once 9 二人の過去(3)



もう二人を追いかけてくる影は見えなかった。有芯は、部室に通じる裏口のほうまで走っていく。朝子はやっとのことで追いついた。

「有芯?! どうするの?」

有芯は、誰にも見られていないことを確認すると、「ここ」一箇所、窓の鍵が壊れているのを指し示した。

「ここぉ!? 大丈夫かなぁ………」

「先輩にはつらいかな。気をつけて」

有芯は簡単に窓から入ると、手を差し伸べた。外から見ると、窓の内側には棚がある。彼は棚の上に立っていた。

朝子は、恐る恐る有芯の手を握り、窓によじ登った。

「よ。………とっと」

「っと。………先輩、危な、うわっ、」

二人は、どすんと棚から転げ落ちた。

「いたぁ………い」朝子が体を起こして見ると、有芯は完全に朝子の下敷きになっていた。

「わっ、ごめん! 大丈夫?」

有芯は目を閉じたまま答えない。

「有芯!? ゆ………うしん?」

顔を何度か軽く叩くと、有芯は目を開けた。

「あ~よかった」と、朝子が言い終わらないうちに、有芯は両腕で朝子を抱きしめた。

朝子はもう一度、有芯の上に覆い被さった。

「よかった………先輩無事で……」

しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと朝子の腕が、冷たい廊下を伝い有芯の背中に回された。二人は抱きしめ合い、やがて見詰め合った。

有芯は、震える朝子の唇を引き寄せ、はじめのキスをした。


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