ラッコの映画生活

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2008.04.26
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カテゴリ: フランス映画
LA VALLEE
Barbet Schroeder
100min
(DISCASにてレンタル)

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バルベ・シュレデール(aka バーベット・シュローダー)というとエリック・ロメールと映画会社 レ・フィルム・デュ・ロザンジュ を設立した人で、1969年の『モア』が有名。その後アメリカに渡って、このブログでも取り上げた 『ルームメイト』 なんかを作ってます。最近では 『パリ、ジュテーム』の第6話、クリストファー・ドイルの「ショワジー門」 に主演してました。そしたらたぶん日本未公開だったこの『ラ・ヴァレ』がDISCASに入ったので、早速借りました。『モア』の3年後で同系列の映画ではありますが、もっと重層的とでも言うのか、色々な要素からなっていて、見方も多様です。ある意味時代色の濃厚な40年近く前の作品をどう観るかというのはありますが、2008年の時点で観るにはこちらの方が面白いかも知れません。

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主人公ヴィヴィアーヌ(ビュル・オジエ)はフランス人で、オーストラリア・メルボルンのフランス領事夫人。電話で夫と話す彼女を聞いていると夫婦仲が悪いわけではなさそうだし、領事夫人という役をもこなしているようだけれど、どこかそれにはまり切れてない。後半には「夫と同じ考え方ね。」って、不満・批判を交えて男に言うセリフもあります。それでパリに装粧品店を持っているか、手伝っているかしていて、ニューギニアに原住民の民俗品なんかを買い付けに来ている。彼女が欲しいのは狩猟禁止になっている極楽鳥の羽。そこで知り合ったのが男女2人ずつと、その1人の女の子供の計5人のヒッピーグループ。男はオリヴィエと、グループの精神的指導者のようなガエタンの2人。ジャングルの奥地にあって、道もなく前人未到、いつも霧がかかっているゆえに空からも見ることが出来ず地図上でも空白となった地域にある

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一つの見方は主人公ヴィヴィアーヌが西欧文明的精神の拘束から解放されていくのを追うこと。『モア』と比べればピンク・フロイドの音楽は控え目。自然の音や原住民の祭礼の音楽など。緑のジャングルの中で自然と一体になって心を解放していく様子は美しく描かれている。ちなみに性描写はほとんどない。しかし(まあ自分が男だというのもあるかも知れないけれど)彼女に自分を同化させて世界に入って見ることはあまりできないのではないだろうか。描写の視点は主観的であるより冷徹な客観に近い気がする。

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そして彼女の解放というのはもちろん映画の物語の主軸である「谷=楽園」を目指すということでもあるのだけれど、これはいわば現代(製作当時の)の社会に対する批判かも知れない。極楽鳥の羽ということとの関連などで「金」への言及が少なくない。すべてを金銭に還元する社会だ。彼女がやっと羽を入手するのは金による購入ではなく、「気にいられたからもらう」のだ。そして現代社会の側にいる密猟者から馬を購入するとき、彼女は持っていた法外な所持金をすべて放棄する。馬は本来1頭100ドルくらいと言っていたから、必要な馬は5頭で500ドル。プレミアをつけて5倍を払っても1500ドル。それに彼女は10倍近い1万2千ドルを放棄する。

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金は所有の世界をも意味する。男女が互いに相手に忠実であるというのは、相互的所有ということでもある。ヴィヴィアーヌは最初オリヴィエを愛したので、オリヴィエがグループの別の女性とも関係していることを知ってショックを受ける。しかし後にはそれをも受け入れられるようになり、自分ももう一人のガエタンにも自然に身を任せることになる。共有とは所有の破壊なのだ。

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前作『モア』は1969年の作だが、具体的構想はいつからあったのだろう。こちら『ラ・ヴァレ』は1972年だから、明らかにポスト・五月革命の作品だ。ヒッピーが現代文明に反抗したのと同じ根を持つ知識層の反乱(労働者階級へも波及)が五月革命だとすれば、その挫折の後に作られた作品だ。『モア』は必ずしもヒッピーを描いただけの作品ではなく、弱い個性の青年が自己の深層を支配的女の中に見るという一つの普遍的愛の構造の物語でもあり、ドイツ青年ステファンは自己破壊に向かって進んでいく。しかし西欧現代文明の否定を象徴するガエタンたちグループが行きついたところ、谷とは何なのだろう。彼らは戻ることもたぶん出来ない。しかしそれはそこが楽園だから帰らないのだろうか。戻れないから帰らないのではないだろうか。最後は夜が明けて谷を彼らが見つめている後ろ姿の美しいシーンだけれど、彼らが目にしていたものは何なのだったのか?。恐らくはただの谷以外の何ものでもない無ではなかったろうか。自分たちの出自である西欧文明を否定しての旅も行く先には何もなかった。

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この映画には原住民の祭礼が出てくる。彼らに何をどう説明して、西洋人出演者に現地人の化粧を施し、祭礼に参加させてもらい、それを撮影したのかはわからない。しかし彼らの酋長らしき人物が言った言葉から理解できるのは(字幕翻訳が正しいとして)、彼らは撮影隊の西洋人と交流を持ち、(たぶん自分でもどんなものか良くわかっていない)映画のためのヤラセや演技ではなく、実際に彼らの信じる文化の祭礼を執り行っているらしいということだ。だからその意味ではこの部分はドキュメンタリーに他ならない。しかしオリヴィエが辛辣にもヴィヴィアーヌに言うように、そこに参加する西洋人の姿勢は「あくまで西洋の自分の文化を持った」ままでの観光客に過ぎない。物質や所有の西欧文明のアンチテーゼとして未開部族の世界を持ち出そうとしても、決して自分たちがそこに同化することなどではないのだ。この部族社会ではたんなる野次馬で、一方出自の西欧文明を批判して何かを求めて旅しようが、行く先の谷には楽園はなかった。西洋近代文明の行き詰まりの象徴でもあり、五月革命の挫折のそれでもある。

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バルベ・シュレデールはスイス人の両親を持ち、イランのテヘランに生まれた。子供の頃は地質学者であった父にともなって南米コロンビアで過ごし、中等教育以降は希望してフランス・パリで教育を受ける。フランス等西欧文化がどのように非西欧の文化と接触し、それを捉えているか。彼の経歴が彼にこの視点を持たせたのかも知れない。この視点で言えば、西欧文明が未開文明を好きなように理解し、支配し、利用し、搾取しているかの批判が込められているかも知れない。

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Last updated  2008.04.30 13:27:06
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