2-2 プレゼント



朝子は予想外に夫の帰りが早かったため、ドーナツを諦めて掃除を済ませると、旅行の荷物を片付けた。片づけが終わる頃、もう辺りはすっかり夕暮れだった。

夕飯の準備に取り掛かる前に何気なく携帯電話を見て、見覚えのない番号からの着信に朝子は首をひねったが、次の瞬間、あることに気付き固まった。

この局番は九州?! ・・・まさか・・・有芯?!

朝子は震える指で携帯をそっと胸に抱き締め、それからその着信履歴を消去した。何か心に引っかかる気はしたが、朝子はそれが何なのか考えたくもなかった。

ごめん・・・あなたとはもう、二度と会わない・・・。

久々に家族で囲む食卓は暖かく、朝子は嬉しかった。みんな何か言っては笑っていた。ただ、朝子だけは心の半分を置き忘れてきたようで、喜んでいても、笑っていても、何か心が寒いのだった。

食事が済むと、篤は伸びをして言った。

「ママ、先にお風呂入ってきたら? いちひとは俺が入れるから」

「う・・・ん。これ、食器片付けて入るね」

朝子は笑顔で言ったが、夫が妙に優しくしてくることが気になった。



「信じられない・・・!」

風呂から出た朝子は、パジャマを着ると濡れた髪のまま大急ぎで寝室に行き、震える手で自分のバッグを探った。

バンソウコウ・・・たしか、ここにあったはずなのに・・・。

朝子は、一人で風呂に入って本当によかったと思った。有芯の付けたキスマークは首だけでなく、胸元、背中、腿の付け根にまであったのだ。

何でこんなにいっぱい・・・?! まさか、わざと・・・?!

朝子は自分の身体中、余すところなくキスをし、切ない表情で自分を求めてくる有芯を思い出した。とたんに胸が燃えるように熱くなり、火照った頬と胸を、冷たい涙が濡らす。朝子は顔を覆い、首を激しく左右に振った。

そんなこと今はどうだっていい・・・!! それよりどうしよう・・・他はいいとしても、首はパジャマじゃ隠れない・・・!

しかし、必死で探るうち、朝子はバッグの中に見慣れない包みを見つけ、手を止めた。

「え・・・? 何、これ・・・?」

それは両手のひらに乗るほどの小さな包みだった。バッグの奥の奥に隠されていて、今までちっとも気付かなかった。

まさかこれを入れたのは・・・

「有・・・芯?」

朝子はおそるおそる包みを開いた。中身は小さくたたまれた、白い綺麗なアシンメトリーのスカートだった。

“男が女に服を贈るのは、その服をいつか脱がすという意思の現れ”―――そんな戯言を思い出し、朝子は空しくなる。

「バカ・・・」自然と、涙が溢れた。

朝子は、来ていたパジャマのズボンを脱ぐと、そのスカートを穿いてみた。

「・・・何これ。ウエスト、ぶかぶか・・・しかもこのスリット・・・いい年してこれはないでしょう・・・?! しかも高そうだし・・・ははは・・・」

朝子は笑い泣きながら、鏡に映るパジャマにスカートの、滑稽な女を見た。

こんなバカみたいな私を、愛してくれて・・・有芯・・・

「・・・ありがとう・・・」



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