥にとってとっくに画策済みだったのである。 秀信を気遣いながら、凛太郎は両手を胸の前で握りしめた。ブラウン管の中にいる祥は、あの時と違って自信に満ち、堂々としている。が、晴信の前で見せていた優しさはどこかに消し飛んでしまっているように見えた。(祥さん、どうしてこんなことを……) あらためて凛太郎はそう思わずにはいられなかった。 そんな凛太郎の気持ちなどおかまいなしに、すさまじい力を振るう鈴薙の姿は次々と映し出されていく。案の定、スタジオにカメラが戻った時、中田はおびえきった表情をしていた。「今のはどういう……」「鬼が陰陽師を襲ったのです」「陰陽師?」 中田が懐疑的に訊ねた。「そういったものが現在にまだ存在するのは知っていますが……」「あくまでそれは迷信的なものだとお思いになっていたんでしょう?」 図星を指されたのだろう。「まあ……」と中田が困ったように言葉を濁す。「べつにいいんですよ」 祥は鷹揚に手を振った。優雅なこの仕草を見たら、世間一般の人間――特に女性は祥を頼りがいがあって、有能な人物と思うだろう。「好感度ばっちり、ってとこね」 さゆりが冷ややかにつぶやいた。 祥が改まった口調で、説明を続ける。「現代社会では陰陽師は、すでに過去のものとされていました。が、彼らは先祖代々の伝統秘術を守りつつ、脈々と生き続けていたのです」 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月20日
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「あの生き物はそうやって人間に寄生するのです」 こともなげに祥は答えた。 つづく
2008年01月19日
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オリジナル要素がいろいろ入ったお話でしたね。
2008年01月18日
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このネタって本当にいいのっ? と叫んでしまいました。 だってあのキャラ、どう見てもブリーチの……ですよね?
2008年01月17日
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「鬼の子供ですよ」 こともなげに答える祥に、中田はいっそう疑問と狼狽を感じたようだった。矢継ぎ早に質問を繰り出す。「鬼の子? しかし、これは何かの卵のような……いや、違う。もっとどこかで見たことがある……」「勾玉でしょう」「そう、勾玉! 歴史の時間で習いました。しかし、どうして勾玉が人間の体に」 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月17日
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雨竜とベッシェのかけあいが面白かったです
2008年01月16日
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「ええ、角です」 あっさりとした祥の答えに、中田は目を丸くした。「そんな! 私はたとえで言ったまでですよ。現実の人間に角などあるわけが……」「彼は人間ではありません。鬼なのです! 見てください、あの金色の髪と瞳を。そしてあの威厳と迫力を。これは人間のものではありません。千年のいにしえから蘇った鬼のものなのです!」 画面をぎらぎらした目で見据えながら、祥は叫んだ。中田は鈴薙の姿もさることながら、祥の異様な迫力に気圧されたようにしばらく黙っていたが、やがてようやく我に返ったように口を開いた。「し、しかし、どこにそんな証拠が……」 たじろぐ中田の反応を愉しむかのように、祥の目が光った。「まだ信じられませんか? よろしい。それではこの映像を見ていただきましょう」 画面が切り替わって映し出されたのは、青白い肌の人間だった。年は二十歳前後だろうか。髪を派手な色に染めて、ピアスをしている。渋谷の町をうろついている不良といったところだろう。彼は上半身裸にされ、台のようなものにくくりつけられていた。低いうなり声を上げ続ける彼に、カメラが寄る。 彼の胸元には、赤い物体が張り付いていた。 中田が声を上げた。「何ですか、これはっ?」 つづくFont Size="5" Color="#0000ff">ポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月15日
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昔とそっくり同じで楽しかったです。
2008年01月14日
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「これは……何ですか?」 中田がとまどいながら訊ねた。「見たところ青年のようですが……角、らしきものがありますね」
2008年01月13日
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予想とは違った映画で驚きました。
2008年01月12日
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口ごもる中田に、祥は説明し出した。「ウィルスというのは、ある特定の感染源から発生するものです。現在のところ、このウィルスのでどころは明らかにされていません。ですが、私は政府の研究組織と共同調査した結果、恐るべき事実に遭遇しました。それは……」 そこで祥は言葉を切った。固唾をのんで自分の言葉を待つ中田の反応を楽しむかのような表情だった。この男の隠された邪悪さがはっきり現れたように凛太郎は思った。「鬼です」「鬼っ?」 テレビ画面の中にいる中田と同じように、凛太郎たちは驚いていた。祥がこんなにはっきりと鬼の存在を出すとは思っていなかったからだった。「ンなこと言って、いきなり人間どもが信じるのかよ? 鬼は伝説の存在だって人間は決めつけてるっていうのに」 当惑したように明がつぶやくのが聞こえる。凛太郎もそう思った。実際、中田は驚きあきれたような表情を浮かべている。これが常識的な反応だろう。いったい祥はそれをどう切り抜けるつもりなのだろうか。 だが、祥の取った行動はまったく予想外なものだった。 手品師がステッキを振るように、祥は指示を下した。「何はともあれ、この映像をごらんください」 画面が切り替わり、映し出されたのは鈴薙の姿だった。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月11日
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新年一回目でこのネタってすごいですね
2008年01月10日
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関さんの演技が良かったです
2008年01月09日
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祥と話しているのは、日頃あまりテレビを観ない凛太郎でも知っているニュースキャスターだった。たしか中田という名前の、初老の男だ。きっちりと着こなされた背広の肩を揺すりながら、中田は面食らったように訊ねた。「それはどういうことなのでしょうか。政府から正式な見解があったとお聞きしましたが、私は――いえ、日本中の視聴者が納得できていない事柄だと思うのですが」 明が舌打ちした。「祥の奴、いつの間にか政府も味方につけちまったのか」 柊子が眉をひそめた。「おそらく弓削家に出入りしていた吉原さま方のバックアップがあってのことでしょう」「ってこたァ、あいつらも祥に付いたってわけか。ひょっとして、何かの利権につられてってことか?」「かもな」 秀信が低く答える。腕組みをし、冷笑を浮かべて彼はブラウン管の中にいる祥を見つめていた。かつての自分を見つめるかのように。 明が足を踏み鳴らす。「まったく人間って奴ァ、汚ねェったらありゃしねェ!」「そんなこと言わないで、明」 凛太郎が哀しげに制した。「僕らは人間なんだから」「す、すまねェ」 飼い主に叱られた犬のように、明が縮こまる。 その間に、画面が切り替わった。スタジオの風景から、どこかで撮影されたであろう勾玉憑きたちの光景が映し出される。うつろな目で、両手をだらりと垂らし、自衛隊たちと戦う彼らは間違いなく視聴者に恐怖を与えるだろう。その映像に、中田と祥の会話がかぶった。「これは全国で流行している謎のウィルスに感染した人々の映像ですが……」 中田の言葉を、凛太郎は不思議に思ってつぶやく。「ウィルス患者って?」「どうやら俺たちが黄泉比良坂に行っている間に、政府はそう発表していたらしい」 秀信の説明に凛太郎は納得してうなずいた。大人たちの判断は妥当なものと思えた。鬼だの勾玉だの言われてもいきなり信じられないだろうし、パニックを起こさないためにはそういった処置が必要だろう。 が、これからそれに対して、祥は何を言おうとしているのだろうか。 凛太郎の疑問に答えるように、ブラウン管の中で祥は口を開いた。「中田さんはこのウィルス患者が何によって生み出されたと思いますか?」「そ、それは……」 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月09日
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この第一話のAパートってオリジナルですけど、考えようによったら「かってに改蔵」にもつながるんですよね。 よく考えてあります。
2008年01月08日
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不思議そうに流里が目を見開く。「父親? あなたが?」「ああ、そうさ」 さも当然といったようにうなずく明に、流里は訊ねた。凛太郎は興味深そうに二人のやりとりを聞いている。「どうして? 私の父親はあなたじゃなくて、鈴薙なのに」「それはよ」 ニッと明は流里に微笑みかけた。その微笑みのあたたかさに、流里の表情がやわらぐ。「たとえ血がつながってなくても、俺はお前を娘だと思ってるってことさ。それだけ俺は凛太郎ちゃんが好きなの。そしてお前のこともな、流里」 少女の瞳が潤んだ。明の言葉は確実に流里の心を打ったようだった。凛太郎は思う。(もしかしてこの子、自分と鈴薙と、僕の関係に悩んでたんじゃないだろうか。僕が鈴薙と敵対すると思って……言ってみればそれは、父親と母親が争うようなものだから) 僕は女じゃないから母親ではないだろうけど、と胸の内で付け足してから、凛太郎は流里の横顔を見つめる。勾玉の形を取って生まれても、彼女には確実に人間らしい心があった。たとえ鬼との間に生まれた子供だったとしても、だ。(それを言うなら僕だって……) そう、凜姫は鬼と人間の間に生まれた。流里も凜姫も人間としての心を持っているのは、人間の血が混じっているゆえだろうか。 けれど、明にも確実にそれはある。そして鈴薙にも――。 何か、思い出せそうな気がした。明たちが指摘した、自分の心にできたゆとりの理由が。 途端に、頭が痛んだ。「うっ……」 低くうめいてうずくまる凛太郎に、明と流里がその身を支える。「大丈夫か、凛太郎?」「どこか悪いの?」 心配そうな二人に、凛太郎は無理に笑って見せた。「平気だよ。ちょっと頭が痛んだだけで……」 それに、もう少しで謎が解けそうなんだ。 そう凛太郎が言いかけた時、ドアが開いた。 そこには青ざめた秀信と柊子が立っていた。何事かが起きたことを感じ取った明が鋭い口調で訊ねる。「どうしたんだよ?」「祥さまが……」 呆然とした様子で柊子が答えると、秀信が彼にしてはめずらしくせっぱ詰まった様子で言葉を継いだ。「とにかくテレビを見てくれ」 そう言って秀信は部屋のテレビをつけた。そこには祥が映し出されていた。著名なニュースキャスターに祥は語っていた。「今、各地で起きている怪奇現象はすべて一人の少年によって引き起こされたものです。清宮凛太郎という少年に!」 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓
2008年01月05日
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を買いました。 アックスで連載していたから注目していた人なのですが、メジャー雑誌にいってどうなることかと思ったのですが、あいかわらずネガティブなようでポジティブな持ち味は健在で嬉しいです。
2008年01月04日
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ジャンプ本誌についてたカレンダー、壁に貼って見てます
2008年01月01日
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