あい・らぶ・いんそん

別離7



スジョンが気づくと、ショーンの店にある仮眠室に寝ていた。

目覚めたスジョンの額に、ジュリが冷たく絞ったタオルをのせながら、

「ダーリンに電話しようか」

と、言った。

「ううん・・ただちょっと疲れているだけよ・・心配しないで。」

スジョンは、そう言って、

「ごめんなさい、今日は帰るわ・・」

と立ち上がった。

まだ顔色の悪いスジョンを気遣い、ジュリが送っていくと言ったが、

スジョンはそれを断って一人で帰っていった。

「スジョンの様子がおかしいわ・・・。」

心配になったジュリはジェミンに電話をした。


スジョンは一人、まるで彷徨い歩くかのように呆然と家に帰った。

ドアを開けて部屋にはいると、さっきまで何も変わらないと思っていた

ものすべてが急に色あせ、自分の手には届かない遠いもののように

感じたのだった。

スジョンの頭にはジュリの「ベイビーができたのね」という言葉ばか

りが、駆けめぐっていた。

ほんとうにそうだったら・・。

それは、心のどこかで恐れていたことだった。

ふるえが止まらない自分の体をスジョンは自分で抱きしめ、これで

ジェミンとの生活が終わるのだろうか、と恐怖にも似た絶望感を味

わっていた。

病院へ行かなければならい・・・しかし、もしもそうだったら・・スジョン

は一人思い悩んでいた。真実を確かめる勇気が、今のスジョンにはなかった。

スジョンの中で、イヌクに抱かれたあの晩が鮮明によみがえる。


『どうして・・こんなひどいことを』

あのときスジョンが泣きながら、イヌクに言った言葉だった。

初めてイヌクを憎いと思ったが、今にして思えばそのときのイヌクの心の

痛みがわかるスジョンだった。

消えゆく命を前に・・・そう思うと、ただ涙だけが溢れ先に進むことも、

戻ることも許されない暗闇の中で、イヌクを許すことしかできなかった。

暫くすると、ジェミンはジュリから連絡がはいるとすぐに帰ってきた。

「大丈夫か?」

「どうしたの?」

「ジュリから連絡があった・・おまえが倒れたと。」

スジョンは気丈に笑って答えた。

「ジュリがオーバーなのよ」

しかし、泣きはらしたように見えるスジョンの顔をみると

「いいから少し横になれ。」

ソファに座るスジョンを抱き上げて、ベッドに運んだ。

スジョンが少し軽くなったように感じ、ここ数ヶ月のスジョンの苦悩を思

い、ジェミンの心が痛んだ。

(イヌクのもとにやって良かったのだろうか・・・)

ジェミンはふと、スジョンの心の傷を思うのだった。

何故かよそよそしく感じるスジョンに、一抹の心配をしながらも今は見守

るしかないと思っていた。

「熱はないな」

スジョンの額に手を当て、ジェミンはそっと胸をなでおろした。

額から手を離そうとすると、スジョンがその手を握って自分の目を覆った。

ジェミンの指の間から、スジョンの涙が幾筋も流れておちる。

「どうした?」

ジェミンが優しく聞いた。

その優しさが、スジョンの心をいっそう締め付けた。

スジョンは何も言わず、ただ泣いているだけだった。

「何か心配事でもあるのか?」

それでも何も言わずに泣くスジョンに、ジェミンは不安を感じた。

「俺じゃだめか?」

するとスジョンは、いきなりジェミンにしがみついて泣いた。

「あなた・・愛しているわ。ほんとうに・・愛しているわ。」

ジェミンはイヌクを見送って、スジョンの心が乱れているのだと思った。

「ああ・・俺も愛しているよ。これからはもっと幸せになろうな・・。」

そう言ってしっかりと、スジョンを抱きしめたジェミンだった。

「時間が必要なんだ・・焦らず、ゆっくり傷は癒せばいい・・いつでも、

俺がおまえのそばにいるよ」

ジェミンの優しい言葉に、スジョンの切なさがいっそう増していく。

(もしかしたら・・・もうあなたとの時間もなくなるのかも知れない・・)

スジョンは今にも壊れそうなこの幸せが、いつまで続くのかとジェミンの

腕に抱かれながら思っていた。

(夢であってほしい・・・)

自分ではどうすることもできない運命に弄ばれるかのように、ただその

ときを待つしか術がなかった。

(どうしてこの幸せを捨てられるというのだろうか・・。)

悲しみが押し寄せる中、そうとは知らずジェミンは優しくスジョンに

キスをした。


それから数日スジョンは思い悩み続け、ようやく病院へ行く決心をした。

いつかは確かめなければならないことだった。真実と向き合わなければ

ならなかった。


「おめでとうございます。」

医師の笑顔に、スジョンは奈落の底に突き落とされた。

イヌクを見送り、心の傷を癒すまもなくスジョンに訪れた苦悩だった。

別離8へ



© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: