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小説~神のいない大地~予告
神のいない大地~FOR HUNDREDS~
―――――残酷な庭・予告―――――
丘の上から見下ろすと、御館は随分と小さかった。
掌に乗るのではないかと思えるほどのちんまりとした建物でしかない。
回りを囲んでいる森こそ偉大だと思えてくる。
巨木を幾つも切り倒して立てられた屋敷だ。
何回も立て直している。
元々は、もう少し東の山裾に建てられていた。
そこが古くなったので、今の場所にもう一度新しい御館を建てたのだ。
その前にも何度か場所を移している。
その度に古い御館は、思い出と共に炎の魔神によって焼き払われた。
緑溢れる庭があってそこに貴方がいて、広間へと静々と入って来たティナを見て居合わせた魔神達がほうっとため息をついた。
最も『長』の席に近い上座に座っていた炎の魔神の長老が、ぎょっと目をむく。
ユリアスの倍近くも生きている妙齢の男だから、美しい女を目にして落ち着かなくなったのだろう。
目に見えて、そわそわとしだす。
四百と言えば魔神にとって、もっとも精力的な年齢だ。
最高とも言える美しさと力を持つ女が側にいて、冷静でいられるはずがない。
時間は優しくなく、運命は過酷だった。
嘗(かつ)てこの地で魔神達を二つに分ける戦が起こった。
女神と見間違うばかりの美しさを持ち、深い慈愛を秘めた光の魔神ルシアが導いた島に残った者達。
そして冷徹な心を持ち、強大なる力を持った水の魔神マゼリナが率いた新天地へと飛び立った者達。
きっかけは本当に些細なことだったのだ。
島を離れ大陸へと向かった者達のうち、一人がふと里心を起こして戻ってきた。
その頃はまだ二つに別れた一族も、そう疎遠になっていた訳ではなかった。
むしろ片方は故郷を守る者達として団結し、旅立っていった者達の無事を祈っていた。
そして祈られる側もまた、懐かしい島に残り、もしもの場合に備えてくれている親類達に、深い信頼と懐かしさを寄せていたのだ。
その優しい気持ちが壊れたのは、ほんの些細な出来事がきっかけだった。
思いは空回りするばかりで、辛い気持ちばかりがつのった。
「半時ほど前、ティナ様のお部屋に面している庭の陰で護衛としていた魔神二人が倒れているのが見つかりました」
「……嫌な報告だ」
苦虫を噛み潰しながらユリアスは呟く。
彼は辺りに固まっている魔神達を見回すと、ほんの一瞬考えこみ困ったように笑った。
「で、今ここにいる者達と他には誰が動ける?」
「御館におりました男手は水の長老のティシュル様の命により、既に散らばせております。ここにおりますのは、残りを命じられた者と村から新たに集められた者です」
「……なるほど。で、どこに散らばせたか判るか?」
ユリアスの簡潔な問いかけに、男は暫し躊躇した後あまりはっきりとしない口調で否定の言葉を口にした。
曰く水の長老が手勢を分けた際、彼はそこにいなかったらしいのだ。
第一陣として外に追いやられ、しばらくした後御館に戻されたのだと言う。
貴方は私だけのもの、その事実だけで十分でした。
沢山の鳥に囲まれ羽に埋もれているのは、見間違いようもない魔神の長だった。
日頃あれだけ冷徹な表情を見せるあの青年が、さも嬉しそうに笑っていた。
顔を綻ばせて鳥達との戯れを楽しんでいる。
何か良いことでもあったのかと思わせるほどに彼は上機嫌だった。
惜しみない優しさを見せながら鳥達の成すがままになっている。
その姿はとても綺麗だった。
彼が男として壮麗だからというのではない。
小鳥が安堵した様に寄り添い、沢山の羽が祝福するかのように舞い散るその光景がなによりも美しく見えたのだ。
ティナが立ち尽くしているのも知らずに、ユリアスは笑い続けていた。
そんな彼の、明るく朗らかな表情を避けるように、ティナはぱっと顔を背けた。
自分でも意識しないうちに身を翻し、歩いてきた縁側を全速力で駆けた。
解ける心
その痛みよりも自分のこの情けなさが辛くて、また泣いてしまった。
よりにもよってユリアスの前でこんな姿をさらすなんて、と嫌になってぼろぼろと涙をこぼす。
地面にしゃがみ込みながら両手で顔を覆って泣いた。
追ってきたユリアスがすぐ目の前で足を止める。
彼に背を向けるとまた腕を掴まれた。
また無理矢理立たされる。
「離して!」
体を支えようとする彼の手を払い、一歩でも離れようと体を捻った。
そこで右足首がずきりと痛んだ。
転んだ時に捻りでもしたのか。
立っていられないほどに痛い。
それに、体を傾がせるとまたユリアスが支えてくれた。
腕いっぽんで軽々とティナの体を抑えながら、呆れきったようなため息をつく。
「何をして……」
「貴方こそ、何をしに来たのよ!」
貴方を裏切りはしないから
少しだけ庭への戸を開いた部屋の中で、ユリアスが横になっているのが見えた。
庭から木々の葉がこすれるさわさわとした音が伝わってくる。
風はほとんどない。
外に満ちている湿気が室内にまで入り込んでいて、ティナが手を置いている木の戸にしても、じっとりと膨らんでいるように思えるくらいだ。
侍女もこの夏を思わせるような暑さの中、締め切った部屋の中に長を置いていくのを嫌ったのだろうが、この湿気では戸を開けても開けていなくとも不快感は変わるまい。
ティナがそろそろと部屋の中に入りそっとユリアスの顔を覗き込むと、予想通りその寝顔は汗でじっとりと濡れていた。
もしこんな運命でなければ、もう少し幸せだったと思うんだ
あぁ、雨が降っていたのだなと思ったところでユリアスは不意にぞくりとした冷たさを背筋に感じた。
どうしてそのことに気付かなかったのかと思いながら、彼はまた狂ったように戸を叩いた。
頼むから開けてくれと叫び、そっと部屋の中の反応を探る。
戸を一枚隔てた向こうからは何の音も聞こえない。
しんとしている。
ただ雨がばたばたと降る音が響いてくるばかりだ。
人の気配一つしない。
そのことにユリアスは全身を総毛立たせた。
ティナはこの中にいない。
息づかい一つ聞こえない部屋の空気を感じ、ユリアスは愕然となった。
閉ざされた戸の前に立ち尽くしながら、狂ったように髪をかき乱す。
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