ペトラプト・パルテプト

まきまき /エピローグ

まきますか? まきませんか? / エピローグ






カチャ。





鞄がひとりでに開いた。というより中から開けられた。





そっと翠星石は顔をだして、辺りを窺う。真夜中だから真っ暗だ。惇も寝静まっている。





翠星石は静かに惇のベッドに近寄り、その寝顔を見つめる。いろいろあった1日であったが、その顔はなにより安らかだ。











窓から差し込む街の明かりと月の光。微妙にまじって不思議な色合い。







翠星石は窓越しに細い雲がかかった月を眺め、こうつぶやいた。





「これでよかったですよね、蒼星石…。あなたとの約束は守れたですよ…。」





マスターになった人間の顔を再び見つめる。そのやさしいオッドアイの瞳で。













「私も一人でマスターを見つけることができましたですぅ。

 ジュンって名前がちょっと気にいらねーですけど、そこは勘弁してやるですぅ。

 でもあのちび人間みたいにいい奴かもしれないですぅ。

 いいえ、きっとちび人間よりいい奴ですぅ。」







( 私が一人で初めて選んだ、私だけのマスター…。 )









翠星石は幸福そうに微笑んだ。彼女は自分でも気づいていなかったかもしれない。





マスターの存在がそうさせていることに…。人の心の温かさに…。











思えば、いつも彼女は双子の蒼星石と一緒だった。



恥ずかしがりやで人見知りで、人間とまともに向き合うことなどなかったのだ。





あの出来事の前までは…。













二人が交わした二人だけの秘密の約束。



必ず守ると誓い合った約束。



長い時を経て、今ようやくかなった約束。











やがて月にかかっていた雲も流れ、窓から漏れる月明かりが二人を照らしだす。

まるで蒼い光が二人を祝福しているようだ。









「スイドリーム。こっちに来るですぅ。」







右手を上げて、彼女の人工精霊を呼んだ。





光の点が鞄の中からスーッと飛び出して翠星石に近づく。







「これから、お前と一緒にマスターの夢を覗いてやるですぅ。夢の扉を開くですぅ。」





惇の頭上にモヤモヤと扉が開く。











翠星石はそこに飛び込もうとした時、再び窓の外の月が目に入った。





( わかってるですよ蒼星石。もうあなたとは会えないですぅ。

今度会うときは…、今度会うときはお互いのマスターもたぶん一緒…。

それがどんなことでも、どういう意味でもかまわないですぅ。

なぜならそれが私たちローゼンメイデンの宿命…。 )











翠星石はふと悲しくなったのか、肩を落としてうつむいて目を閉じた。









再び目を開けると目の前に惇の寝顔があった。





迷いや不安を感じさせない安らかな寝顔。









翠星石は布団からはみ出した惇の左手をとり、そっと頬に押し当てる。





( あたたかい… )





その大きくて暖かい手からはぬくもり以上のものが頬へと伝わってくる気がした。





やさしさに包まれるとはこんな感じなのだろうかと初めて思った。





心の中に力が満たされていく…。

















もう一度、月を見上げて、翠星石はこう言った。





「でも今はまだ、アリスゲームが始まっていないですぅ! それまではこの惇と一緒に暮らすですぅ。
 そう始まりはまだ…。」









最後の方はかなり小さく囁いたため声に出なかった。













翠星石は惇がよく眠っているのを確認してから、すうーっと夢の扉へと消えていった。

















幸福に満ちた笑顔と共に…。









END 







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