あい・らぶ・いんそん

別離6



やがて医者も看護婦も帰り、ベッドに永眠るイヌクのそばでただ一人、

スジョンが付き添った。静まり返った部屋に、静かな波の音だけが聞

こえてくる。

穏やかに微笑んでいるかのようなイヌクの顔が、スジョンをなお悲し

くさせた。

名前を呼べば今にも起きてきそうな・・・それほど安らかな顔だ。

涙が涸れるほど泣いても、また涙が溢れてくる。

(初めてあなたに会ったのはこのバリだったわね。タクシーに乗せて

もらって、途中で降ろされたわ。私がバリから帰るとき、あなたも同

じ飛行機で、隣の席だった。住まいまで・・・隣同士になって・・。

あのころは、運命だと思っていたわ・・・私ね・・・ほんとうにあの

頃あなたが好きだったのよ。)

スジョンは心の中でいつまでも、イヌクに語りかけていた。

イヌクの愛に応えられなかった償いと、死という命の儚さに、ひとり

寄り添うことでスジョンの心もまた、救われようとしていた。

(寂しくないわね・・・私がついているわ・・)

スジョンはイヌクの頬をそっとなでた。

冷たくなっている頬が、その死が嘘ではないことを物語っていた。

スジョンが着たウエディングドレスを、イヌクの横に一緒に眠るよ

うに並べ

(私があなたを思う心を、このドレスと共に連れていってください。)

と言いながら、クロスのペンダントをそっとイヌクの手に掛けた。

スジョンは、自分を命がけで愛してくれたイヌクに、惜別の思いをた

だ一人募らせるのだった。



2日後、やがてジェミンも駆けつけて、イヌクを見送った。

ジェミンはイヌクの遺髪を手にとり

「いつか故郷に帰してやろう・・・」

と言って、そっとしまうのだった。

立っているのがやっとのスジョンを抱きかかえ、ホテルの部屋に戻ると

「大丈夫か?」

と、ジェミンが気遣う。

スジョンは遠くを見つめ、ただ黙って座った。

「辛かったろうな・・・」

ジェミンはイヌクを見送った、スジョンの気持ちを思いやった。

「少し休むか?」

「ええ・・」

スジョンはリビングにある、籐の長椅子に横になった。

目を閉じると波の音が聞こえ、潮風がささやくようにスジョンを包んだ。

長い、長い旅がようやく終わろうとしているのだろうか・・愛憎という

旅路の果てが、イヌクの死だったのだろうか・・・スジョンは、あまり

にも儚いイヌクの命に涙した。

『イヌクさん・・・さようなら』

心の中でスジョンはイヌクに別れを告げた。



数日後、弁護士がすべてを手配するというので、二人はニューヨークに

帰ってきていた。

帰ってきてからも、疲れの色が隠しきれないスジョンを心配して

「暫く家でゆっくりしていた方がいいぞ」

と、ジェミンが出かけに言った。

「ええ・・でも久しぶりにジュリに会いたいから・・少しだけ出かけ

てくるわ。」

気晴らしも良いかと・・・言ってジェミンは出かけていった。

何もかもまったく変わらない二人の生活が、返ってきたかの様に思えた。

しかし一人になると、イヌクの事が思い出されてならなかったスジョンは、

急いで支度を終えると部屋を出た。

イヌクの終焉を見送った時の悲しみが、スジョンの心深くに刻み込ま

れていた。

それは忘れたくても忘れられるものではなかった。

「時間が必要だ」

ジェミンに優しく慰められても、ぽっかり空いた心の中が辛かった。



「久しぶりね。スジョン・・・あなた少し痩せたんじゃない?」

「ちょっと色々あったから・・。ねえ、今日はお店休みでしょう。どこか

出かけない?」

「あなた大丈夫?顔色も良くないわよ。まともに食べてないって感じ

ね・・。」

ジュリが心配して言った。

「大丈夫よ・・。」

「わかったわ、それならまずショーンの店でランチを食べてから、映画

でも行こうか・・見たい映画があったのよ。」

「そんなことを言って・・・ほんとうはショーンの顔が見たいんでしょ」

二人は笑いながら、ショーンの店に行った。

スジョンはわざと明るく振る舞った。

「やぁ、スジョン久しぶりだな。ジェミンは元気か?」

「えぇ・・あなたやジュリにも色々心配をかけたわ。」

「どうってことないさ・・。今日のランチはスペシャルにしてやろうか」

と厨房から顔を覗かせてショーンが笑った。

「ダーリンもランチに誘えば良かったのに・・・」

「今度ね・・」

ジェミンがスジョンを気を遣ってくれていることに、少し申し訳なさを

感じていたのだった。

「あら・・スジョンったら、少しはダーリン離れできつつあるのかしら?」

とジュリが笑った。

やがて、テーブルにグリルが運ばれてくると、その臭いでスジョンは急

に気分が悪くなった。

思わず洗面所に駆け込むと、ジュリが心配をして追ってきた。

「大丈夫?」

スジョンの様を見て、ジュリが言った。

「スジョン・・あなたもしかしてベイビーができたの?」

スジョンは全身から血の気が引いていくのを感じ、その場に倒れ込んだ。

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