once 25 秘められた過去(5)



高2の2学期の始まり・・・それは、一月後に行われる福祉施設での発表演目が決まる時期であり、それと同時に初めて進路指導時間が設けられることを意味した。

「雨宮、ちょっと・・・」

ある時、俺のクラスにキミカ先輩が顔を出した。ちょっと出てこいと手で合図している。俺は人気のない場所まで連れて行かれた。

「先輩、何?」

「雨宮君・・・ちょっと聞いたんだけど、東高の男子とケンカしたんだって? ・・・アサが原因で」

「・・・・・だったらどうなんだよ!?」

「怒らないでよ、ねえ雨宮、このままアサと別れてていいの?」

「別に。朝子先輩は、俺と一緒にいてもちっとも面白くなさそうだし、つか俺もう終わったことをグチグチ言われるのキライなんで。やめてもらえません?!」

「それは、雨宮が辛そうなのを見てるからでしょう?! アサは、あなたが裏でいろんなヤツらをさばいていたのを知らないのよ?! 自分はあなたに嫌われてると思ってる・・・私もう言っちゃおうか?!」

「やめろ!!」

思い切り叫んだことに気付き、俺は慌てた。大人しいキミカ先輩が泣きながら俺を睨んでいる。

「私・・・っく、いくら口止めされてても、私だって黙って見てるの、辛いんだから・・・。っく、アサは部長なだけじゃなくて、友達だもん・・・」

キミカ先輩は走っていって、振り返ると言った。

「雨宮のバカ! アサにはもっともっといい男紹介するから!」


その年、発表会の演目は『once』だった。戦争に翻弄される貴族のお嬢様と中年の執事の叶わぬ恋の物語。

智紀と台本をチェックしていて、ふと俺は言った。

「なぁ、アマンダは誰がやると思う?」

「朝子先輩がやると思う」智紀は当然だとばかりに答えた。

「何で?」

「間違いないと思うよ? だって、前の発表会で演出だったから、次は役者をやりたいって、本人が言ってたぞ。」

「でも、アマンダかどうか・・・」

「アマンダ以外、女はチョイ役しかないだろ」

俺はページを最初のキャスト紹介まで戻した。「・・・確かに。」

「あーっ、もう話し掛けるなよ! 先輩、簡単なオーディションするから、脚本全部覚えてこいって言ったんだぜ!?」

「ウソだろ、全部?! あの人たち、テストとかあるの分かってんのか?!」

俺は台本をもう一度読み直した。

キスシーン・・・。

朝子先輩がアマンダだとしたら・・・執事役のヤツとキスするってことか・・・。演技とはいえ、少しは触れるんだろうな・・・。

俺は、智紀やカケルや奥やヒロが、朝子とキスをすることを考えてみた。前は俺を見つめていたあの澄んだ瞳が、他の男を見つめる・・・。俺はそれを、演技だと思って割り切れるか・・・?

「・・・イヤだ」

突然出た俺の言葉に、智紀はポカンと口を開けた。「は? 何だ?」

俺は両手で髪をかきあげると、後頭部でぐしゃぐしゃにした。「この状況が、だよ! とにかく、今日の小テストは捨てた。俺は、台詞を覚える!」

「熱心だなぁ~。俺、やっぱり全部は無理・・・」


キャスト決めのオーディションの日、俺は心を決めていた。

今日、執事の役を勝ち取り、もう一度、朝子に好きだと言おうと。

朝子は俺のせいで、部活中もずっと傷ついた顔をして、見えない壁を作るようにひたすら煙草をふかしていたから、相手役になってもう一度距離を近づけてから、きちんと仲直りをしたかった。

しかし、俺が脚本と格闘していると、進路指導担当の教師である石田が、俺の名前を呼んだ。


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