ラッコの映画生活

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2007.07.15
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カテゴリ: フランス映画
MARTHA... MARTHA

97min

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寸評:親に愛されずに育った女性の人生を描いていて、とても暗い、救いのないような映画。ただ善い人も何人か出てくるし、最後が美しい夜明けの自然であり、前向きに捉えたい。重いけれど、どこか好きな映画。

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サンドリーヌ・ヴェッセという女性監督、10年ほど前に『クリスマスに雪はふるの?』でデビューし、フランス映画界の若手監督として注目されたのですが、どこか自分のタイプではない気がしてこれまで近付いていませんでした。今回『マルタ…、マルタ』を初めて見ましたが、『ヴィクトール 小さな恋人』に続く3本目です。この映画は2001年にカンヌで監督週間のオープニング作品として上映され、国際批評家連盟賞を受賞しています。

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映画は主人公の女性が久しぶり(恐らく7年ぶり以上)に田舎の両親の家を訪ねるところから始まる。彼女の年令は特定されないが、その後の物語から推察するに30過ぎだろう。久しぶりの訪問なのだが、実の娘を見て母親は喜ぶどころか当惑し、引きつっている。迷惑そうだ。それでも母親はとりあえず娘を家に招き入れ、娘は父親もいる前で6才の子供がいる等と近況を語る。母親は彼女をマリーと呼ぶが、娘は「私はマルタ・・・、マルタよ」と強く叫ぶ。父親は「姉娘のマリーはスペインに住んでるって、この間絵葉書が来ただろ」と言ってその絵葉書を取ってくるが、やはり決して娘を「マルタ」と呼びはしない。両親に否定されたマルタは泣きながら家を後にする。

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この時点で何があったのかは分からないが、マルタが親に疎まれ、愛情を知らずに育ったことだけは確かだ。そのために精神的成長が上手く出来ていない。彼女は市場に出店する露天の古着商を営む年下のレイモンと、小学校に行き始めた聡明な娘リーズと町に暮らしていた。仕事の手伝いもせず、家事もほとんどしないマルタ、夜リーズが寝付くと一人遊びに行ってしまうようなマルタだったが、夫レイモンは彼女を愛し、深い心の傷を持つ彼女を支えていた。また娘リーズもそんなマルタを母親として愛していた。この2人の愛に包まれた日々が続けば、段々にマルタもそんな愛を受け入れ、心の中ではきっと愛してはいる夫や娘に自分の愛情を表現できるようになったかも知れなかった。しかし・・・。

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夫が市場で出店中にはカフェでビール飲んでいる。夜は夜で一人遊びに行ってカフェに置かれたレーシングゲームに閉店まで興じ、その後はバーに行って行きずりの男と遊んだり。もし冒頭の両親とのシーンがなければ、なんてひどい女、妻、母だと感じるかも知れません。でも冒頭シーンがあるからかどうかは分かりませんが、夫のレイモンと同じように、映画を見ている自分も何か彼女を憎めない。彼女は彼女なりに苦しんで、行き場のない感情を持て余しているのが痛いほど良くわかる。それに彼女自身そういう自分に気付いていて、でもどうにも出来ないのが不憫に感じられます。

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ある日市場での場所を割り振ってもらうことが出来ないんですが、じゃあスペインに姉がいるから遊びに行こうということになって、両親の家を訪ねたときに持ってきた姉の絵葉書の住所にそのまま車を走らせる。でも訪ねてきた妹マルタを見て、姉マリーも母親のときと同じで当惑気味。嬉しそうな顔はしない。妹がいることを夫にも話してない。まったくの存在の否定です。両親に愛される術を知っていた姉が幸せそうに暮らしているのを見て、段々増々マルタの精神は異常をきたすようになってくる。そしてなんとなく観客に知らされるのは、子供の頃の弟の死にマルタが関係しているらしいということ。ただこれはボクの誤解かも知れません。1度しか見ていないフランス語のセリフ聞き取りと日本語字幕からはよくわかりませんでした。

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川に落ちたリーズをただ見つめるだけで助けようとしないシーンが途中にあったんですが、そしてふざけてではなくたぶん本気で娘の顔に枕を押し付けて死なせようとするシーンもありましたが、これは娘が憎いのではないんですね。実は心の中で愛している、あるいは愛したい娘が目の前に存在している。でも彼女はその愛を受け入れる術も知らなければ、自分の愛を相手に表現する術も知らない。何とも思わない人間がいても苦にはならないでしょうが、愛のようなもの、良く分からないけれど何かの感情を感じる相手がいるのに、何も出来ない自分。そうするとその相手の存在は自分を苦しめるもとになる。死んでいなくなってしまえば、愛し愛されるという自分が求めているのに自分にはできないで苦しんでいること、つまり相手との関係を持つことの必要がなくなります。「失って悲しい」という感情だけで済むということです。さらに言えば、娘が川に落ちた場面で言うと、助けるというのは愛の表現であって、その表現が出来ないということの象徴なんでしょう。

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人が人らしく育ち、また愛し愛される術を知るためには、幼き日々にほんの少しでも誰かに愛されること、別の言い方をすれば誰かに全的に受容されること、この経験が必要だということですね。

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Last updated  2007.07.23 00:18:26
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