ラッコの映画生活

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2007.03.20
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カテゴリ: フランス映画
UN FIL A LA PATTE
Michel Deville
(80min)

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寸評:難しいこと言わずにただ楽しめば良いのでは。もともとがヴォードヴィル。原作を読んでみましたが、なかなか上手く脚色してあると思いました。べアールはやはりある種の華やかさ持っていて、ややお品のないシーンも彼女だとカラッとしていいるので可という感じ。

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原作は1894年にパリのパレ・ロワイヤル劇場で初演されたジョルジュ・フェイドーって劇作家のヴォードヴィル。軽喜劇とでも言ったら良いでしょうか。フランス国立図書館の管理するGallica(http://gallica.bnf.fr/)というサイトで全文無料で読むことができたのでざっと読んでみました。登場人物の数を減らして単純化している以外はほぼ忠実な映画化で、違いはイリグアとかいうメキシコか何処かの将軍が映画ではフランス語を話すこと。原作では訛り混じりの良く分からないフランス語で、やや野蛮人として描かれていて、そこが一つの笑いでもあるのですが、この点は省かれています。これを残すと人種差別的な側面を持ってしまうのかも知れません。言葉がうまく通じない部分は、映画では脚韻にこだわった会話とすることで上手く残しています。あとは女性の描き方がやはりやや現代化されていると言った感じで、原作よりも自立した女性像になっている気がしました。それとフィルマンという使用人に個性を持たせて描くことで階級問題的批判も緩和しているといった感じです。原作の妹マルスリーヌの役は映画ではアメリーなんでしょうけれど、彼女がリュセットの侍女と間違われて憤慨するシーンも映画にはなかったと思います。あとは品がないと批判する方もいるべアールとベルリングのセックスシーンですが、原作では芝居でもあり時代も違いもっと控え目ですが、映画であることと現代の時代性を考えればあんなもので良いのではないでしょうか。もとの芝居の雰囲気を大きく逸脱はしていないと思います。

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映画作法として面白かったのは2ヶ所くらいあったでしょうか。一つはこの時代にあるはずもない携帯電話が出てきたこと。ポケットの中で鳴って、取り出して話すけれど間違いか何かということで終わってしまうシーン。「これ、古道具屋で買ったんだ。」なんてとぼけたセリフが出てきます。この原作芝居でもそうですが、喜劇では役者が観客に語りかけるセリフがあったりするわけです。「これじゃまるで芝居みたいだ」なんてセリフを舞台の役者が観客に語りかけたりしますが、そういう遊びの変形なんでしょうね。もう一つはもっと映画的遊びですが、フィルマンが画面に大きく写って手前、つまりカメラの方に去っていくシーンで、写している映画カメラの邪魔をしてすみません、とでもいうように身を避けるように「失礼します!」っていうシーンがありました。芝居は目の前の舞台上で演じられていて一種の抽象性が強いのに対して、映画はもっと現実的、そう列車が観客の方に走ってくる映画でかつて逃げ出した観客がいたように現実的で、ともすると我々は映画の世界に入っていって、主人公に同化したりする。それをこんな2つの遊びで観客に絵空事である映画ないし芝居を見ていることを喚起しているのだと思います。そういう意味でこの映画の作りは映画的であるよりも、あくまで芝居テイストの映画なんですね。

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(以下ネタバレ)
物語はいたって単純。いわゆるどたばた軽喜劇ですね。第一幕はリュセットのアパルトマン。カフェ・コンセールの歌姫リュセット(エマニュエル・べアール)はプレイボーイのエドワールに夢中で、2週間消息が分からないものだから毎日涙に暮れている。エドワールは無一文で、デュヴェルジェ男爵夫人の娘ヴィヴィアーヌと結婚することにした。当時は花嫁には持参金がついているわけです。でリュセットに別れを告げようと彼女の家を訪れるけれど、彼女に誘惑されるとエドワールも逆らえなくって、でなかなか言い出せない。そこにメキシコかどこかのイリグア将軍というのがカルティエの宝石かなんか贈ってリュセットに言い寄る。またデュヴェルジェ男爵夫人は結婚契約が行われる今夜の夜会の余興にリュセットに歌って欲しいと依頼する。

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第2幕はデュヴェルジェ男爵夫人のお屋敷。エドワールはピンチ。まだリュセットには何も告げていないのに、他ならぬリュセットが結婚契約披露の夜会で歌うのだから。あれこれ画策してどたばたを演じるけれども結局リュセットのペースに引き込まれて2人抱き合っているのを見つかって婚約は破棄となってしまう。

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第三幕はエドワールの住むアパルトマン。持参金付きのヴィヴィアンヌとの結婚をリュセットに壊されてしまって意気消沈するエドワール。料金未払いで水道を止められていたりして、廊下の共同水道からホースを引いてシャワー浴びてたりする。リュセットが訪れて、ここでまた彼女のペースでひととき抱き合うのだけれど、終わると彼女の方から「さようなら」って去られてしまう。鍵を部屋に残したままドアが閉まっちゃって裸で廊下に取り残されて道化役のブーザンと洋服の取り合いなんてどたばたがあって、ブーザンは警察に連行されていく。堅物ではなくプレイボーイでみんなも羨む男こそ夫として欲しいっていうヴィヴィアーヌで、母男爵夫人もそんな彼にまんざらでももともとないから結婚は再度成立する運びで、今までは食べることばかりで恋だ愛だのは無縁だった妹はイリグアの補佐官(?)アントニオと清々しい恋が成り、執事フィルマンも花屋の娘と愛を確認し、ばかばかしくも気持ちのいいラスト。

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第二幕冒頭男爵夫人家の庭の温室の中のシーンがボクはいちばん好きです。今夜結婚が決まるという若いヴィヴィアーヌがいて、その後のセリフにあるように初聖体拝領の衣装のような身体を隠した白いドレスの彼女を、袖を外し、胸元を広げてピンで留め、女の性的魅力を露出するデコルテな衣装にリュセットが仕立てていく場面です。言葉のほとんど交わされないこの場面、女として先輩たるリュセットがヴィヴィアーヌを導き、彼女を少女から大人の女性に変えていくのが妙にエロティックでもあり、感動的でもあります。べアールもサラ・フォレスティエもいい演技しています。ある種の男性的女性観だとフェミニストには批判されそうではありますが、だからこそかも知れませんが雰囲気のあるシーンでした。原作の芝居では映画には登場しないイギリス人の家庭教師がヴィヴィアーヌに服を着せてピンでコサージュとか留めるシーンはありますが、映画のような意味合いのシーンがないことも考えると、ここには監督の趣味が入っていると言えるかも知れません。

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最後にアントニオと恋に落ちる色恋に無縁だった妹アメリーを演じたジュリー・ドパルデューも素敵だし、単純に純粋風の恋をフィルマンと演じた花屋の娘もいいし。良くも悪くも恋愛を賛美した映画のような気がします。あとは『ファウスト』などシャルル・グノーの曲が何と言うかオペラ的祝祭性と華やかさとでも言ったものをかもし出して良かったです。レンタルDVDで見たのですが、ちょっと欲しくなりました。

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Last updated  2007.04.01 22:50:07
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