ラッコの映画生活

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2008.03.17
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カテゴリ: フランス映画
LES VALSEUSES

118min
(DISCASにてレンタル)

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何がDISCASから送られてくるか、なかなか完全には読めません。いくら自分がずっと前から予約リストの上の方に入れておいても、自分も常時2枚借りてしまっているわけで、それを返却した時にちょうどその作品が誰かから返却されて来なければ、結局別のDVDが送られてくることになるわけです。そういうわけで今回も「あれれん!」ってものが2枚送られてきて、でもそれが2作品とも期待を遥かに超える良作(傑作?)でした。その一つがベルトラン・ブリエの『バルスーズ』。ブリエ監督はやや関心のある監督ではあるのだけれど、この初期作品はあまり良い予感はありませんでした。何がDVDになっているかは知らないけれど、新作の 『ダニエラという女』 『私の男』 とこの『バルスーズ』の3枚を選んでいるDISCASさんの選択は的確かも知れません。

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1974年3月20日のこの映画の封切はフランスではセンセーションを巻き起こした。人口約5千万のフランスで6百万人弱の動員を記録。10人に1人以上が観たことになる。時代は1968年の五月革命の実質的失敗の後で、改革を含みながらも大統領がポンピドゥ-からジスカール・デスタンに代わる頃の保守反動の時代。そんな時代に社会を挑発することも目的にあった映画ではないだろうか。タイトルのフランス語は「ワルツを踊る女たち」だが、スラングとして英語の「balls」つまり男性の「タマタ*」の意味がある(最初に掲載したポスターに2個のタマゴを両手でお手玉のようにしてるイラスト)。

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主人公ピエロ(パトリック・ドベール)とジャン=クロード(ジェラ-ル・ドパルデュ-)はカッパライなんかして自分勝手に無軌道に生きる若者2人で、行動自体は犯罪的だから肯定できる2人ではないけれど、これは自分だけが運良く手にした現在の安定を社会の弱者を無視しても守ろうとする体制順応主義者たちとの対比としての人物設定でしょう。映画の最初の方には、そういう人たちを眺め渡してドパルデュ-が「これでもフランスかよ」って叫ぶシーンがある(原語では「間違いないんだよな、これでオレたち本当にフランスにいるんだよな」ぐらい)。表面的にはちょっとエッチなコメディー仕立てで、オッパ*丸出しのミウ・ミウやブリジット・フォセー、若き日のイザベル・ユペールを見ているのも楽しいけれど、実は社会派の映画でもある。

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兵役中の夫の休暇に乳飲み子つれて会いにいく若妻(B・フォセ-)に列車の中で迫る(イタズラする)2人は、セクハラだって言ってしまえばそうでないこともないけれど、最終的に強く無理強いしてはいないし、ちょっとセクシャルなことをさせる(してもらう)ためにお金を出すのも、自分らの欲求がまずはあるものの、ドパルデュ-のセリフはあながち嘘ではない。久しぶり(2ヵ月)ぶりに会う夫と、安ホテルじゃなくって高級ホテルの広いベッドで、シャンパン付きで愛の一夜を過ごして過ごして欲しいってこと。自分ならそう願う幸せを彼女にもして欲しいっていうジャン=クロードの優しさである気がする。そうでなければ他に乗客のいないあの列車内ではレイプだって彼らには可能だったろうし。

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そしてジャンヌ・モローとの挿話。女子刑務所に行けば、服役中にずっとセックスできなかった飢えた女がいるだろうって、実に短絡的な発想をするのだけれど、刑期を終えて出てきたジャンヌ・モローを追い回す。彼女は暗い様子で、もちろん追い回す2人を最初は迷惑がっているけれど、ある意味あまりの無邪気さにはじめてモローが笑う。このシーンは良いですね。彼女には2人の目的はお見通しなのだろうけれど、人間同志理解が成立した瞬間とでも言うか。季節は冬で寒いけれどモローは刑務所から出てきたままの薄着。で暖かい服を買ってくると良いって、ドパルデュ-がお金渡す。海岸のレストランに行って生牡蠣とかの海の幸を食べる(食べさせる)。余談だけれどこのシーン、最初窓の外からテーブルの3人が写され、トーストか黒パンか、とにかくフランスパンではない薄切りのパンにバターのようなものを塗ってるのが見え、緑色の細長いワインのビンも見える。これだけで海の幸にアルザスワインだな、ちょっとリッチな食事ってわけだな、ってわかる。

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ジャンヌ・モローっていうと『死刑台のエレベーター』が有名だけれど、やっと朝エレベーターから出られたモ-リス・ロネが朝食にカフェでクロワッサンをパクつくシーンがあって、この映画では海岸での食事の前にカフェでやはり朝食にクロワッサンをパクつく。これって一種の引用なの(?)って思った。そもそも男2人とジャンヌ・モローという3人関係自体『突然炎のごこく』の引用かも知れない。映画に戻って、洋服や食事、これだって目的のための投資ではあるかも知れないけれど、やっぱり彼女に幸せを与えたいという気持ちもあるように感じられる。そして高級ホテルで3人で過ごした一夜の果に、思わぬ事態が2人を待っていたけれど、2人が良く理解しないままではあるものの彼女に一時の幸福を与えたのだと思う。

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そして最初だけかと思っていたら最後まで物語の中心人物だったミウ・ミウ。ちょっと男には都合の良すぎる女の描かれ方ではあったけれど、ミウ・ミウは全身曝け出しての名演。彼女の役名はマリ・アンジュ(Marie-Ange)。マリは聖母やマグダラのマリアだし、アンジュは天使の意味だ。語呂としてはフランス共和国の象徴マリアンヌ(Marianne)に酷似。カタカナ書きで最後の「ジュ」と「ヌ」の差、さらにローマ字で言えば ju と nu だからたったの「j」と「n」の差しかない。上にドパルデュ-のセリフ「これでもフランスかよ」に触れたが、マリアンヌに象徴される現状のフランスではなく、マリ・アンジュに象徴される世界の標榜ではないだろうか。

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この映画は今のフランス人にとっては35年前の一時代を反映するものなのだろうけれど、性解放(あるいは挑発に使われた性)に関して付記すると、社会・文化・歴史の違う日本とフランスとの単純比較は出来ないけれど、援助交際も当たり前になったような日本の性解放の歴史(つまり人間不在)の中で日本人が見落としてきたことをも読み取ることも出来、そういう意味では現在の日本にアクチュアルなテーマを見て取ることも可能かも知れない。

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Last updated  2008.03.19 04:42:18
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