この映画は先日レビューを書いた『過去のない男』と、その前の『浮き雲』と合わせたカウリスマキ監督「フィンランド敗者三部作」の第三作。原題は『Laitakaupungin valot』で、1931年のチャップリンのサイレント映画『街の灯』のフィンランド語タイトルが『Kaupungin valot』だから、あきらかに関連性が見えます。じゃあこの映画の題名の頭に付いた「Laita」とは何か。フィン語の辞典は持ってないし、ネットの無料自動翻訳も見当たらないし、でもどうも「脇」という意味がありそうだとまで辿りついた。フィン語版ウィキペディアの「kaupunki」は英語版の「town」や仏語版の「ville」にリンクされているから「町」という意味があるようなので、チャップリンの『Kaupungin valot』は正に「City Lights」。「valo」が「光」の意味であることはもともと知っていたので「t」が付こうと格変化か複数形だろうと想像できる。では「City」の「脇」とは何か。当然「町外れ」とか「場末」の意味だろう。これはフランス語題の『Les Lumieres du faubourg』やドイツ語題の『Lichter der Vorstadt』に正に適合。英語タイトルは『Lights of the Dusk』(夕暮れの灯り)なのだけれど、こんな苦労してたらこの映画の英語版ウィキペディアに、原題の直訳は「Lights of the Outskirts」とちゃんとあった。以上くどくどと書いたけれど、「他の人々の生活」が『善き人のためのソナタ』とされ、「見知らぬ女」が『題名のない子守唄』にされてしまう日本の映画の興行の性格があるので、まずは原題の意味を調べることがボクにとっては重要で、その過程のようなものをちょっと公開させていただきました。で、だから、この映画の日本語題は、チャップリン作品『街の灯』と関連付けて『街のあかり』で、まずまず正解。でも『街外れの灯』が原題を反映するものだったかも。