ラッコの映画生活

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2008.02.24
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カテゴリ: アメリカ映画
BORAT: CULTURAL LEARNINGS OF AMERICA FOR MAKE BENEFIT GLORIOUS NATION OF KAZAKHSTAN

84min
(レンタルDVD)

borat00.jpg

この映画、自分としては、二重、三重、四重・・・、色々な意味で評価の難しい作品です。ただ自分としては「見ておくべき作品」だと思うし、映画に限らず色々なことを語り合う場合に、相手がこの映画を知っていると話に引用出来るのではとも思います。ボクの評価に関する困惑のとは、主演者であるイスラエル系イギリス人サシャ・バロン・コーエンのことを良く知らないので、この映画を作った、あるいはその内容に関する彼の意図がわからないことです。この映画の中で諷刺されていることが、真面目に諷刺目的でなされているのか、それとも単なる表面的笑いのネタに過ぎないのか。あるいは諷刺されている内容、例えばバロン・コーエン本人はユダヤ人なのですが、この映画の中のユダヤ人に関するギャグは、反ユダヤ的と捉えるべきなのか親ユダヤ的と捉えるべきなのか。あるいはヤラセ的ドキュメンタリー(モキュメンタリー)の手法で、素人出演者の人間的実像を一種の騙しで表出させて撮影・公開することの是非。あるいは見る者に本当に何かに気付かせる効果があるのかどうか。たとえば「ユダヤ人がまた第二の9・11を起こしちゃうよ」などというセリフは、「もしかしたら9・11は世界を牛耳るユダヤの大資本が戦争を起こして武器商売で儲けようという陰謀なのかも知れない」と真面目に問うてみるキッカケを見る人に与えるのか。そんなこんなすべての疑問を最初から含んでいるのが諷刺コメディーというものなのかも知れないけれど。それとブニュエルが、パゾリーニが、ハネケが、まともに世界を諷刺しても、その観客はごく少数であり、大衆はそれを見ることはないという面もあるわけです。

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カザフスタンのテレビリポーターのボラットが故郷の様子や人々をレポートする。そこでボラットはカザフスタンでベスト娼婦賞を受賞し、そのトロフィーを手にする妹を紹介し、あるいは村のユダヤ人追い祭の模様が紹介する。どこかの牛追い祭をパロったもので、逃げる大きなユダヤ人人形を村人たちが追う。次に登場して追われるのはユダヤ女人形。彼女はユダヤ人のタマゴを生み落とす。祭の白眉はユダヤ人が孵化する前にこのタマゴを潰せるかどうかだ・・・。ボラットはカザフスタン情報省なる政府の機関に派遣され、アメリカ文化を故国カザフスタンに紹介するレポート番組を作るためにアメリカへと旅立つ。

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NYケネディー国際空港に到着したボラットは地下鉄車内でも一騒ぎを起こしながら、ホテルへと向かう。この映画の作られ方で疑問なのは、そのドキュメンタリーなりモキュメンタリーという手法だ。たとえばこの地下鉄のシーンでボラットはカザフスタン流として、近くに乗り合わせた見知らぬ男性乗客にお近づきの挨拶として誰彼かまわず顔にキスをしようとする(ちなみに男尊女卑のカザフスタンでは女性に挨拶する必要などないという設定らしい)。撮影のカメラもあるはずだし、カザフスタンから来たボラット氏ということで出演依頼(?)、撮影同意(?)を得ての撮影なのだろうが、相客の乗客は俳優でもエキストラでもなく、セリフや演技もたぶん指示されていない。バロン・コーエンがボラットとして勝手に演技し、つまりキスを迫り、それに困惑する乗客の様子が映画のシーンとなる。以下こうした撮影の各シーンの、どれが、どこまでヤラセなのかがわからない。

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ホテルの部屋のテレビでセクシーなパメラ・アンダーソンを見て一目で惚れてしまったボラットは、プロデューサーである相棒のアズマットを説得して、パメラのいるカリフォルニアへ向かうことになり、免許も取得して安い中古車を買い、アズマットと2人ロスに向けて旅立つ。大陸を横断するわけで、その各地で色々とレポートするわけだ。バロン・コーエンがボラットというアメリカの常識を持たないカザフスタンのレポーターとして、アメリカ人を色々な意味で挑発するよな発言や行動をとり、それに対するアメリカ人の反応を撮影するというのが全編の基本的やり方。フェミニズム団体の3名の女性へのインタビューでは、はなから女性は男性より劣ったものという意識をもったボラットとして質問をぶつけ、3名は怒って退座してしまう。ロデオ会場での演説では、最初テロリストは抹殺・撲滅すべきだと会衆をまず昂揚しておき、そこでカザフスタン世界一という替え歌でアメリカ国歌を歌い始め、俄に会場は騒然となる。

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まあ、そんなこんな映画で、自分としては見ていて楽しいと言うよりも不快ではあったのだけれど、ある種のアメリカ人の実像が浮かびあがってくるのは事実だ。手法的にはドッキリカメラに似ているわけだけれど、それと知らずに作られた状況を与えられるから、その状況に対する真実の反応が写し出されることになる。この映画と同じ内容のものを、すべて脚本として書いて、すべて役者に演じさせて、映画を作っていたとしたら、もっと単純に映画として評価できたであろうと残念だ。しかいそれはバロン・コーエンのやり方や意図ではないのだろう。それでは彼の思想的立場を明らかにしてしまう。そこをこのようなスタイルで曖昧にすることでこそ言い得たことがあるかどうか、それがこの映画の免罪符となるかどうかだ。

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Last updated  2008.02.27 22:46:02
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