2-56 同じ絶望



「・・・・・・・・え?」

朝子は突然殴られたようなショックを受け、思考停止に追い込まれていた。

何? どういうこと? 冗談・・・よね? それより何でそんなことを私に・・・?! 

そんな疑問がぐるぐると頭の中を回り、混乱している朝子の顔を見ると、有芯の母は苦笑した。

信じられないけど、冗談ではないようね・・・。そう割り切った朝子は、気を取り直し口を開いた。

「それを・・・有芯君は」

「もちろん知っているよ。・・・私たちがあの子を引き取ったのは、有芯が5歳の時だったから」

「・・・5歳」

今のいちひとと・・・同じ歳。

有芯の母は、ゆっくりと話し出した。その横顔がすっかり疲れて見え、朝子はどきりとした。

「あの子の両親がどんな方だったのか、私たちはよく知らないわ。・・・二人一緒に事故で亡くなったということ、駆け落ち同然でご結婚されたこと・・・そのおかげで両親の死後、あの子の親族の所在は一切分からなかった。だから、あの子は孤児院にいたのよ。・・・3ヶ月間だけだけど」

「3・・・ヶ月?」

「あの子が孤児院に入った3ヶ月後、私たちが引き取ったから。長野の、山に囲まれた・・・環境の良い、いい孤児院だったわ。ウシの世話をみんなでして、確か豆も作っていたはずよ」

「・・・なぜ、血縁のない有芯君を引き取ろうとお思いになったんですか? ・・・すみません」

「あら、いいのよ、聞いても」有芯の母は優しく笑ったが、その笑顔には昔のような明朗さがないように感じられた。

「私たち・・・一度は子供に恵まれたんだけどね。流産したの。原因不明。それで、それ以来子供はできなかった」

「・・・・・」

朝子は何を言うこともできず、彼女の話の続きを待った。

「あの子は私たち夫婦の絶望を・・・何というか、同じ物を知っている。そう思ったら、放っておけなくなったの。何としてでも引き取ろうと思った」

そこまで言うと、彼女は思い出したように緑茶をすすり、朝子にも「冷めないうちにどうぞ」と勧めた。

朝子がゆっくりと湯飲みに手を伸ばすと、やつれた母親は湯飲みを置いた。

「あの子にはね、本当の血縁関係のある人間が一人もいないの。だから、できれば早くいい人をみつけて、本当に自分と血の繋がった家族を設けてほしいと私は思っているの。・・・私たちはもちろんあの子を本当の自分達の子供だと思ってる。でもあの子には、自分の子供をもってほしいの。・・・川島さんは、誰かいい人を知らない?」

朝子は、泣き叫びたくなるのを必死にこらえた。この身体の中に、有芯のたった一人の血縁者が育っていることなど、口が裂けても言えなかった。それでも、どんなに我慢していても、朝子の目からは後から後からとめどなく涙が溢れ、止まらなかった。

「・・・・・川島さん?」

「・・・・・ごめんなさい。私・・・少しショックで・・・・・・帰ります」

「大丈夫? お顔が真っ青よ!? ・・・ごめんなさいね、私が変な話をしたから」

「大丈夫です、気になさらないでください」

朝子は無理に笑うと、急いで立ち上がり、外へ出た。

呆然としてとぼとぼと歩いていく朝子は、注意力がすっかりなくなっていた。おかげで、両腕の自由を奪われるまで、待ち伏せしていた人物がいることに気付きもしなかった。




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