2-33 闇の中から



朝子は震えながら、涙を隠すように、有芯の胸に顔をうずめた。涙が、暖かく彼の胸を濡らす。

「そうよ・・・嘘ついてた」

そう言う朝子を、有芯は何も言わずにそっと両腕で包んだ。

「あなたを愛してる。先輩としてでなく・・・一人の女として」

有芯は朝子の髪を、愛しげに撫でている。「だからこそ・・・嘘ついてまで離れていこうとしたんだろ。俺に迷惑かけると思ったから」

「でもそれは、あなたのためだけじゃない・・・」

「息子のためなんだろ」

朝子は頷いた。

「俺と、息子と、3人で暮らせばいい」

「そんなこと簡単に・・・!」

「簡単に言ってるように聞こえるかな? これでもいろいろ考えたんだぜ」

朝子は有芯を見上げた。暗闇に慣れた目には、彼の真剣な顔が映っている。それでも、彼女は訝しげに言った。

「無職のくせに?」

「・・・さっきから何だよ、無職無職って・・・さてはまた智紀のヤロー」

有芯が舌打ちすると、朝子はその様子を見て笑った。

「・・・やっと本当に笑った」

有芯はそう言い微笑むと、朝子の頬に触れた。

「・・・キスしていい?」

朝子が返事をできないでいると、有芯はそっと彼女の唇にキスをした。

「朝子が旦那と離婚して、6ヶ月以降なら俺達は結婚できる」

突然出てきた法律的な話に、朝子はぽかんとした。「・・・え?」

「調べてたんだ、職安の合間に。・・・忘れようとしてるのにさ、自分でもおかしいと思ったけど・・・なんか無意識に」

有芯は照れ笑いをして、それから真面目な表情になると朝子を見つめた。

「何とか法廷に持ち込まずに協議離婚するんだ。その際、息子の親権をなんとしてでも獲得すればいい」

「でも・・・そんなにうまくいくかな? 篤は・・・夫はいちひとを手放したりしないと思う。それにあの子は夫が大好きなのよ」

「お前よりか?」

「・・・そういう問題じゃないわ」

「ケンカ別れにしなければ、実の父親にだっていつでも会いにいけるさ」

「そんな簡単に言うけど・・・!」

「理想ってのは、叶えるためにあるんだぜ? 無理だと思うのか? でも、努力はしてみるもんだよ」

有芯は朝子の頭に手のひらで軽くポンポンと触れた。朝子は不安げな面持ちで彼を見上げ聞いた。

「もし努力してうまくいかなかったら・・・?」

「大丈夫。俺がついてる」

有芯は朝子を抱き締め、諭すように背中をさすった。「もう一人で悩むな。これからは、俺がずっと側にいる。・・・ずっと愛してる。お前に、いつまでもいつまでも一緒にいてほしい・・・」

有芯は朝子の両手を握ると、静かに言った。

「もう二度と言わないから聞いてくれ。・・・・・朝子、俺と結婚してほしい」

朝子は涙で光った顔で頷くと、微笑みながら有芯にキスをした。

「もう・・・放さないで」

有芯は頷き、朝子を強く抱き締めた。

この暗闇から二人で抜け出すために、戦うことを決意しながら。




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