2-67 最後の笑顔



朝子は実家の戸を開けると、大きく一つ深呼吸をしてから挨拶した。

「こんにちは。・・・いちひと~!」

朝子の母親が出てきて「いっちゃん! ママが来たよ!」と言ったが、いちひとは家の奥で遊んでいて出てこない。

朝子は苦笑した。前は、走ってきてくれたのに・・・。

「いっちゃん! いっちゃん~ママが来たのよ?!」

何度もいちひとを呼ぶ母を遮り、朝子は言った。「いいわ。それよりごめんね。突然泊めてあげてなんて言って。お父さん、怒ってなかった?」

「・・・まぁ、ちょっとはね」そう言い、にっこり笑う母を見て朝子は思った。どうやら、けっこう怒っていたみたいね・・・。

「それよりどうしたの? 最近、疲れた顔しか見ていない気がするけど」

朝子は少し顔をゆがめながら、玄関先に腰を下ろした。「・・・ばれるね、やっぱりお母さんとキミカには」

母親はエプロンの裾を押さえ隣に座ると優しく言った。「何かあった?」

朝子は微笑んで言った。「・・・ちょっとだけ、ね。とにかく、これからもいちひとを頼むわ」

「何よ、あらたまっちゃって」

「へへ。たまに言っておかないと。で、早速なんだけど明日、いちひとを泊めてあげてくれないかな」

「あら。また?」

朝子は俯いた。「・・・・・うん」

「篤さん、明後日出張から帰ってくるんでしょう?」

「うん・・・多分ね」

「多分ねって・・・朝子」

「あの人、絶対仕事で手を抜かないの。問題があれば、残して帰ってなんか、絶対来ないわ」

そう言って彼女は笑ったが、視線は下を向いていた。それを見て母親は複雑に笑った。

「そう・・・」

朝子は淡々と言った。「まぁそれも彼のいいところだと思うけど」

「そうね」

「パパが帰ってくるまでに、お掃除もしたいし!」

「あらあら。無理しちゃだめよ」

「もう、そればっかりなんだから」

朝子は顔中で笑った。その笑顔の奥で孤独に押しつぶされそうになっていることなど、誰も想像しなかったほどに彼女はその日、嬉しそうに笑ったのだった。



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