3-5 遠い太陽



アサは………一人でどこかへ行ったんだ……………。

それを確信したキミカは真っ青になり、振り返った。彼女の視線の先には、つい数日前に朝子と話しをしたリビングがある。そしてその日朝子が座っていた位置に、今はただ呆然とするしかできない篤の姿をガラス越しに確認し、彼女の胸は痛んだ。

“私………何があってももう有芯とは会わないわ”

あれは………雨宮に迷惑をかけないために言った言葉だったの?!

キミカが篤の沈んだ背中を見ながら硬直していると、電話の向こうで有芯が言った。

「どうなんだよ先輩!? 先輩は、朝子先輩はどうしていなくなったんだよ?!」

キミカは浦原家に背を向け叫んだ。「あんたのせいに決まってるでしょう!! あのブレス、あんたがアサに贈ったのよね?! あんなに大事そうに持ってるなんて、あんたのこと好きだからに決まってるわよ!!」

「……………え?」

有芯は訳が分からず考えた。なぜだ? 朝子は俺との結婚を自分から拒否した。エミの取り巻きに襲われた日、確かに朝子は俺を受け入れてくれたが……そのときはあのブレスをつけていなかった。

有芯は混乱しながらも何とか自身の結論を導き出すと、口を開いた。「でも朝子は結局、俺を選んではくれなかった。あいつは結局俺のことより……」

「泣いてたのよ、あの子。……私の前で」静かにそう言うとキミカは時間を掛けて深いため息をついた。「わかる?! あの喫煙騒動の時も泣かなかったアサがよ?!」

「……古い話だな」有芯は沈んだ声で言うと、少しでも落ち着こうとベッドに腰掛け煙草を取り出したが、箱とライターが手から滑り落ち床に転がった。

「とにかく」キミカはそう言い、今度は短いため息をついた。その様子から、有芯はキミカも精神的に相当参っているのだろうと悟った。「篤………アサの夫はね、あんたの存在に気付いてる。だから私に聞いてきたのよ、『朝子が付き合っている相手を知らないか』って」

有芯はライターを拾おうと伸ばした手を止めた。「キミカ先輩……それで俺のことそいつに言ったのか?」

「冗談」キミカはイライラした口調で言った。「言えるわけないでしょ?! 私が後輩を売るような真似すると思う?! 心当たりに聞いてみるから待っててって言って、今アサの家の前よ! 篤君は部屋で私の返事を待ってるわ」

携帯を手に黙りこくった有芯に対し、キミカはまた深いため息をつくと、半分泣き声になりながら言った。

「………あんた、どうするの? 部外者ぶって、後輩ぶって、このまま黙って見ている気なの?!」

「そんなわけねぇだろうが!!」

大声で怒鳴った有芯の剣幕に、今度はキミカが面食らった。

有芯は別れ際に見た朝子の悲しそうな顔を思い出していた。……真実を知りたい。なぜ朝子は俺と別れたのか。なぜ……何もかも捨てて一人でいなくなったのか。

彼は後ろ頭を右手でくしゃくしゃにすると、窓の外にある太陽を見据え立ち上がった。

「今そっちに行く」




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