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ぽかぽか休日。いつものように子どもたちと近くの公園へ。お昼を食べてまったりしていたら、なにやら遠くに人だかりが。ときおり、「わー」とか「おおー」とか聞こえてくるので、子どもたちも我慢できずに走っていった。芝生にできた小さな人だかりの真ん中で、小柄なお兄さんが大道芸をしていた。息子たちは大人の隙間からするすると最前列へいってちょこんと座っている。やっぱり子どもには大人気で、沢山の家族連れが集まっていた。私はちょっとだけ後ろから、腕組してじっと見ていた。小さなボールを三つ、四つ、五つと増やしていくお手玉のようなジャグリング。わかり易いけれど、逆に難しさはあんまり伝わってこない。つぎに、ビデオテープ大の箱を三つから四つ左右の手で挟んで箱を移動させるもの。箱の一番小さい面で挟むので、相当難しそう。これも、難度の割には地味な芸なので、子どもたちの反応はイマイチ。その日は、まるで夏のような暑さで、全身黒ずくめのお兄さんはすでに汗びっしょりになっていた。次に棒についた紐でまわす「中国ゴマ」(茶碗を二つ底同士くっつけたようなもの)が始まった。勢いをつけて、空高く放り投げる。予想を遥かに超えて、高く上がるコマ。大きめの木の高さを軽々超えていた。「おおー」あがる歓声。このあたりから、お客さんを掴みだして、人だかりの輪が一つにまとまってきた。公園なので、あちこちから人が集まってきて、お兄さんの周りは、360度お客さんが囲んでいる。いわゆる「マジックショー」なら、タネと仕掛けの関係でこうやって全方位的に見られることもないだろう。そこは、大道芸。どこからみても、もちろんタネも仕掛けもない。実際、コマをキャッチするところで、一回失敗。「演出かな」とちらっと思ったけど、まとまってきた場の雰囲気から考えて、そのタイミングでわざわざ失敗させる必要もないだろう。間髪いれず再挑戦して、大技を成功させた。そのとき、ふとウン十年前に高校の卒業旅行で見た「上海雑技団」の公演を思い出した。公演といっても、テーマパークの片隅でやっている、小ぢんまりとしたショーだった。薄暗い仮設のテントの中、歩き疲れた私たちは休憩がてら、その演技を見ていた。お客さんもまだら、特に司会などもなくて、淡々と演技が続けられていた。玉乗りや様々なバランス芸。いわゆるテレビでやっている「中国雑技団」でおなじみのショーだった。そして、おそらく最後の演目として、これもまたおなじみの人間タワーが始まった。寝そべって両足を挙げた体格のいい男性。その足のうえに、板。その上にコロコロ転がる円筒。その上にまた板。その上に逆立ち。その上に、ハシゴ。その上に・・・。とバランスにバランスを重ねて、小柄な子どもたちが上へ上へと登って行く。それがそれが。途中で失敗するのだ。「がちゃーん」と大きな音をたてて。そのたび、板やら、ハシゴやらが舞台に投げ出される。その音があまりに大きいので、だらだらと見ていた私たちも心配になってきて、気がつけば舞台に釘付けになっていた。はっきりいって、テレビでみるそれは、そんなに失敗しない。それが「中国雑技団」のはず。演出?と思ったけど、高校生の私の目で見て、それは「わざと」のようには見えなかった。数回の失敗を繰り返しても、まだ演技は続く。なんの説明も、司会もないので、演技者と観客はただ無言でその成功を祈るようになった。そして、とうとうタワーが完成した。数少ない観客から、拍手が沸いた。その遠い記憶と、目の前の大道芸人のお兄さんが重なった。その時私の頭に浮かんだ言葉。「晒す(さらす)」。その時、その瞬間の自分を「晒す」。360度囲まれたその輪の真ん中で、自分を晒す。逃げ場のない空間で、自分の一部となっている「芸」を晒す。そのパワーに胸が震えた。とうとう最後の演目、火の着いた、たいまつをジャグリングするという荒技になった。そこでお兄さん「この技、一人ではできませーん、どなたか手伝ってもらえませんか」と。私、真っ先に手を挙げる。で「おねーさん!お願いします」、とご指名。息子たちも大喜び。まず、低めの台に円筒を横たえてゴロゴロ転がす。その上に板を置く。とりあえずは板の上に立って、バランスを取るのだが、そこまでもなかなか難しい。左右の足で絶えずぐらぐらバランスを取りながら、少し安定してきたところで、私が火のついたたいまつを渡す。私の役は燃え盛るたいまつを3本、持って渡すだけだが、「熱いので」と分厚い手袋を渡された。確かに熱いし、かなり重い。何とかお兄さん、バランスとれてきたので、「おねーさんお願いします」といわれ一本ずつたいまつを渡した。熱い。とにかく熱いんですけど。想像以上に熱いたいまつを渡そうとしたお兄さんを見てびっくり。頭の先から、足の先まで、汗びっしょり。どこかの池にはまって出てきた人みたい。その状態で、三本の火のついたたいまつをぐるぐると回し、観客の大歓声の中、演技終了。終わったあとお礼にと小さな人形をもらった。「とってもよかったです!」と声をかけると、演技中とは打って変わって無口な恥かしがりのお兄さん。でもね、私、ちょっと感動したんだ。「本物だ」って思って。そうやって、自分を人(それも不特定の)の前で晒す、ということで生計を立てる生き方がある。もちろん、仕事をしていたって、家庭にいたって、自分を晒さずにはいられない時だってある。ただ、対象はもう少し限定的だし、逃げ場もそれなりにあるような気がする。たとえ、その限られた時間にせよ、自分のそのままを「晒す」。そこには、大きな覚悟というか、真剣さが確かにあって、日々の小さな闘いの中、生きている私たちに力をくれた。のんびりとした休日の午後。小さな感動をもらって、また観客はばらばらと公園へと散って行った。
2009年04月17日
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