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外郎売


2 御立会(おたちあい)の中(うち)に、
3 ごぞんじのお方(かた)もござりましょうが、
4 お江戸(えど)を立(た)って二十里(にじゅうり)上方(かみがた)、
5 相州(そうしゅう)小田原(おだわら)一色町(いっしきまち)をお過(す)ぎなされて、
6 青物町(あおものちょう)を登(のぼ)りへお出(い)でなさるれば、
7 欄干橋(らんかんばし)虎屋(とらや)藤右衛門(とうえもん)、
8 ただ今(いま)は剃髪(ていはつ)いたして、
9 円斎(えんさい)と名(な)のりまする。

10 元朝(がんちょう)より大晦日(おおつごもり)まで、
11 お手(て)に入(い)れまするこの薬(くすり)は、
12 昔(むかし)ちんの国(くに)の唐人(とうじん)、
13 外郎(ういろう)という人(ひと)、
14 わが朝(ちょう)へ来(きた)り、
15 帝(みかど)へ参内(さんだい)の折(おり)から、
16 この薬(くすり)を深(ふか)く込(こ)め置(お)き、
17 用(もち)ゆる時(とき)は一粒(ひとつぶ)ずつ、
18 冠(かんむり)のすき間(ま)より取出(とりいだ)す。
19 よってその名(な)を、
20 帝(みかど)より、
21 「頂透香(とうちんこう)」とたまわる。

22 すなわち文字(もんじ)には、
23 「頂(いただ)き、透(す)く、香(にお)い」と書(か)いて「とうちんこう」と申(もう)す。
24 ただ今(いま)はこの薬(くすり)、
25 ことのほか、
26 世上(せじょう)に広(ひろ)まり、
27 方々(ほうぼう)に似看板(にせかんばん)を出(いだ)し、
28 イヤ小田原(おだわら)の、灰俵(はいだわら)の、さん俵(だわら)の、炭俵(すみだわら)のと、
29 色々(いろいろ)に申(もう)せども、
30 平仮名(ひらがな)をもって「ういろう」と記(しる)せしは親方(おやかた)円斎(えんさい)ばかり、
31 もしやお立会(たちあ)いの内(うち)に、
32 熱海(あたみ)か塔ノ沢(とうのさわ)へ湯治(とうじ)にお出(い)でなさるるか、
33 または伊勢(いせ)参宮(さんぐう)の折(おり)からは、
34 必(かなら)ず門(かど)ちがいなされまするな。

35 お登(のぼ)りならば右(みぎ)の方(かた)、
36 お下(くだ)りならば左側(ひだりがわ)、
37 八方(はっぽう)が八(や)つ棟(むね)、おもてが三(み)つ棟(むね)玉堂(ぎょくどう)造(づく)り、破風(はふ)には菊(きく)に桐(きり)のとうの御紋(ごもん)を御赦免(ごしゃめん)あって、
38 系図(けいず)正(ただ)しき薬(くすり)でござる。

39 イヤ最前(さいぜん)より家名(かめい)の自慢(じまん)ばかり申(もう)しても、
40 御存(ごぞん)じない方(かた)には、正身(しょうしん)の胡椒(こしょう)の丸呑(まるのみ)、白河(しらかわ)夜船(よぶね)、
41 さらば一粒(いちりゅう)たべかけて、その気味合(きみあい)をお目(め)にかけましょう。

42 まずこの薬(くすり)を、
43 かように一粒(ひとつぶ)舌(した)の上(うえ)にのせまして、
44 腹内(ふくない)に納(おさ)めますると、
45 イヤどうも言(い)えぬわ、
46 胃(い)、心(しん)、肺(はい)、肝(かん)がすこやかに成(な)なりて、
47 薫風(くんぷう)咽(のんど)より来(きた)り、口中(こうちゅう)微涼(びりょう)を生(しょう)ずるがごとし、
48 魚鳥(ぎょちょう)、きのこ、麺類(めんるい)の喰合(くいあわ)せ、
49 そのほか、
50 万病(まんびょう)即効(そっこう)あること神(かみ)のごとし。

51 さて、この薬(くすり)、
52 第一(だいいち)の奇妙(きみょう)には、
53 舌(した)のまわることが、銭独楽(ぜにごま)がはだしでにげる。

54 ひょっと舌(した)がまわり出(だ)すと、矢(や)も盾(たて)もたまらぬじゃ。

55 そりゃそりゃ、そらそりゃ、まわってきたは(は)、回ってくるは(は)、アワヤ咽(のど)、
56 サタラナ舌(した)に、カ牙(げ)サ歯音(しおん)、
57 ハマの二(ふた)つは唇(くちびる)の軽重(けいちょう)、
58 開口(かいこう)さわやかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ、一(ひと)つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、盆(ぼん)まめ、盆米(ぼんごめ)、盆(ぼん)ごぼう、
59 摘(つみ)たで、つみ豆(まめ)、つみ山椒(ざんしょ)、
60 書写山(しょしゃざん)の社僧正(しゃそうじょう)、
61 粉米(こごめ)のなまがみ、粉米(こごめ)のなまがみ、こん、粉米(こごめ)のこ、な、ま、が、み、
62 繻子(しゅす)、ひじゅす、繻子(しゅす)、繻珍(しゅちん)、
63 親(おや)も嘉兵衛(かへい)、子(こ)も嘉兵衛(かへい)、
64 親(おや)かへい子(こ)かへい、子(こ)かへい親(おや)かへい、ふる栗(くり)の木(き)の古切口(ふるきりぐち)。

65 雨(あま)がっぱか、番合羽(ばんがっぱ)か、
66 貴様(きさま)のきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、
67 我等(われら)がきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、
68 しっかわ袴(ばかま)のしっぽころびを、三針(みはり)はりなかにちょと縫(ぬ)うて、ぬうてちょとぶんだせ、かわら撫子(なでしこ)、野石竹(のせきちく)。

69 のら如来(にょらい)、のら如来(にょらい)、
70 三(み)のら如来(にょらい)に六(む)のら如来(にょらい)、
71 ちょっとさきのお小仏(こぼとけ)に、おけつまずきゃるな、細溝(ほそみぞ)にどじょ、にょ、ろ、り、
72 京(きょう)の生鱈(なまだら)、奈良(なら)なま学鰹(まながつお)、ちょと四五貫目(しごかんめ)、
73 お茶(ちゃ)立(た)ちょ、茶(ちゃ)立(た)ちょ、
74 ちゃっと立(た)ちょ茶(ちゃ)たちょ、
75 青竹茶先(あおたけちゃせん)で、お茶(ちゃ)ちゃっと立(た)ちゃ。

76 来(く)るは来(く)るは何(なに)が来(く)る、
77 高野(こうや)の山(やま)のおこけら小僧(こぞう)。
78 狸(たぬき)百匹(ひゃっぴき)箸(はし)百膳(ひゃくぜん)、天目(てんもく)百杯(ひゃっぱい)棒(ぼう)八百本(はっぴゃっぽん)。

79 武具(ぶぐ)・馬具(ばぐ)・ぶぐ・ばぐ・三(み)ぶぐばぐ、
80 合(あわ)せて武具(ぶぐ)・馬具(ばぐ)・六(む)ぶぐばぐ、
81 菊(きく)・栗(くり)・きく・くり、三(み)菊栗(きくくり)、
82 合(あわ)せて菊(きく)・栗(くり)・六(む)菊栗(きくくり)、
83 麦(むぎ)・ごみ・むぎ・ごみ・三(み)むぎごみ、
84 合(あわ)せてむぎ・ごみ・六(む)むぎごみ。

85 あのなげしの長なぎなたは、誰(た)が長薙刀(ながなぎなた)ぞ、
86 向(むこ)うのごまがらは、荏(え)の胡麻(ごま)がらか、真(ま)ごまがらか、
87 あれこそほんの真胡麻殻(まごまがら)、がらぴいがらぴい風車(かざぐるま)、
88 おきやがれこぼし、おきやがれ小法師(こぼうし)、ゆんべもこぼして、またこぼした。

89 たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つつたっぽ、
90 たっぽたっぽ一丁(いっちょう)だこ、
91 落(お)ちたら煮(に)てくを、煮(に)ても焼(や)いても喰(く)われぬ物(もの)は、
92 五徳(ごとく)、鉄(てっ)きゅう、かな熊(ぐま)どうじに、石熊(いしぐま)、石持(いしもち)、虎熊(とらぐま)、虎(とら)きす、
93 中(なか)にも東寺(とうじ)の羅生門(らしょうもん)には、
94 茨城(いばらぎ)童子(どうじ)がうで栗(ぐり)五合(ごんごう)つかんでおむしゃる。

95 かの頼光(らいこう)のひざ元(もと)去(さ)らず、
96 鮒(ふな)・きんかん・椎茸(しいたけ)、定(さだ)めてごたんな、そば切(き)り、そうめん、うどんか、愚鈍(ぐどん)な小新発知(こしんぼち)、
97 小棚(こだな)の、小下(こした)の、小桶(こおけ)に、こ味噌(みそ)が、こ有(あ)るぞ、こ杓子(しゃくし)、こ持(も)って、こすくって、こよこせ、おっと、がてんだ、心得(こころえ)たんぼの、川崎(かわさき)、神奈川(かながわ)、程々谷(ほどがや)、戸塚(とつか)は、走(はし)って行(ゆ)けば、
98 やいとを摺(す)りむく。三里(さんり)ばかりか、
99 藤沢(ふじさわ)、平塚(ひらつか)、大磯(おおいそ)がしや、小磯(こいそ)の宿(やど)を、
100 七(なな)つおきして、早天(そうてん)そうそう、相州(そうしゅう)小田原(おだわら)とうちん香(こう)、
101 隠(かく)れござらぬ貴賎(きせん)群集(ぐんじゅ)の、
102 花(はな)のお江戸(えど)の花(はな)ういろう、
103 あれ、あの花(はな)を見(み)て、お心(こころ)を、おやは(わ)らぎゃという、
104 産子(うぶご)・這(は)う子(こ)に至(いた)るまで、
105 このういろうの御評判(ごひょうばん)、
106 御存(ごぞん)じないとは申(もう)されまいまいつぶり、
107 角(つの)出(だ)せ、棒(ぼう)出(だ)せ、ぼうぼうまゆに、
108 うす、杵(きね)、すりばち、ばちばち、ぐわらぐわらぐわらと、
109 羽目(はめ)をはずして今日(こんにち)お出(いで)での何茂様(いずれもさま)に、
110 上(あ)げねばならぬ、
111 売(う)らねばならぬと、
112 息(いき)せい引(ひ)っぱり、東方(とうほう)世界(せかい)の薬(くすり)の元締(もとじめ)、
113 薬師(やくし)如来(にょらい)も照覧(しょうらん)あれと、
114 ホホ敬(うやま)って、
115 ういろうは、いらっしゃりませぬか。


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