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たぶんブログ開設以来、はじめてのネタを書きます。お葬式について……です。それといいますのも27日と28日の二日間、お葬式に行っていました。場所は、佐渡ヶ島です。母の実家です。おばあさんは数年前に亡くなり、今回はおじいさんも亡くなってしまったのです。家は、母の兄が数年前から継いでいます。つまり、これで僕たちは佐渡に行くことがなくなったわけです。別に、母の兄たちと仲が悪いわけではありませんが、やはり他人の家には気兼ねします。佐渡については、今でもフト思うことがあります。小学生4年までは、夏休み、一ヶ月間ずっと佐渡で過ごしていて、僕も佐渡の暮らしを気に入っていましたし、おじいさんたちにも、僕は気に入られていました。口癖のように「佐渡の子になれ。今すぐ田んぼを半分やる」と言われていたのです。ちなみに、おじいさんと今、佐渡にいる母の兄は、実の親子ですが、折り合いが悪く、たぶんおじいさんは本気で言っていたはずです。小学低学年のアダチコジヤ少年は悩みました。残れるものなら残りたいのですが、その歳で親と離れて暮らす決心がつかずに、ついに踏み切れませんでした。小学五年からはサッカーが忙しくなり、ほとんど佐渡には行けず、いつの間にか佐渡と希薄になりましたが、それでもフト考えます。あの時、佐渡に残っていたら、どんな人生になっていただろう、と。それは、ともかく今回のお葬式では驚くべきことが二つもありました。それを紹介します。日曜日の深夜に亡くなり、火曜日がお通夜で、水曜日が告別式です。親戚一同、ほとんど全員、東京にいますので、なかなかすぐに佐渡に行けません。にもかかわらず、どうしたことか、月曜日に火葬してしまったのです。お葬式の前に火葬したのには驚きました。ですので、ほとんど全員、おじいさんと対面していないのです。親戚の1人が、そのことで文句を言ったら(普通、言いますが)、なんと、「佐渡ではこういう風習だ。東京なんぞにいるお前が悪い」と反撃されたそうです。病院で死亡してますので、病死に疑いはありませんが、安手の推理作家などがこのことを聞けば、さっそく「佐渡殺人事件」なる作品を書き出しそうです。そして、もう1つの驚きは、水曜日、9時から告別式がはじまり、坊さんが四人来て、お経を唱えだしてすぐに、お弁当が配られたのです。中身は、おにぎり二つと漬物と煮物です。「食べてください。食べてください」とせかしながら配っています。仕方ないので食べましたが、アレは何だったのでしょうか? 繰り返しますが、お経がはじまって、すぐです。南無南無やっている後ろでパクパク食べるのです。まったくもって奇妙なことです。親戚一同、不思議がっていましたが、誰もその正確な意味はしりません。久しぶりに見た佐渡の景色は息を飲むほどに素晴らしかったですが、写真を撮る時間はありませんでした。
2009年01月30日
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今日はサッカーネタを書きます。久しぶりにJリーグです。なかなかおもしろいニュースが流れていましたので……。元プロ野球選手・大洋で活躍した高木豊さんの息子二人がJリーグデビュー間近とのことです。僕は、あまり野球には興味ありませんが、高木豊の名前ぐらいは知っています。安打と盗塁が得意だったそうですね。この高木の息子二人、それぞれ高校一年と二年生ですが、ヴェルディユースに所属していて、プロデビューが近いそうなのです。彼には、もう1人中学生の息子がいるらしいですが、この息子もサッカーをやっているとか。新聞には、単に「ジュニアユース」としか書いてありませんでしたが、ヴェルディのジュニアに所属しているなら、相当の実力です。父親譲りの俊足を受け継げば、まあ、サッカー選手になっても不思議ではありませんが、揃いも揃って野球をやらずに、サッカーの道に進んだのが面白いですね。父は、そんな息子たちを、どう思っているのか?やはり自分の得意な野球を手取り足取り教えたかったのではないか、と想像してしまいます。むろん、高木ほどのスポーツ選手なら、サッカーの経験などなくても、サッカーの本質を見抜くのは訳もないでしょうし、息子たちにアドバイスもしたと思います。父の目から息子たちのプレーぶりを見たら、どうしても歯がゆく感じるものです。ついつい、しつこく言ってしまいます。しかし、おそらく息子たちは、父の言葉に感謝するどころか、逆に生意気にも、「お父さんにはサッカーはわからない。偉そうなことばかり言わないでよ」と反抗したはずです。そのときの高木の悔しそうな顔を思い浮かべると、微笑ましいというかなんというか……ともあれ高木ジュニアたちには、ぜひJの舞台で活躍してもらいたいものです
2009年01月25日
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結局、カカはミランに残りました。この決断には、世界中から称賛の嵐です。僕としては、高年齢化が進むミランに残っても守備の負担ばかり増えるので、いっそうのこと移籍し、自分中心のチームを作ってもらったほうがいいのに、と思わなくないこともありませんでしたが……。素晴らしいカカ……と称賛されるのは、大いに結構ですが、なぜかロビーニョが「金に汚い」などと罵倒されているようなのです。ロビーニョは、ブラジル代表選手です。今シーズン、レアルマドリーから、噂のマンチェスター・シティに移籍した選手です。ロビーニョ批判をしたのは、元イタリア代表監督のサッキです。サッキの他にも多くの人たちがロビーニョの移籍を批判していますが、まったくもって不思議です。今季のロビーニョは得点を量産しています。たしか、すでに12得点しているはずです。現在プレミアの得点ランク2位です。ちなみに1位はアネルカです。プレースタイルもマドリー時代とは、ずいぶん変わりました。マドリーにいた頃は妙にボールをこねくり回すヘンチクリンな選手でしたが、今はディフェンスの裏に飛び出して得点を量産しています。つまり進歩したのです。元々、持っていたスバ抜けたテクニックを得点するために使うようになったのです。そんなの当たり前だろう、と言われそうですが、意外とコレはむずかしいのです。テクニックをチームのために使わずに、ワンマンショーを演じたがる独りよがりの選手が、世界中にゴロゴロいます。ちなみにロビーニョは、レアル・マドリーでは不動のスタメンというわけではありませんでした。むしろスーパーサブ的な使われ方をしていたのです。しかし、今のチームでは絶対的なエースです。つまり、彼の移籍はいいことばかりです。あえてマイナスをいえばチームが弱いことです。この一点だけを取り上げて、ロビーニョは批判されているのです。ミステリーです。いくら強いチームにいても試合に出られなければ意味がないと思うのですが……。むしろ、試合に出られるかどうかもわからないのに、年俸のよさに釣られてホイホイ強豪チームに移籍していく選手のほうが、よほど浅ましいと思うのは、僕だけでしょうか?
2009年01月22日
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もし、自分がカカだったら……カカというのは、いわずと知れたサッカーブラジル代表選手です。彼は、現在、イタリアのACミランでプレーしています。カカはミランに愛着を持ち、今までも途方もない巨額オファーを数々のビッククラブから提示されましたが、一切、拒否し、ミランでキャリアを重ねています。このカカに、またもや、とてつもない移籍話が舞い込んだのです。イングランド・プレミアリーグ所属のマンチェスター・シティというチームが移籍金約120億円を、ACミランに提示したのです。下世話に言えば、120億あげるから、カカを売って、とACミランに持ちかけたのです。この移籍金というのは、チームに支払われます。現在は、その一割が選手の取り分だそうですが、カカは、それでもミランに残りたい、と言うのです。ちなみに書き添えておきますと、マンチェスター・シチィというチームは、プレミアで現在20チーム中15位のチームです。では、なぜそんな弱いチームに莫大な金があるかといえば、最近、桁違いのアラブの大金持ちがシチィのオーナーになったからです。この大金持ちがシティを、ご自身の財力で世界の強豪チームに仕立て上げたいと考えているそうなのです。そのためにカカがほしいそうです。ネットの書き込みなどでは、「偉大なる選手の行くようなクラブではない」とか、「お金でチームは強く出来ない」などと書かれていますが、僕の意見は違います。別にスーパースターだからといって、名門チームでプレーしなければならない、とは思いませんし、お金でチームは強くなります。「うまい選手を集めてもチームとして機能しなければ意味がない」という意見は当たってもいますし、外れてもいます。いい選手を集めたからといって、たちまち優勝できるとは限りませんが、少なくとも今よりは強くなります。ちなみにカカは、シティで充分、機能します。というより個人の力で得点を量産するはずです。主題から外れますので、なぜ得点を獲れるか、その理由は書きませんが……。移籍話に話を戻しますが、もし移籍がまとまればカカの代理人グループ(スタッフ)にも成功報酬40数億円が支払われるようです。スタッフの中にはカカの父親も含まれています。現在は世界同時不況の真っただ中です。ミランも、あまり経営が芳しくないようなことが書かれていました(事実かどうかはわかりませんが)。そういう事情もあり、ミランがカカにシティとの交渉の席に着くように許可(勧めた?)そうです。ありていに言えば、カカが移籍すれば、みんなが儲かるのです。しかし、カカ本人はミランに残りたがっています。120億、払うから、お宅の息子を、俺の養子にくれないか……どこかの大金持ちが、突然、そんな依頼を持ち込んできたら、その家庭は、たぶん崩壊します。サッカー界では、こういうことが平然と行なわれているのです。(もっとも……こういう巨額オファーに心を痛める選手は、実際のところ少なく、逆にヘンな裏取引めいたことをして、少しでも自分の年棒をあげようと企む選手が大半なのも、また事実ですが……)
2009年01月17日
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今年、最初の火曜日恒例のナイター練習に行ってきました。初練習と言いたいところですが、実は日曜日に練習試合に参加しましたので、それと合わせて、まあ、少しサッカーのことを書きたいと思います。日曜日の試合は、もちろんフルコートで、30分x2本=1時間でやりました。僕たちのチームは、例によって50歳代の人たちばかりで、その中に1人、30代の僕が入りました。対戦相手は、なぜか全員、30代と20代の連中ばかりです。なぜこんな亀田ばりのマッチメークになったのか、くわしい事情は知りませんが、そこが草サッカーのおもしろいところです。このメンバー構成をみれば、試合前からワンサイドゲームを覚悟しなければなりません。実際、その通りになりましたが、去年も、こんな感じの試合を数試合したせいで、免疫が出来ていたというか、今回は別にイライラすることもなく、気持ちよくプレーできました。ディフェンスの甘い草サッカーですので、どんなにワンサイドゲームになっても、10分に一度ぐらいはチャンスを作れます。いわゆるカウンターアタックというやつです。味方からのパスは期待できませんので、インターセプトを狙って、一気にスピードに乗るチャンスをうかがった結果、決定的なカウンターを二本も取れたのです。二本とも自陣までディフェンスに戻り、相手のバックパスをかさっらい、そのままトップスピードに乗りました。すると気持ちいいぐらいに中央をグイグイ突破できます。1本目のビッグチャンスは、キーパーと一対一まで持ち込みましたが、不覚にも最後の肝心なシュートを枠の外に転がしてしまいました。完全にキーパーの出鼻の逆をついたのですが、狙いが少しそれたというか、邪心というか、もらった、という思いが一瞬、頭をかすめて集中力をかいたというか……無念です。2本目も同じように長い距離をドリブルで持ち込み、最後は相手ディフェンダーと一対一になったところで、僕の右を駆け上がってきた味方にラストパスを送りました。完璧なラストパスです。味方の人も猛烈な勢いで走り込み、まるでアズーリ(イタリア代表)ばりに、たった二人でフィニッシュまで持ち込んだのですが……肝心のシュートを、この味方選手がミスしてしまいました。しかし自画自賛するわけではありませんが、パスを送った僕も、走り込んできた味方も、素晴らしいプレーだった、と満足しています。僕たちのチームが、点が取れそうなチャンスは、この2本だけでしたが、しかし相手に取られた点は2点です。0-2で負けたわけですが、僕個人としては、なかなか楽しくプレーできました。どんなに攻められていてもスピードに乗るチャンスが10分に一回ぐらいの割で訪れる、ということを知ったのも収穫です。今夜のナイター練習は、例により、また人数が集まらず、3対4の変則ミニゲームです。僕は三人チームに入りました。ボールコントロールは、なかなかよくなっていますが、毎度のことですが、ミニゲームだとヘンなパスミスをしてしまいます。狭いスペースにゴチャゴチャ人がいるからミスは仕方ないといえば仕方ありませんが、やっぱりヘンなミスはしたくないものです。息は切れました。自慢の走り込みも、まだまだ不足しているみたいです。ほとんど手を抜けないミニゲームですのでスタミナを消耗するのも無理もないといえば無理もありませんが、それでもやっぱりバテずに走り抜けるスタミナをつけたいものです。今年は、火曜日の同世代のメンバーの中で、確実に文句のつけようのないナンバーワン選手になるのが目標です。
2009年01月13日
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一泊二日の伊豆長岡旅行より帰宅しました。今回の宿選びは、「部屋から富士が見える」……です。初日は、ダメでしたが、二日目の朝(つまり今日)、見事に部屋から見えました。朝の6時30分頃です。僕は寝ていましたが、彼女に起こされました。いつもは寝起きが悪い僕ですが、今朝だけはパッチリと目が覚めました。たぶん僕の人生で初の経験です。部屋から富士山を見たのは……。しばらく眺めていると朝日が雪に反射し、ほんのすこしですが、紅富士になりました……もっとも紅富士と呼べるレベルではありませんが、この方角から見ると、富士に陥没部分があります。それと併せてご覧ください。ちなみに、このホテルは食堂からも露天風呂からも富士山が見えます。そして、今回は駿河湾越しの富士を撮ることも目標にしていましたが、それは不発です。雲が出てきて、富士山の形がハッキリしなかったからです。まずは沼津の港から……時刻は朝8時を過ぎたばかりです。その時間で、この雲です。そして、次は「かつらぎ山パノラマパーク」へ向かいました。ここのロープウェーイは迫力満点です山頂から富士山を眺めると、やはり雲が……真正面が富士です。無念ですただ、ここは富士なしでも、なかなかの絶景です。富士を右端に置いても、左端に置いても、素晴らしい景色が広がります。とはいえ、やはり富士を撮りたかった、というのが本音です。ところで遅ればせながら、かつらぎ山の葛城神社で初詣をすませて、おみくじを引いたら中吉でした。まあ、そんなものかな、と思わせるエピソードが旅行中にありましたので、ご紹介させていただきますね。実は初日、いつもの習性で、うっかり中央道に乗ってしまったのです。今回、僕が走るべき高速道路は、東名です。中央道は河口湖に続きます。初日の朝、首都高から富士山が見えたもので浮かれてしまい、とんでもないミスをしてしまいました。しかし、もはやどうにもなりません。「予定を変更し河口湖を通り、朝霧高原を抜けて、伊豆まで行く」と助手席に告げるアダチコジヤ。冷たい視線が向けられましたが、伊豆長岡の宿の人に聞くと、「今日はまるで富士山が見えませんでした」とのこと。つまり東名を予定通り走っていても、良いことはなかったのです。とりあえず河口湖からは富士山が見えましたしかし朝霧高原からは、雲に邪魔されてダメでした。どうも朝霧高原からの富士山には、僕は縁がないようで、まともに撮れた試しがありません。一箇所、目をつけている撮影スポットがありますが、富士が顔を出してくれないのですから、どうにもなりません。と、まあ、だいたいこんな旅行で、それなりに満足していますが、やはり「かつらぎ山」からの富士は無念です。たぶん、また近い将来、日帰りになるかもしれませんが、伊豆長岡を訪れるつもりです
2009年01月06日
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新年あけましておめでとうございます。アダチコジヤは元旦も仕事でした。むろん12月は休みなしで働きました。明日も仕事で、3日から6日までがお休みです。5日と6日は伊豆旅行に出かけます。数日前から伊豆の週間天気予報をチェックしていたのですが、旅行日は曇り予報でしたが、今夜、予報が変わって「曇り時々、晴れ」になりました。元々、週間天気予報などアテにしていませんが、なんだかいい方向に変わってきたようです。今年はツイてるかな、と単純にうれしくなりました。ツイているといえば年末年始にいいことが、それぞれありました。年末(30日)にグータラーさんにお会いしました。一年ぶりの再会です。グータラーさんは、年末、東京に格闘技の出稽古に来ていて、その忙しい合間を縫って、アダチコジヤに会ってくださりました。本当は29日の日中にお会いする約束をしていましたが、僕の都合でキャンセルしてしまったにもかかわらず、その翌日、快く舎人ライナーで舎人公園まで駆けつけてきてくれました。時刻は夜の7時30分です。道場でみっちり稽古した、その足でわざわざ出向いてくれたのです。そして厚かましくも凍てつくような寒さの夜の舎人公園でアダチコジヤと練習してくださったのですから、本当にグータラーさんという人は度量の大きな人です。前回のブログには、いろいろと練習風景の写真を載せましたが、今回は暗くて写真を撮れませんでしたので、それは省きます。元旦の今日のいいことは、舎人公園から富士山が鮮明に見えたことです。これは縁起がいい。舎人公園からは、その他にもいろいろな山々が見えますが、僕には、その知識がありません。図々しくも、当ブログに、その山々の写真を載せて、山と旅の達人ことhaihaiさんに教えていただこうと思っています。まずは、元旦の富士富士の向かって左の山は、以前、達人に教えていただきました。丹沢でしたね?富士の向かって右には数々の山が連なります。遠望と拡大写真を、それぞれ撮りました。さらにグルリと半周した場所には、こんな山も見えます。この山の名称は、僕でも想像つきますが、間違えていると恥ずかしいので、知ったかするのはやめておきます
2009年01月01日
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