ラッコの映画生活

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2008.09.05
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カテゴリ: アジア映画
MEDUZOT
LES MEDUSES
Etgar Keret & Shira Geffen
82min(1 : 1.85、ヘブライ語)
(桜坂劇場 ホールAにて)

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これも前回の 『迷子の警察音楽隊』 と同じくイスラエル(フランスと合作)の作品。前作は2007年カンヌのある視点部門「一目惚れ」賞受賞だったが、こちらは新人監督賞「カメラ・ドール」を受賞している。

まずはタイトル。上のポスターにあるようにヘブライ語で何だかぐちゃぐちゃ書かれている。そして日本のチラシには「原題:Meduzot(くらげ)」とある。中国語まではまだなんとかなるものの、こんなセム語になるともう外国語としてはお手上げ。それでもちょっと調べてみた。ヘブライ語はアラビア語等と同じように右から左への横書き。まずは逆(左から右)に書き直してみる。
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次に逆向きにした6文字を対照表にしたがって西洋アルファベットにしてみる。すると MDUZOT MDUZOT M に付されていた母音 e を示すニクダが省略されていると考えれば、めでたくチラシにあった MEDUZOT に辿りつく。さて映画はイスラエル・フランス合作だから、正式であろうフランス語タイトルを見ると LES MEDUSES 。ヘブライ語アルファベット表記に似ている。ではフランス語 LES MEDUSES とは何かというと、クラゲのこと(複数形)。しかし語源はギリシア神話の、蛇の頭髪をした、見る者を石にしてしまう魔女メドゥーサ。つまりフランス語のタイトルが示しているのは「クラゲたち」であり、「メドゥーサたち」であり、 MEDUSE はもともと魔女だから、名詞に性のあるフランス語ではもちろん女性名詞。だから恐ろしい魔女メドゥーサの意味はないにしても、「女クラゲたち」のようにも解することができる。それほどの意味がヘブライ語の MEDUZOT にあるかどうかまでは解らないが・・・。この映画にはふわふわとクラゲのように生きる3人の女性が出てくるわけだけれど、この3人の女性をタイトルが示していたことがわかる。

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なんでこんなことにこだわるかと言えば、たとえばクロード・ソーテの 『エマニュエル・べアール 愛を弾く女』 の原題は「冬の心」ぐらいの意味で、それが示しているのはべアール演じるカミーユではなくダニエル・オートゥイユ演じるステファンのことであり、主人公がステファンであることがわかる。しかし日本語タイトルからはカミーユが主人公に思えてしまう。ちなみに英語タイトルも本来は JELLYFISH ではなく JELLYFISHES FISH という語はあまり複数にしないらしい。そしてそれでも女性を示していることはわからない。ハネケの 『ピアニスト』 もそうで、フランス語原題は LE PIANISTE でも LES PIANISTES でもなく LA PIANISTE だから「1人の女ピアニスト」であることはわかるが、日本語題『ピアニスト』や英語題 THE PIANO TEACHER

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さて、タイトル考が長くなってしまったが、そういうわけでこの映画は、互いに少し交錯するもののほとんど無関係な3人の女性の数日間の物語。舞台はイスラエルの実質上の首都テルアビブ。作りは同時進行に編集した3編からなるオムニバスのようなもの。作りといい、長さといい、『迷子の・・・』に似ているとも言えるかも知れない。3人の女性とはパディア、ケレン、ジョイの3人なのだけれど、それぞれ1~2名の女性との関わりが描かれ、その意味では主人公の3人だけではなく女性たちを描いた映画であるかも知れない。

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パディアは結婚式場のウェートレスをしていたが、ずっと一緒に住んでいた恋人が出ていった。そんな彼女が海辺に座っていると、水着に浮き輪をした少女が海から上がってきた。周辺に親らしき人はいない。パディアは警察に連れていく。しかし託児所などの関連機関が週末で休みで、週末だけ預かってくれないかと警察に頼まれる。断ってひとり帰るパディアだったが、いつの間にか少女は彼女についてきていた。やむなくパディアは少女を預かることにする。少女は一言も言葉を発しなかった。ただ浮き輪を取ろうとすると大声で叫び拒否をした。パディアの両親は離婚していた。母は貧しい人々を助ける慈善団体を運営していたが、自分の主催する会合等があると電話をしてきて娘パディアに出席を求めたが、慈善活動には熱心だったが、娘パディアのことなど気にもかけていなかった。一方の父親は娘パディアにもっと愛を注がなければと口では言っていたが、若い愛人のことで精一杯。恋人にも捨てられ、家主には家賃の値上げを一方的に言い渡され、不器用で職場でのクビも危うい。今にも海に沈んでしまいそうな彼女の人生だ。浮き輪をしていれば何とか沈まずに海面にただよっていられる。そんな意味で謎の少女は実はパディアの分身なのだろう。一緒に乗ったタクシーの運転手の「娘さんかい?、妹さんかい?、目がそっくりだ」というセリフもあった。浮き輪をとられては沈んでしまう。同じ日に職場を解雇された式場カメラマンの女性と親しくなるパディアだけれど、そのカメラマンの子供時代の家族8mmフィルムを見せてもらい、そういうものが何もないパディアはその中のカメラマンの幼い少女だった頃の映像に自分に投影させて見る。やはり両親はいがみ合っていた。このカメラマンも一面ではパディアの分身でもあるわけだ。

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パディアの働く結婚式場でマイケルと幸せに披露宴をしたケレン。宴の途中でトイレに行くが、ドアの鍵が壊れて個室に閉じ込められてしまう。会場には大音量で音楽が流れ、人々は踊っているので、彼女が叫んでも声は外に届かない。思いあまってケレンはドアによじ登って上から外に出ようとするが、落ちて足を骨折してしまう。長旅は出来なくなり、カリブ海への新婚旅行は中止せざるをえない。やむなくテルアビブ市内の海岸のホテルに泊まることになる。ところが最初の部屋は悪臭がし、移った次の部屋は外の車の騒音がうるさかった。ケレンは骨折しているのでほとんど部屋に釘付けだ。そのホテルで出会った作家らしい謎の女性。彼女は最上階のスイートに独りで投宿していた。新婚の夫マイケルはときどきホテル内でその女性に出会い、そのことをケレンに話した。ケレンはその女性と夫との関係を怪しみ始めた。そんな思いでケレンは人生の悲哀を詩に書き、引出しに入れた。女性は親切にも部屋を代わってくれるという。ケレンは一層夫との関係を疑った。しかしある事態が発生して、前の部屋の引出しにケレンが忘れた詩が女性のものとして読まれる。もしかしたらここでもこの謎の女性はケレンの分身であるのかも知れない。

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小さな子供を故郷フィリピンに残してイスラエルに出稼ぎにきているジョイ。英語は話せるがヘブライ語はわからない。彼女はベビーシッターを希望して斡旋業者に出入りしていた。しかしそこで彼女が紹介されたのは斡旋業者の年老いた母親の世話だった。ところが今日から仕事という最初の日に彼女がその老女の家に行くと、老女は死んでいた。次の仕事は病院を退院する初老の母親マルカを娘に代わって迎えにゆき、家でマルカの世話をすることだった。娘は前衛劇団の女優で、今は近々上演するシェークスピアの芝居の稽古に忙しかったのだ。マルカは気難しく、そう、娘のあり方とか生き方、ひいてはつまり娘自体を認められないというか、そんな感じで母娘の関係はギクシャクしていた。言葉は通じていないのだけれど、病院にジョイがマルカを迎えに行くと、娘が来ないことの不満を洩らす。ジョイを警戒しているのか、荷物も自分で持ってジョイに預けようとはしない。でも段々にジョイの善意のある素直な様子にマルカも心を開いていく。娘の芝居の初日、もちろんマルカは観にいこうとなどしないが、ジョイに促されて2人で観にいく。でも会うとマルカは辛辣な批判をするだけ。娘も「もう会わないわ。」と言うしかない。それでも娘は通りから窓の中の母マルカとジョイの親密そうな様子を眺めている。我をはるだけで愛情の示し方を知らない母娘。親子という既成事実があると相手に対する甘えや過度の期待があり過ぎるんでしょうね。

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新婚のケレンの物語には親子のことは出てこないけれど、他の2人の物語は親子の問題が大きく描かれている。慈善事業で他人には夢中だけれど実の娘には愛情を示さない母親を持ったパディア。一方ではフィリピンとイスラエルに離れ離れで、たまに電話で話すだけだけれど互いに会いたがっているジョイとその子供。ジョイがその前を通るたびにショーウインドーの中に眺めていた大きな帆船の模型。言葉は通じないから何故かはマルカは聞かされてはいなかったが、お金が貯まったらそれを買って故郷の子供の誕生日か何かにジョイが送ろうとしていることをマルカは様子から理解したのだろう。子供に素直に愛情を示すジョイを、それの出来ないマルカはうらやましく感じたのかも知れない。周囲の誰かを特に非難するでもなく、しかし置かれた状況の下でどうにか沈まずに、浮き輪を着けて浮遊するかのごとく何とか日々を送っている、どこにでもありそうな3人の女性を中心に描いたほのぼのとした、決してハッピーな物語ではないかも知れないけれど、なにかとってもホッとする作品。ここにどこまでイスラエル社会の状況を読み取るべきかはよく解らないけれど、同時期の『迷子の警察音楽隊』との類似性からしても、人の心の繋がりを希求するものがあるのかも知れない。

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Last updated  2008.09.06 02:50:10
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