昨日から続く、「あいづ発 福島を元気にするプロジェクト」、おおいに盛り上がってます
mini pochiも、及ばずながらお手伝い。実行委員会のジャケットをお借りし、設営や物産販売、チラシの配布も・・・。開会あいさつのあと、野口英世通り協議会のみなさんの「風評被害をぶっとばそう。さすけない(元気な)、会津。エイエイ、オー」の元気な掛け声で開幕です。
かけつけた、会津若松の菅家市長とも今後の協力関係のことで、少しお話しさせていただきました。
さて、今朝は、mini pochiが泊まっているホテルの前に大型観光バスが。キャンセルの相次ぐ会津若松市内で、そういえばはじめてみる観光バスです。昨日まで静かだった、ホテルのフロントも、たくさんの人で賑わっています。
「今日は、京都のよさこい隊が来てくれて、鶴ヶ城で踊ってくれるんですよ」ホテルの方の声もうれしそうです。
京都と会津。
ご存知ですか。本当に歴史的つながりが深いことを。
江戸末期、治安の悪化する京都に駆けつけ、京都守護職を引き受けたのは、時の会津藩主、松平容保(かたもり)でした。会津藩は、常時1000名の藩士を京都に常駐させ、混乱の続く京都の治安を守りました。「新撰組」の名付け親も、おなじく、松平容保です。
同志社大学を設立した新島襄の妻、新島八重は会津の出身。
新政府軍が、会津若松城に攻め込んだ戊辰戦争では、男装し新式スペンサー銃で、闘いました。24歳の若さでした。
京都と会津。会津のひとの心に「京都」は特別の思いをこめて響きます。今度は逆に、その京都から、「京都さくらよさこい学生実行委員会」の学生さんやみなさんが、「会津支援隊」として、駆けつけてくれました。また、踊りを披露してくれるのは、まさにその歴史の舞台「会津若松城」(鶴ヶ城)。会津の人にとって、これほどうれしいことはありません。
mini pochiは、じつは学生時代を京都で過ごしました。このバスが、京都から夜の高速を飛ばして駆けつけてくれたんだと思うと、うれしくて、もう言葉になりません…。
あらためて、春の元気いっぱいの会津にぜひ、お越しください。
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