ラッコの映画生活

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2008.01.27
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カテゴリ: ヨーロッパ映画
LAITAKAUPUNGIN VALOT

78min
(DISCASにてレンタル)

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この映画は先日レビューを書いた 『過去のない男』 と、その前の『浮き雲』と合わせたカウリスマキ監督「フィンランド敗者三部作」の第三作。原題は『Laitakaupungin valot』で、1931年のチャップリンのサイレント映画『街の灯』のフィンランド語タイトルが『Kaupungin valot』だから、あきらかに関連性が見えます。じゃあこの映画の題名の頭に付いた「Laita」とは何か。フィン語の辞典は持ってないし、ネットの無料自動翻訳も見当たらないし、でもどうも「脇」という意味がありそうだとまで辿りついた。フィン語版ウィキペディアの「kaupunki」は英語版の「town」や仏語版の「ville」にリンクされているから「町」という意味があるようなので、チャップリンの『Kaupungin valot』は正に「City Lights」。「valo」が「光」の意味であることはもともと知っていたので「t」が付こうと格変化か複数形だろうと想像できる。では「City」の「脇」とは何か。当然「町外れ」とか「場末」の意味だろう。これはフランス語題の『Les Lumieres du faubourg』やドイツ語題の『Lichter der Vorstadt』に正に適合。英語タイトルは『Lights of the Dusk』(夕暮れの灯り)なのだけれど、こんな苦労してたらこの映画の英語版ウィキペディアに、原題の直訳は「Lights of the Outskirts」とちゃんとあった。以上くどくどと書いたけれど、「他の人々の生活」が『善き人のためのソナタ』とされ、「見知らぬ女」が『題名のない子守唄』にされてしまう日本の映画の興行の性格があるので、まずは原題の意味を調べることがボクにとっては重要で、その過程のようなものをちょっと公開させていただきました。で、だから、この映画の日本語題は、チャップリン作品『街の灯』と関連付けて『街のあかり』で、まずまず正解。でも『街外れの灯』が原題を反映するものだったかも。

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そんなわけでチャップリン作品と関連がある。チャップリンの作品の主人公は浮浪者で、盲目の少女を救うけれど、身に憶えのない犯罪で刑務所に入れられ、最後は目が見えるようになった盲目の少女が主人公の手を握って、その浮浪者がかつての恩人だったことに気がつくのがラストだ。カウリスマキの映画の方の主人公は浮浪者ではないが、無実の刑で刑務所に入ることや、最後に手を握るシーン等はチャップリン作品を引用している。

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物語は、そして映画の作りも実に単純。例のごとく動きの少ないカメラ、単純なセット、各シーンのフェードアウト、感情を排したようなセリフ回し。『過去のない男』同様、一方では最新のセキュリティーシステムが出てくるものの、他方では50年代か60年代の車を使ったりで、時代感がはっきりしない。主人公が銀行に開業のための資金の融資を依頼に行くシーン。普通ならば、街の広い通りに面した銀行の入り口から主人公が銀行内に入っていって、廊下を歩いたり、エレベーターに乗ったり、受け付の女子行員に来行目的を説明したり・・・と、その全部ではないにしても色々描かれるのではないか。それが単なる待合室のような所でファイルを持った主人公が座って待っているらしいところがまず写り、次ぎはパソコンの置かれたデスクのある部屋で担当行員と話をする。カメラは固定だし、しかも会話も融資を断られるほんの2、3往復の短いセリフのみ。ここで何の資格も経験もない主人公が銀行員からまともに相手にされないことが示されはするが、ただそれのみ。そこでの慇懃な銀行員の態度や言動、それでも強く主張しようとする主人公、そういうシーンをさもありをうな風にリアルに描くことはない。物語の進行にとってはそれで十分だし、銀行員の言動や表情、主人公のそれ、それをいちいち描くのではなく、要約しているような描き方だ。だから当然映画も78分という短さになるのだろう。どのシーンもこういう要約的語りで進むのだけれど、何故かそこに深い情緒のようなものが伝わってくる。それがカウリスマキの映画なのではないだろうか。

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物語は、警備会社で働く主人公コイスティネンは誰ともほとんどつき合うこともなく、仕事が終わると帰宅するだけの毎日を送っていて、同僚にはバカにされるし、上司からもあまり良く思われていない。恋人も家族もなしの一人暮らし。時々立ち寄る公園のトレーラーカフェスタンドの女性アイラはだけはそんな彼に秘かに恋していたが、そんな彼女の気持ちに気付こうともしないコイスティネンだった。バーの前に繋がれたままでエサも与えられていないらしい犬(演じるのは『過去のない男』でカンヌ映画祭パルム・ドッグを受賞した犬タハティを母に、『白い花びら』の名優ピートゥを祖母に、『ラヴィ・ド・ボエーム』のライカを曾祖母に持つ俳優犬一家のパユ)を不憫に思ってバーの中の飼い主に文句をつけようとするが、反対に飼い主のチンピラに痛い目にあわされてしまう。そんな彼に目をつけたのはギャング団一味。ボスの女ミルヤを彼に近付ける。彼女に恋をしたコイスティネンは、ギャング団の計略にまんまとはまり、彼が仕事で見回りをするショッピングセンターのドアの暗唱番号を知られてしまう。ミルヤに呼び出されたコイスティネンが睡眠薬を飲まされて車の中で眠っている間に、ギャングたちはショッピングセンターの宝飾店を襲い、20万ユーロの宝石を盗みだす。警察に捕まったコイスティネンは証拠不十分で一度は釈放されるが、コイスティネンの部屋を訪れたミルヤが盗んだ宝石の一部を彼の部屋に隠し、ギャング団が警察に通報する。今度は証拠があるから窃盗ほう助罪で服役することになってしまう。彼はミルヤが宝石を自分の部屋に隠したことを知っていたが、取調べや裁判で彼女のことを口にすることは決してなかった。そしてこれはギャング団が予想したことでもあったのだ。

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(以下ネタバレ)


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Last updated  2008.01.28 03:16:55
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