ラッコの映画生活

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2008.06.28
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カテゴリ: アメリカ映画
PARANOID PARK

85min
(那覇 桜坂劇場 ホールCにて)

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先日(と言っても既に半年前に)見た『パリ、ジュテーム』 第3話「マレ地区」 のガス・ヴァン・サントが監督で、 第6話「ショワジー門」 のクリストファー・ドイルがカメラを回しています。このカメラが、冒頭で車が流れる大きな橋をコマ落としで撮った最初の映像から既に素晴らしい。今どき珍しく 1:1.33 のスタンダード・サイズ。ちなみにボクは 1:1.66 のヨーロピアン・ビスタがいちばん好きです。今はハイビジョン 1:1.77 のテレビもありますが、昔はテレビと言えばスタンダード・サイズで、映像という意味では普段はこれを見ることが多かったわけで、映画館に行って 1:1.66 や 1:1.85 のやや横広の画面を見ると、「あ~映画だな~」という感慨があったんですね。1:2.35 のシネスコ・サイズだと、今でも最初「ウッワー!」という違和感を感じてしまいます。ちなみに黄金分割は 1:1.618 だから、ヨーロピアン・ビスタがいちばんこれに近いことになります。話が逸れましたが、この映画では一部 8mm で撮影したものがブローアップされています。

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この映画、85分と短めで、観客にとって時間的には確かに85分なんですが、実は実質はもっと少ない。同じ場面が何度か出てくるのと、途中スローモーションが用いられているからです。1/4速のスローモーションなら、見ていて4分間でも内容は1分分しかないわけですから。そういうくり返しやスローモーションを使って、主人公の心象風景、気持ちの推移などを表現した映画です。外から主人公(の外面)が写されているのを観客は見るわけだけれど、そこに浮かび上がってくるのは主人公の心理です。もちろん主人公の主観ショット(誰かがスケボーをしているのを主人公が見ている視線で捉えた部分など)も挿入されます。事件と言えば、大きな重大な事件が起こるわけなのだけれど、それでも実はその事件を描く目的はまったくない映画なのだと思います。

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映画の時間はモザイク状に時間を行きつ戻りつ、その重大な事件は映像としてはなかなか出てきません。でも実は予告編にもそのシーンはしっかり出てきてしまっている。つまりはすぐ上に書いたように、事件の描写などはこの映画の重大事ではない。物凄い事件ではあるのだけれど、事件自体には実はあまり意味はないのかも知れない。単に主人公の心象を明確化して描くための契機でしかない。予告編を見ればわかることだから ネタバレ

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天使のような無垢な顔の主人公、16才の高校生アレックス(ゲイブ・ネヴァンス)。両親は離婚訴訟中。この映画には大人がほとんど表に出てこない。唯一表に出てくるのはダニエル・リュー演じる刑事だけれど、これはアレックスの良心の具現化かも知れないし、神の視線なのかも知れない。では同年の高校生はどうか。きっと多くが大人になりたがっている。たとえば恋人ジェニファー(テイラー・モンセン)は、ある意味フェリーニへのオマージュかも知れないがまるで機械人形のようであり、化粧やファッション決めて、アレックスとつき合ってセックスもしたいと思っている。大人の女性とその恋愛に憧れていると言っても良い。二人の関係は彼女の希望通り成立するけれど、彼はかなり無関心で、結局その後彼女と別れてしまう。そのシーンでフェリーニの『アマルコルド』の音楽が流れるのだけれど、『アマルコルド』の中の少年フェリーニの分身たるチッタは年上のグラディスカに子供だと相手にされないわけで、大人の女性(大人志向の恋人ジェニファー)と子供のアレックスという含みかも知れない。

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アレックスはスケートボードを始めたばかりで、より大人っぽい不良でもあるボーダーのいるスケボー・パークに行くけれど、観ているだけ。そもそもスケボーという設定自体、地に足を着けずに世界の表層を滑走するだけだ。この世界、つまりは大人の世界にアレックスは不信感(馴染めなさ)を持っている。しかし土曜日の晩、一緒にパラノイド・パーク(スケボー場)に行くはずだった年上の友人が行けなくなり、アレックスは一人で行く。そこでちょっと不良な連中と関わり、誘われて引き込み線をゆっくり走る貨物列車に飛び乗った。それは気持ちの良い悪戯だったが、警備員が見つけて走って追ってきた。警備員は警棒で車上のアレックスに殴りかかってきた。思わずアレックスは手にしていたスケボーで警備員を振払うが、隣の線路の上に倒れた警備員には別の列車が迫ってきて、列車は無惨に警備員の身体をまっ二つにしてしまった。こうして世界と関係を避けながら浮遊するように生きていたアレックスは、現実=世界と向き合わされることになる。

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目撃者はいなかったが、ここでアレックスが黙ってしらを切ってしまうという設定だけがやや映画として弱いと思うのだけれど、先にも書いたようにこの事件を単なる主人公に「罪意識を与える」、また「世界と向き合わさせる」契機として捉えれば良いのかも知れない。そしてこの事件は、意図せず(あるいはそんなことも知らずに)人を死に至らしめ、そのことに無関心である大人の社会のメタファーととることもできる。

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ここに登場するのが、アレックスと唯一まともに話をしようとする女友達のマーシー(ローレン・マッキーニー)。マーシー(もしかしたらメイシー)は Macy であって Mercy ではないけれど、この名前の設定には mercy の含意があるのかも知れない。彼女は、悩みを友人に宛てた手紙を想定して書いてみると良いとアレックスにアドバイスする。そうして書き終わった長い手紙をアレックスが破り捨てて映画は終わる。きっとアレックスは世界との関わり、自分の罪意識の消化に関してなんらかの解答を得たのだろう。しかし映画は捕まるとか自首するとかいった事件の顛末を示しはしない。そこから先のことを、監督は観客にバトンタッチしてしまう。

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Last updated  2008.07.11 02:52:27
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