---手術と入院生活
ボクとママは診察室に入った。
診察室には、こないだボクの体にできたブツブツを診てくれた先生がいた。
先生はちゃんと診察をしようと、
みんなでボクを抱えて診察台に乗せようとしたけど、
ボクはまたみんなが襲いかかってきたのかと思って、怖くなって抵抗したら、
先生が、「まあ、そのままでいいでしょう」と言ってくれてホッとした。
先生は診察台の横を通ってボクのそばに来てくれた。
立ったままのボクの傷を見た先生の顔はゆがんでいた。
「あぁ」と声を漏らしたほかは何にも言わず、
ただ顔をゆがめていた。
間もなく、パパが病院に到着した。
ママは、パパにボクのリードやなんかを手渡し、
交代するようにさっさと診察室を出て行ってしまった。
おうちでママがお出かけするときみたいに、あっさりとね。
ボクはちょっぴり寂しかったけど、
代わりにパパも来てくれたし、
ママも待っている救急車で病院に行かなきゃならなかったから
仕方ないのかなって諦めたんだ。
そして、ボクは何人かの人に抱えられ、
診察台に乗せられ、横倒しにさせられた。
ボクは、何が始まるのか怖かったから、
ちょっと暴れてみた。
すると、何人かの人の手で押さえつけられて、
身動きができなくなっちゃった。
あーあ。
なんかヤだなぁ。
先生は念入りに、ボクの足を観察していた。
先生はパパを呼んで、僕のケガの状態を説明しはじめた。
ボクはさっきからずっと横倒しの、
押さえられたままの姿で・・・
関節の骨が折れてしまっていて、関節が外れているとか、
じん帯がちぎれてしまってるから、元通りに歩けるようにならないかも知れないとか、
もしかしたら、足を切り落とさないといけないかもしれないとか、
バイキンが入ってしまったら感染して、死んじゃうかもしれないとか、
なんだか怖い話をいっぱいしていた。
ねえ、ボク足がなくなっちゃうの?
死んじゃうの?
ママにはもう会えないの?
パパのドキドキする心臓の音が聞こえたような気がした。
先生は最後に、今からボクの手術をすることをパパに告げた。
そして先生のお話が終わると、
パパはボクを残して診察室から出て行ってしまった。
ねえ、ちょっと待ってよ!
パパまでボクをほったらかしにするの?
ボクこの人たちにつかまってるんだけどっ!
助けてほしいんだけどっ!
それからが、ボクの試練だった。
ボクは、別の部屋に連れて行かれた。
またもやみんなに抱えられて台に乗せられ、
押さえつけられてレントゲンっていう写真を撮ったり、
お腹にドロドロの液体を塗られて、
その上をエコーっていうなんだか硬いものを
ズルズルと動かしたりされた。
ほかにも“チクッ”としたかと思ったら、針を足に刺されたりして、
踏んだり蹴ったりだった。
足は痛いし、体中触られまくってボクはくたくただった。
たのむよ、もうボクにかまわないでよぉ。
しばらくして明るい部屋に連れて行かれ、
ボクはまた台に乗せられ、押さえつけられた。
そこにはさっきの先生がいて、
周りでたくさんの人が、あわただしく動いていた。
今日台に乗せられるのは、いったい何回目なんだろう?
さっきこの病院に入ってから、
もうずいぶん時間がたったなぁ。
着いたのは確か9時半くらいだったよな。
えーっと、時計はドコだ?
えっ?、もう夜中の0時?
いつもなら、ソファでゴロゴロしてる時間なのに・・・
今日は帰れないのかなぁ?
そんなことを考えていたら、眠くなってきた。
疲れちゃったな。
ママもパパも迎えに来てくれないから、もう寝ちゃおうかな。
ボクは眠ってしまった。
でも、ボクが眠ってしまったのは、
疲れていたからではなかったらしい。
先生が魔法をかけたんだ。
ボクが眠ってしまう魔法を。
そのころ、病院の人がボクのウチに電話をかけていたんだって。
「先ほど手術が始まりました」って。
2時間程度で終わると言われていた手術は、
終わってみると4時間くらいたっていたんだって。
「たいへんな手術だったんだね、きっと、とても丁寧にやってくれたんだね。」って、
後でママは言ってたけど、
ボクには何のことだかさっぱりわからなかった。
だって、ボクは眠ってただけだから。
目が覚めたボクは、頭がぼぉ~っとしていて、
動く気力もなかった。
目の前で、何かが動いていても、
それを見たいとも思わなかったから、知らんプリしていた。
そんなことをしたもんだから、
先生は、目が見えていないんじゃないかって心配してたらしい。
先生はきっとママと一緒の心配性なんだな。
ただ、ぼぉ~っとしてただけなのに。
ボクは首にラッパみたいなのをつけられて、
ボクの家にあるトイレと同じようなケージに入らされた。
しょうがないな、きっとしばらくここで過ごすんだな。
ボクはそう思った。
ボクは知ってたんだ。
だって、前にもこんなところに入れられたことがあるから。
ひとつは、朝から夕方までいたところ。
あの時は、
行った時にはあったはずの、ボクの大事なタマタマが、
帰りにはなくなっててホント、ビックリしたよ。
そういえばあの時も、台の上で眠くなったっけ。
もうひとつは、やかましいところだった。
周りに大きいのやら小さいのやら、たくさん犬がいて、
ワンワン横でさわぐんだ。
でも、あそこはちょっとよかった。
朝と夕方ちゃんとお散歩に連れて行ってくれて、
言うことを聞けたら、おやつをくれる人がいたからね。
あの時、お散歩に連れて行ってくれた人は、
そのあともボクのところに遊びにきてくれて、
何度も一緒にお散歩に行ったんだ。
ママは、その人に教えてもらった方法で、
ボクに【しつけ】ってヤツを教えてくれたんだ。
そうさ、例のシットとか、ダウンとかをね。
ボクは全部覚えたけど、
パニックになっちゃうと、ママの声が聞こえなくなってしまって
なんにもできなくなるんだ。
「意味がない」ってママはいつもボヤいてたなぁ。
ちゃんとできてる時もあるのに、ママは失礼だよ。
朝になり、頭がはっきりしてきたら足がズキズキ痛んだ。
何とか立ち上がることはできたけど、
おしっこができなかった。
ボクはタマタマがなくなっていたけど、
一応オトコだから、外でおしっこをするときは
かっこよく片方の足を高く上げ、
電柱や壁に向かって命中させるんだ。
でも家でおしっこをするとき、
ケージの中がトイレだから、
女の子みたいにしゃがまないとできない。
狭くて足が上げられないからね。
病院のケージも家のヤツとおんなじくらいだった。
でも、ここでおしっこしちゃっていいのかな?
家では別の場所でしたら叱られるけど、
ここでしても叱られないのかな?
どうなんだろう?
「ここはおうちとトイレ兼用ですかぁ~?」
ボクは聞いてみたけど、ここの人たちには
ボクの言葉が通じなかったみたいで、
誰も返事をしてくれなかった。
もしかしたら、外に連れて行ってくれるかもしれないから、
もうちょっと我慢してみようっと。
ボクはそんな風に考えてたけど、
先生がボクのおしっこが出ないのは、
膀胱とかが傷ついて出なくなってるんじゃないかって、
心配してたらしいんだ。
聞いてくれればスグに答えられたんだけどな。
ボクの言葉がわかればの話だけどね。
ああ、そういえば、お腹がすいてきたな。
ママはいないし、夏休み中ののエサ係のせいちゃんもいない。
ボクのゴハン誰がくれるの?
そう思っていたら、なんとおネエさんが、
ボクにゴハンを持ってきてくれた。
わ~い、わ~い♪
食べたことのないゴハンだったけど、
ボクは食べた。
好き嫌いなんて、この際言っていられない。
だって、お腹がぺこぺこだったんだもん。
でも、その次のゴハンはちょっと残しちゃった。
動かないから、お腹がすかないんだもん。
へへへ、
叱られないから、ワガママしちゃおうっと!
そしたら、次のゴハンには、
なんと見たことのないカンヅメが乗かっていた。
もちろん、缶カンは乗ってなかったけど、
形と雰囲気で多分そうだと思った。
ボクは初めて見るカンヅメに興味シンシンだった。
チョッとニオイを嗅いでみた。
んん?
知らないニオイだ!
ボクの好きな肉のニオイじゃないな?
でも、何でもチャレンジしてみなくっちゃわかんない。
ボクはパクッっと食べてみた。
でも、あんまりおいしくなくてガッカリだったよ。
だから、後は残しちゃった。
そばにいたおネエさんの話を聞いていたら、
それは猫用のカンヅメだと言っていた。
おいおい、ボクは犬だってばぁ。
「おうちのゴハンが食べたいなぁ」
そう思っていたら、
ボクよりもデカイ犬がやってきた。
ボクは、ケージから出されて、
1階の部屋に連れて行かれた。
ケガのひどい方の後足を付いちゃいけないからと、
足をおネエさんに持ち上げられて、
ヘンテコな格好で歩かなきゃいけなかった。
「もう、放してよ、一人でも歩けるよ」
ボクは後ろ足を持つ手を振り解きたかった。
でも、どんなにガンバッテも放してくれなかった。
ボクはずっとこのヘンテコ歩きをしなくちゃいけないのかな?
1階には、診察室がみっつもあるんだ。
どの部屋でも、具合の悪い動物たちが、
先生に診てもらっているみたいだった。
あちこちから犬や猫のいろんな声が聞こえてきた。
「痛いよぉ」とか、「やめて、触らないで!」とか・・・
それはもう、みんなそれぞれ大変なんだなとボクは心から同情した。
心の中は、みんな似たようなモンなんだなって思った。
夜になって、診察室に連れて行かれた。
あれあれ?
ボクは入院中のはずなのに、何で診察室なんだろ?
また何かされるんだったらイヤだな。
今度は先生が足を持って、やっぱりヘンテコな格好で歩いていった。
ああ、やっぱりこの歩き方しかさせてもらえないんだ。
半人前みたいで、ちょっとくやしいな。
そんなことを考えてたら、あっという間に診察室の前に着いた。
診察室のドアが開くと、
そこには、
なんと、
なんとっ!
ママがいた!
パパ、せいちゃんとたっくん、みいちゃん、
全員がそろって、ボクの方を見て笑っていた。
もぉ~、みんなシーンとして、ボクをびっくりさせようと思ってたの?
ボクは思いがけないプレゼントをもらったみたいにうれしくなって、
先生が首輪を引っ張るのもおかまいなしに
ズンズン前に進んだ。
せいちゃんのニオイをかいだ。
次は、みいちゃんを首に巻いたラッパで押し倒した。
その次は、ママ。
やっとママにたどりついた。
大好きなママの手の中に飛び込んだ。
ママはボクの顔を、めちゃくちゃに撫で回してくれた。
ママの顔は泣き笑いしているみたいだった。
ボクは顔をなでてもらうのが大好きだから、
「もっとなでてヨ」と、ママの手に顔を押し付けた。
ゴシゴシとこすり付けるように押し付けた。
みんながいつものように「ラル、ラル」って呼んでくれた。
うれしいな、うれしいな。
ママは後ろに置いたバッグの中から、
小さなタッパを取り出し、ふたを開けた。
その中には、ボクの大好き好き好きな、
レバーが入っていた。
いつものボクなら、
「待って」
「よし」って
言ってもらってからでないと食べない。
ちゃんとしつけられてるからね。
でもこのときは大興奮してしまって、
「待って」も聞かずにガツガツと、ママの手から食べてしまった。
ママも、「待って」なんてヤボなこと言わなかったよ。
多分、ネ。
レバーがなくなったら、別のタッパをあけて、
今度は、ゆでたキャベツを食べさせてくれた。
ん~~~、ママ最高っ!
ボクの好みを知ってるのは、やっぱりママしかいないよ。
ママもみんなも、昨日「ボクが死んじゃうかもしれない」って
心配してたはずだから、
今日のこの食べっぷりを見て、少しは安心したんじゃない?
ほら、ボクこんなに元気だよ。
つかの間のふれあいのあと、ママが、ボクに
「元気にならないと連れて帰ってあげないからね!」と言った。
ボクは何のことだかわからなかった。
だって、ボクはこんなに元気なんだよ!
そのあとすぐにボクは先生に促され、
別の部屋に連れて行かれた。
ボクはあとからママたちがついてくると思っていた。
でも、待っても待っても、誰も来てくれなかった。
みんなの声だけが遠くで聞こえていた。
早くボクをつれて帰ってよ。
ボク、みんなと一緒にいたいよ。
ボクは大きな声でみんなを呼んでみた。
アオ~~~ン、アオ~~~ンって。
でも、誰も来てくれなかった。
だからさらに大きな声で鳴いてみた。
いっぱいいっぱい鳴いてみた。
アオ~~~ン、アオ~~~ン、アオ~~~ン、アオ~~~ン
それでもみんなはボクを迎えに来てくれなかった。
とてもとても悲しかった。
なんでだろう?
なんでだろう?
ボクのこと、キライになったのかな?
ボクは元気じゃないのかな?
ボクは悲しくて、また鳴いた。
アオ~~~ン、アオ~~~ン。
帰りたいよぉ。
ママ、大好きだよ。
みんなと一緒にいたいよぉ。
ボクはいつまでも鳴いていた。
ボクはとても寂しかった。
捨て犬になった気分だった。
ボクはボクに与えられたケージにもどり、
寂しい夜を過ごさなければいけないんだと思うと、
泣けてきた。
しばらくすると、おネエさんが何かを手に持って、
ボクのケージの前に座った。
おネエさんが手に持っていたのは、丸めたタオルだった。
おネエさんは、ボクのケージの扉を開けて
その丸めたタオルをボクにくわえさせてくれた。
くんくん くんくん
ボクはタオルのニオイを嗅いでみた。
あれ?
これって?
タオルには、ママのニオイがたっぷり染み込んでいた。
これはきっとママが、ボクが一人ぼっちでも寂しくないように、
持ってきてくれたんだ。
目をつむると、ママのそばで寝ているみたいだった。
ボクは、ママのニオイのするタオルのお陰で、
ちょっぴり、安心することができた。
ボクは捨て犬とは違うんだって・・・
ボクはこの病院にいるときに不思議な体験をした。
最初は、病院についてからしばらくたった
明るい部屋に入ったくらいの時間。
ボクが眠たくなってきたころ、
どこからか、
「ラルフがんばれー、ラルフがんばれー」って声が聞こえてきたんだ。
「ケガは治るから大丈夫だよ」ってのも聞こえてきた。
それは近くからだったり、とても遠くからだったりした。
そして、その声は聞いたことのないいろんな声だった。
そしてだんだん増えていったんだ。
その声には、優しい気持ちと、
ボクのケガを治す強いパワーを感じた。
ボクは体の中に、そのパワーが流れ込んでくるのを感じた。
あれはなんだったんだろう?
それからは毎日、必ずどこからか、
「ラルフがんばれー」って声が聞こえてきた。
それは、朝のときも昼間のときも夜のときもあった。
声も、ひとつだったり、ふたつだったり。
遠かったり、近かったり、ドアの向こうから聞こえてきたときもあった。
あの日ママは、ボクを先生にたくしたあと、
自分のキズの手当てをしてもらうために救急車で病院に向かい、
それがすむと、またボクのいる病院に戻ってきてくれた。
ボクはママに会えなかったけどね。
パパからボクのケガの具合を聞いて、
ボクが死んじゃうんじゃないかって、
心配で泣き出しそうだったらしい。
手術はかなり時間もかかりそうだから、
いろいろな書類にサインしたり、説明を受けたあと
ママとパパは家に帰った。
家に帰ったママはじっとしていられなくて、
泣きながらネットのブログ仲間に、
「“ラルフがんばれ”ってメッセージを送ってほしい」って
お願いしたんだって。
ネット上ではなく、ボクに直接送ってって。
その後ボクは、毎日台の上に乗せられ、
あいも変わらず押さえつけられていた。
ケージから出してもらうのはうれしいけど、
台の上に乗せられるのは、何度体験しても慣れなかった。
いつも何をされるかわからなくて、
ビクビクしながら短いしっぽを巻いていた。
そう、お散歩のときに、怖くなったらいつもママに
「ラル怖いの?しっぽ巻いてるよ!」って言われていた、
アレとおんなじだ。
でも、病院での生活には、ほんのちょっぴり慣れてきて、
2日目には、「もう叱られてもいいや」とヤケになって
ケージの中でおしっこもしっちゃった。
叱られたのかって?
うううん、ゼンゼン!
それどころか、みんな喜んでたよ。
ボクのおしっこって、そんなにイイモノなのかな?
だからそのあとは、ウチにいるときみたいに、
おしっこもウンチもケージの中でしちゃったよ。
だけど、ひとつ問題があった。
ウチにいるときは、したあとにケージから出てくればおしまいだけど、
ここでは、外に出られないんだった。
ウンチのあるケージには、いつものボクはゼッタイに入らない。
ボクはキレイ好きなんだ。
おしっこならアミの下に落ちるからいいんだけど、
ウンチは、さすがに落ちてくれない。
ボクのウンチが大きすぎるんだろうか?
そんなことは、いま考えたってしょうがない。
いま大事なのは、このウンチをなくしてしまうこと。
ケージの外に出られないボクは、一生懸命考えた。
んんん、どうしよう?
食べちゃうか?
いや、それはちょっと、ヤだな。
たまに食べるときもあるけど、とりあえずここではしたくない。
じゃあ、どうする?
そうだ!
「ワンワン ワンワン」
ウンチが出たあと大きな声で鳴いたら、おネエさんが来てくれた。
おネエさんはボクの特大ウンチを見つけて、
「えらいねぇ、ちゃんと教えてくれたの?」と言って褒めてくれた。
ボクはウンチがなくなって、おまけに褒められて、いい気分だった。
そうだ、これからもウンチが出たら、おネエさんを呼~ぼおっと!