第九話 「白鯨の降りる丘」





レッドポンドを離れたイエムは大きな大きな谷を三度越えてマーリンストックという小さな漁村に足を止めていた。

見れば少年たちが野球をしている。

イエムは何気なく見ているとある事に気づいた。

真ん中でピッチャーをしている子供がグローブをしていないのである。

その時痛烈なピッチャー返しが飛んだ。

子供は投げた手で器用にボールを弾き落とし、それを拾って一塁へ送球。

見事審判の手がOUTを示した。

どうやら野球が終わったらしい。

イエムはピッチャーをしていた子供にかけよった。

「グローブをしてないね!」

子供はイエムの質問にふしめがちになった。

「お父さんが約束したんだ。」

「約束って?」

「お父さんは言ったんだ。立派な立派なクジラを取ってその皮で僕にグローブを作ってくれるって」

「それまで君はグローブなしで野球をするの?」

「うんだって約束だもん。お父さんは必ず立派なグローブを作ってくれるっ

て言ったから」

イエムはなんだか体が熱くなった。

次の日も次の日も子供は素手で野球をしていた。

「君のお父さん帰ってこないの?」

子供はまたふしめがちである。

「うん」

「お父さんは必ずグローブを持って帰ってくるよ」

「おにいちゃんにはわかるんだね。」

「僕もわかるんだ。お父さんは今頃まだ漁の最中だよ」

「そうだね」

「うんそうさ」

「お父さんの様子を見に今夜丘に登らないかこっそりと?」

イエムと少年は夜を待った。

ボッポッと街明かりがともり出す。

「今夜はミルクの祭りだよぉ~」

誰かが言った。

少年とイエムはストックの港から丘に登った。

イカ釣り船が今夜は出ていない。

イエムと少年は息をはぁはぁはぁ

「くーきついな~」

イエムは声を上げた。

丘に登りついた頃には夜も耽っていた。

「ここならお父さんの漁が見れるね」

「まるきり暗くてなにも見えないよ」

「よく目を開けて遠く遠くの海を見ようよ」

少年は遠く遠くの海を見ようとした。

見ているうちにだんだん海と空の境を通り越していた。

「ほんとだお父さん漁してるいるよ」

そこには大きく天の川が広がり、天の川の中心で大きく大きく光る星が瞬いていた。

一回消えそうになってはまた光、光っては消える星。

「おとさんデッカイくじら取れるかな~」

「きっと取れるさ。おとさんはクジラに何度も何度も挑戦してるよ。きっと捕って帰ってくるさ」

「立派なグローブ。大きなグローブ」

「さぁ街に帰ろう」

「うん」

次の日の次の日の次の日、少年は白いグローブを見に付けて颯爽と守備についていた。



              -つづくー


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