とある田舎の喫茶店

とある田舎の喫茶店

うそ







「てめ、どういうことだおい! お前がぼったくられたって言うからその店に苦情言いに行ったら、逆にお前がはした金を置いて強引に武器を持っていったって言われたぞ! お前がちゃんと払わなかった分を無理矢理払わされたせいで俺の懐が寂しくなっちまったじゃねえか。お前、また嘘つきやがったな。返せ。今すぐ俺の金を返せ!」

 こんなPCの往来の激しい街中で怒鳴り声をあげるなんてみっともないとわかっていながら、俺の声帯は理性という歯止めを受け付けなかった。

「そんな怒らないでよぉ~。リクルスってばこわいよー」

 目に見えて小さくなる相手の女の子。名をハネルという。その姿は子猫のようで、保護欲をそそられるのか街行く男たちはその大半が何事かと視界におさめては通り過ぎている。そのうち声をかけてくる輩がでるだろうということは想像に難くない。
だが騙されるな、女に飢えた男共よ。
 告白されたらどんな男でも落ちてしまうような美少女だが、こいつはとんだ化け猫なんだ。

「かわい娘ぶってんじゃねーよ! そんなことして俺が許すとでも思ってんのか!」
「ごめんなさぁい。謝るから許してぇ~」

 上目遣いで手をもじもじさせるというまたベタなリアクションをとるハネルに、俺は頭に血が上るあまり言ってはいけないことを言ってしまった。均衡を破る言葉を。

「ふ・ざ・け・る・な。それ以上なめたこと言うならてめえの正体今すぐここでぶちまけるぞ」

 するとハネルは俺の手の中に自分の手首をすべりこませてあろうことか突然大声をあげやがった

「いや、やめて! 離してください!」
「……は? ちょ、ちょっと待てお前何を……」

 今の光景を見たものはだれもがこう思っているはずだ。
 野蛮な男が可愛い女の子を無理矢理引きとめている。
 それを理解した瞬間、それまで頭のてっぺんまで上りつめていた血がサァーと引いた。
 おいおいこんな人気の多いところでそんなことをしたら……。

「おいっ、お前、その娘嫌がってるだろうが。その手を離しやがれ」

 案の定、正義感だかこいつの外見に惹かれただか知らないが来なくてもいい奴が来やがった。

「いや、これは違うんだって。こいつが……」
「助けてください! この人が手を離してくれないんです!」

 耳を疑った。そのどこまでも純粋に見える懇願の目を向けられた男はすっかりとだまされたのか俺に敵意の目を向けてきた。

「てめえ、男の風上にも置けねえ野郎だ。俺がお灸をすえてやる。……嬢ちゃん、今のうちに逃げな」
「ありがとうございます。ああ、なんとお礼を言っていいのか…。今度是非お礼をさせてください。私はいつもマク・アヌにいますから」

 そう言い残してハネルは人混みの中へと入っていった……って。

「ちょっと待てこらー! もどってきやがれ! おい! ハネル!」

 俺が叫んだ時にはすでに彼女の姿は見えなくなっていた。
 呆然とハネルが消えた場所を見つめていると肩を叩かれた。

「おい、兄ちゃん、ちょっと路地裏で話しようや」
「……はい」

 ゴリラのような迫力に負け、俺はすごすごと男の後をついていった。
 その後俺がどんな目にあったかは聞かないでくれ。







                 ■





 まったくこんな気分は中学の時にガラスを割った犯人だと勘違いされて担任教師に説教を受けた時以来だ。なんだって俺がこんな目に。
 みっちりとお灸をすえられた俺は今やすでに解放され、マク・アヌの象徴とも言える川のほとりに足を下ろしていた。

「よお、リクルス」

 ふいにかけられた声に振り向けばそこにはハネルがいた。
 俺の横に同じように腰掛けたハネルに俺は顔をしかめた。

「てめえ、よくものこのこと顔を出せるな」
「なんだよまあだ怒ってんのか。ちょっとしたおふざけだろ」
「ふざけんなこの性悪ネカマ野郎。お前のせいで俺がどんな目に遭ったのか教えてやろうか」
「おう、是非聞かせてくれ」
「……やっぱいい」

 ああ、ネタ晴らしの時間だ。この超絶アイドル級美少女の中身はな、男だよ。しかも高校2年生である俺よりも年上の、現在キャンパスライフを満喫中の大学1年生だ。リアルで会ったことはないが写メを交換して顔も知っている。普通に男だったよ。
 ネカマだと告白された時はそれはもう地獄に叩き落されたかのような気分だったさ。
 しかもリアルがそれなりにかっこいいところがさらにムカツキポイント10%増だったよ。……いや、まあ不細工だったら不細工でもっとショックだったかもしれないがな。どちらにしろ俺の精神的ダメージは大きかった。
 それ以来この女、もといこの男はときどきリアル口調になり、俺に嘘をついたりして遊ぶようになったのさ。さっきみたいにな。

「もういい加減俺の良心につけこむのはやめてくれよハネル……。俺はもうクタクタだ」
「あれぇ~? そんなこと言っていいのかなぁ?」
「うっ……」

 小悪魔のような顔で迫ってくるハネルに、言葉につまる自分が情けない。
 そうだよ、わかってるよ、こいつがこういうやつだってことは。俺だって一ヶ月もこいつと一緒にいるんだ。「ぼったくられた」なんて言う言葉を疑わないわけがない。
 だけどさ、ムリなんだよ。逆らえないんだ。
 逆らおうとするとこいつは躊躇なく脅してくる。この可愛らしい外見を使って痛い目に合わせるぞ、とな。さっきのがいい例だ。
 信じられるか? 普通はほどほどにするだろ? こんなことばっかりしていたら普通は本気で嫌われちまうからな。だけどこいつに常識は通じないんだ。俺が自分を本気で嫌いになることはないと思っていやがる。

「まあ今日は十分楽しんだからいいや。どうする? ダンジョン攻略でも行く?」

 そう言うハネルの顔に、俺は不覚にも見惚れてしまった。あまりにも完璧すぎる女の子の笑顔。
 俺は今まで心の中で何度となく思ったことをまた思ってしまった。
 こいつが本当の女だったらよかったのに。






                     ■







「おらおらおらおらおらぁ!」
「わっ、馬鹿、つっこむな! ええい、リプス!」

 二つの声とモンスターの断末魔の叫びがダンジョン内に響きわたる。
 ちなみにはじめのほうの声がハネルだ。
 エリアに出て戦闘になると重剣士のハネルが前衛で呪紋使いの俺が後ろで回復役を務めている。
 ハネルの闘いっぷりときたら男顔負けで、まあリアルは男なんだから当然なんだが、その威勢のいい声からはハネルがネカマだということが垣間見えたりする。

「ちょろいちょろい」

 鼻をならしながら重剣を一振り。ハネルはこちらへと振り返った。

「さあ! 次も張り切っていこっ!」

 こんな可愛い顔してなかなか勇ましい奴だ。まあ再三にわたってくどいようだが、こいつは男なのだから勇ましくても別段おかしくはないのだが。
 それにしても。

「前から思っていたんだけどさ」
「ん? なに?」

 小首をかしげながらそのクリクリした目を向けてきたハネルに、俺は呆れ顔を作りながら言ってやった。

「お前って戦闘になると地が出るよな。なんつーか男らしいっていうか。戦闘の時だけはそんな顔していても全然女っぽく見えねえ。やっぱお前も完璧にはロールできねえんだな」
「え……」

「おらぁ!」とか「おおりゃあ!」とか。ハネルは戦闘の時だけはやたらと男らしい。ネカマだと告白されてからそれについて考えた時は「あえて男っぽくしてふざけているのか?」とも思ったが、よく観察したところそうでもないらしい。どうやら本当に素が出ているらしく、戦闘終了後にはちゃんと女の子口調にもどっていたりするのだ。

「お前見てるとさ、よく本当の女かと錯覚するときがあるんだよ。だけど闘ってるときのお前を見てると「ああ、こいつってやっぱ男なんだなー」って思ったりもするわけよ」

 「今更だけどな」と付け加えてハネルの顔に笑顔を向けてやった。
すると

「ふーん、リクルスってやっぱり馬鹿なんだな」
「……は?」

 なぜにいきなり「馬鹿」という単語が出てきたんだ??
 しかもいつもの女の子ロール忘れてるし。

「戦闘中に男らしくしているのはわざとだっつーの」
「いや、だってそこだけ男らしくしてる意味わかんねえんだけど。しかも一度だけじゃなくていっつもだし。ってか、何度もやってるとさすがにおもしろくねえぞ?」

 一度だけなら「うわ、こいつってやっぱり男なんだ、がっくり」となるが、こう何度もされるとさすがに慣れてしまう。ハネルにしてはいたずらの程度が低すぎるように思える。

「やっぱり馬鹿だ、リクルスは。私がわざとだって言っているのに信じないなんて、人間不信にも程があるんじゃない?」

 ここでやっと気づいた。ハネルの顔がさきほどまでの笑顔と打って変わって今まで見たことがないほどに冷めている。
 氷のような表情はその造形の美しさからか絵にはなるが、普段笑顔ばかり見ているせいかギャップが激しかった。
 俺はそれに内心で戸惑いつつも普段どおりに返した。

「いや、人間不信ってお前にだけは言われたくねえっての。俺をいつも騙してるのはどこのどいつだよ」
「騙してる? ふざけてるだけでしょ? ゲームでふざけて何が悪い? それともゲームって真面目にやらなきゃいけないのか?」
「なんだよその極端な意見は。俺が言ってるのは、お前はいつも俺に嘘ついてるから、俺に自分を信じろとか言っても信じられるわけねえだろってことだよ」

 言いながら俺は思っていた。なんでこんなことをいちいち説明しなきゃいけないんだ?
 それになんでこいつはケンカ腰なんだ。話し方も男と女がぐちゃぐちゃになってるし。はっきり言って気分が悪い。馬鹿馬鹿言いやがって。いくら仲間だからって言っていいことと悪いことがあるだろ。
 内心ではそう思っていても、俺はそれを言葉には出さなかった。なんとなく、喧嘩になるのはいやだと思っていたから。
だが次のハネルの言葉で俺の血圧は一気に上昇した。

「ふーん、あっそ。リクルスって本気で私のこと信じてないんだ。仲間のこと信じられないなんてロクな人間じゃないね。そんな性格じゃ友達なくすよ?」
「おい、てめえ自分が今何言ったかわかってんのか?」
「なにが? わかってるよ。それがなに?」

 あくまで自分の発言は正しいという姿勢に、俺はついにキレた。

「そんな性格じゃ友達なくすだ? ふざけんなよ。いつも嘘ついて「いい加減やめてくれ」っつってもその外見を使った脅しをやめないネカマ野郎はどこのどいつだ? そんな性格していて友達が自分を離れていかないとでも本気で思ってんのか? ばっかじゃねえの」
「―――っ」
「お前が本当に女だったらウソつかれてふざけて脅されても可愛いもんだよな。だけどてめえは男だろうが。俺がいつまでもお前のその外見にデレデレして優しくしてやると思ってんじゃねぇよ。俺がしょうがなくお前のおふざけにつきあってやってるってことに気づいてなかったのか? ハッ、笑えるぜ」

 本音だった。ネカマだと明かしてもいつまでも俺にロールを使ったおふざけという名の脅しをしてくる。それに対してうんざりしていたのは本当だ。
 素の男として接して他愛のない話も今までほとんどしたことがない。それはつまり俺に心を開いていない。俺を「ネカマだと知っているのにその外見に翻弄されている馬鹿な男」だと、ただのおもちゃだと思っているのではないかと、そういう苛立ちが俺の中にはあった。
 いい加減素を出して話くらいしてくれてもいいと思っていた。
 だから、ハネルの言葉が引き金になり、思っていたことを全部吐き出した。
 そうすることでハネルも素を出して反論してくれるのではないか。そう思いながら言葉を吐いた。
 なのに


 ハネルの目には涙が浮かんでいた。


 一瞬、俺は「女の子を泣かしちまった」と思ってしまった。だがすぐに「こいつは男だぞ」とはっと我に返り言葉を吐き出そうとしていた。「なんだ? 今度はか弱い女の子の振りして嘘泣きか?」と。
 しかし、出なかった。

―――両腕を己の体にピッタリとつけ、その先にある手は固く拳をにぎってわずかに震えていた。
―――唇をぎゅっと結びながら向けられた瞳は、まっすぐと俺の目を見つめていた。

 そのハネルの姿が、あまりにもリアルだったから。
 俺が言いあぐねている間に、ハネルはこちらへとキッと視線を向け、固く結ばれていた唇を紐解いていた。


「リクルスの馬鹿!」


 そう言い放って、ハネルはパーティから抜け、俺の前から去ってしまった。


 その日、俺はハネルと二度と会うことはなかった。






            ■





 あれから一週間ほど経った。ハネルからの連絡はなく、こちらからも連絡は取っていない。
 一週間、俺は考えて、その結論を出した。

 ハネルは女だ。

 ネカマだというのは嘘なのではないか。はじめはそう疑問に思い、いずれは確信に変わっていった。
 ネカマだと嘘をついても、俺にロール……女の子を演じているというロールを続けることはたやすいはずだ。実際に、ハネルが女だったのなら。ネカマだと思い込ませるにはたまに男の素振りを見せてやればいい。それが逆に信憑性を増す。……まあその代償に俺の不信感を増幅していったわけだが。

 一週間前、俺の言葉で泣いたハネルは演技などしていなかった。
 ハネルが男だったならば笑い飛ばすか、傷つくにしても泣くようなことはなかったと思う。
 それになにより、あの時のハネルが、俺には女の子にしか見えなかったのだ。前提でネカマだと考えていてもなお。

 そしてハネルが女の子だったと仮定すると、俺はとんでもないことをしてしまった、と思うようになった。
 戦闘の時のハネルが地だったとして、さらにハネルが女の子だったとすると、俺は女の子に向かって「女の子らしくない」と言ったことになる。しかもふざけてではなく、本音でだ。そうすればあの後ハネルの機嫌が悪くなったのもうなずけるような気がした。

 すべては俺の仮説だ。信憑性があっても証拠はない。だがもし、それが正しいとしたら。
 そんなこと、深く考えるまでもない。俺は最低だ。


「ハネル……来てくれるかな……」

 昨日、俺はハネルにマク・アヌ、いつも二人でいる川のほとりに来てくれるようにメールを送った。
 そろそろ待ち合わせの時間だ。
 もし来てくれるのなら、ハネルに本当のことを聞いて、もしハネルが女の子だったならば、心の底から謝ろう。そう決めていた。
 無人の船が目の前を通り過ぎたとき、俺はふいに気配を感じ振り返った。
 そこには予想通り、彼女がいた。

「ごめん、待った?」
「いや、そんなに」

 自然と俺の横に腰を下ろした彼女は、しばらく俺の顔を見ずに、キラキラとオレンジ色の光を反射する川面を見つめていた。
 するとふいに

「私、リクルスに嘘ついてる」
「……」

 何も言わずに、ハネルが言葉を続けるのを待った。

「私ね、ネカマなんかじゃない。リアルも、女なんだ。送った写メね。あれ、兄さんなの」

 やっぱり。内心で「よかった」と思う自分がいた。
予想が合っていたからじゃない。なんというか。ハネルが女の子だったということ自体にだ。
 それと同時に、俺はあることを思っていた。

「はじめはね、すぐにネタ晴らしするつもりだったんだ。だけどおもしろくて、そのうちやめようと思ってもいつ言えばいいのかわからなくて。いきなり嘘でしたって言ったら今までのリクルスとの関係が全部嘘になっちゃうんじゃないかって思った。だから、私が嘘つきになれば、そのことを告白しても笑い飛ばしてくれるんじゃないかって、そんな調子のいいこと思ってた。だけど結局、あんなことになっちゃって……」

 彼女の言葉に嘘がないことくらい、火を見るよりあきらかだった。

「あの、リクルス」

 ひとつ、俺の心臓が大きく高鳴った。だめだ。言わせちゃ駄目だ。

「ご…」
「ごめん」

 ギリギリのところでなんとか言った。

「謝るのは俺のほうだ。あんなひどいこと言って。ごめん」

 ハネルの目をまっすぐ見た。
 キョトンとしていた彼女だったがすぐにその表情を崩し、にこっと微笑みをつくってくれた。
 その笑顔は正真正銘女の子の笑顔で、世の男どもを例外なく惚れさせてしまいそうなほどの魅力があった。
 思わず顔を逸らしそうになったが、ここで逸らしてしまうと何かに負けたことになるという気がして、俺はハネルの目をじっと見つめ続けた。
 すると今度はハネルのほうが耐えかねたのか視線を逸らした。
恥ずかしさをまぎらわすかのように、彼女は立ち上がってついてもいないお尻のホコリを落としながら言った。

「私ね、もう嘘つかない。約束する」

 まるで自分自身に言い聞かせるようなそれは、ちゃんと俺の胸にも届いていた。

「ああ、それだったら今まで嫌だって言い続けてきたお前のお願いも、少しくらいは聞いてやってもいいと思えるよ」

 今までハネルに受けた“おふざけ”を思い出してふっと息をもらしながら立ち上がって、ハネルの顔を見た。
 見て、氷りついた。

「……言ったね?」

 ……。

「いや、前言てっか」
「男に二言はない、ということでキャンセルは無効となっております。なおこの契約は未来永劫続きますのでご了承ください」

 事務的な言葉に俺は戦慄を覚えた。

「いやいやいやハネルよ、なにを言っているのか俺には全然わからないのだが。お前はついさっき嘘はつかないと言ったばかりじゃないか。なのに今までのような過ちをまた繰り返すとでも言うつもりか? 俺をまた嘘をついて脅すつもりなのか? 今度は本物の女の子として?」
「ううん、嘘をつかないっていうのはほんとだよ。でさ、ひとつリクルスに聞きたいんだけど。リクルスってさ、人の痛みがわかる人間だよね?」

 わけのわからない問いだったが、俺は悪夢を回避すべく反射的にこう答えていた。

「ああ、わかるとも。今までのお前との経験で嫌というほど味わったぞ。だからもうおにいさんお腹いっぱいなんだ。もう痛みは入らないよ。だから。な?」

 わかるだろう? 俺に痛みはもういらないんだ。これからやすらぎが欲しいんだ。わかるよな?
 そう思いながらも、心のどこかでは嫌な予感はぬぐいきれなかった。
 そしてそれは、少女がにこっと、場違いな笑みをつくったことで確定した。

「女の子に女の子らしくないって言うなんて最低だよね」
「んな! ちょちょちょちょ、ちょっと待てハネル!」
「最低、だよね?」

 数分前俺は心の中で自分自身になんて言っていたか思い出してみよう。

 ―――『すべては俺の仮説だ。信憑性があっても証拠はない。だがもし、それが正しいとしたら。そんなこと、深く考えるまでもない。俺は最低だ。』

「最低、です」

 完敗だ。すがすがしいほどに認めてやがる。何やってんだ過去の俺。

「じゃさ、嘘ついてました告白記念に指輪買ってよ指輪。今すぐとは言わないからさ。」

 お願いね、ってそんな可愛らしい笑顔を向けられても全然頬を染める気にはならないのだが。
 というかなんだその「嘘ついてました告白記念」って。懺悔じゃねえか。いっそのこと頭の上に腕で円をつくるかと思いきや×をつくるというなつかしきギャグをやりながら、上から落ちてくる水の変わりにここの川に突き落としてやろうか。
 そんなことを考えつつも、俺の口は

「わかったよ。ただし、この前お前の武器代を代わりに払ったおかげで俺の財布んなかはすっからかんなんだよ。金かせぎのためのエリア攻略は手伝ってもらうからな」

 「嫌だ」とは言っていなかった。
 いや、別に指輪を買ってあげたいからじゃない。ただ今までの所業に対しての一応の理由はあったわけだし、それをすべて謝ろうとしてくれたわけだし、これからは嘘をつかないと言ったわけだし。……女の子に「女の子らしくない」的発言をしてしまったわけだし。まあいろんなことひっくるめて指輪を買うくらいはいいんじゃないかと思ったわけだ。
 と、そんな大人的思考をもつ自分に「かっこいいぞ俺!」と賞賛の声をあげていたら、悪魔の声が耳に届いた。

「あ、ちなみに一点もののレアなやつしか認めないからよろしく」

 一点もののレアなやつ。ああ、なるほど。この世にひとつしかない激レアのそれも指輪を探し出して、しかも超高級であろうそれを買えと。なるほどなるほど。



「っざっけんなぁ――――っ!! んなもん手に入るのに何ヶ月かかると思ってんだー! 破棄だ! 契約破棄だ! でなきゃクーリング・オフだ! てめえの指輪くらいてめえで買いやがれ!」
「なによ! 私が本気で傷つくこと言ったんだからそれくらいして当たり前でしょ!」
「今までのことを全部換算すりゃどう考えても俺のほうが損害こうむってんだよこの馬鹿おんなー!」
「ば、馬鹿ってなによ! 人に馬鹿馬鹿言うなんて脳みそちっちゃいんじゃないの!?」
「この前俺に馬鹿馬鹿言ってた馬鹿はどこのどいつだ馬鹿―! なんどでも言ってやるよバーカバーカ」
「ばっかじゃないのこのガキー! あんたなんてリクルスじゃなくてピクルスでじゅうぶんよ! いいよ、これからず~~~っとピクルスって呼んであげる。やーいピクルスピクルス~~」
「へん、あいにく俺の名前はピクルスからとったんだよ。だからピクルスって言われても全然悔しくないね!」
「うわっ、あんたばっかじゃないの。あんなまずいものから名前取るなんて信じられない! わたしハンバーガー食べる時絶対ピクルスとるし」
「ああ? なにふざけたこと言ってんだてめえは。ハンバーガーはピクルスがあるからうめえんだろうが。ピクルスぬきのハンバーガーなんてシャリのねえ寿司みてえなもんだろうが」
「シャリのない寿司ってそれってただの刺身じゃないの。ピクルスはそんな存在価値ないわよ。そうね、ピクルスなんて回転寿司で何時間も回り続けてかぴかぴになってるイカくらいの価値しかないわよ!」
「なにおう! お前はピクルスのことを全然わかってねえんだよ。ピクルスってのはな主にキュウリが使われてるけどイギリスだとタマネギとかを――――」







 この日俺は両者ノックダウンでログアウトするまで終始ハネルと言い合いをしていた。
 ギャラリーがわんさか俺たち二人を取り囲んでいてなかなか恥ずかしかったが、疲れのあまり二人してその場にぶっ倒れた時は悪い気分じゃなかった。
 言い合いの半分がピクルスについてだったような気がするが、あの言い合いのことで少なくともこれだけは言えるだろう。

 あの日、たしかに俺とハネルの距離は縮まったんだ。

 あいかわず俺とハネルは言い合いばっかりしてるが、力関係は前とは違う。俺はハネルの無理難題に、全部じゃないが切り返すことができるようになった。それはきっとハネルが前みたいな脅しをしなくなったからだ。
 それに前と違ってストレスがたまることもない。今はハネルと言い合いしてるときは、なんだかんだ言って楽しいと思える。

 あいつと言い合いしてるとき、俺はよく思うことがある。


 俺たちに限らず、本気でけんかしたり、言い合いをすると、体の中にたまっていたストレスやら不満やらがガス抜きされて、仲良くなれるんじゃないか、と。

 だから俺はこう思う。


 これからももっと、ハネルと言い合いをしていたいな、と。




~~あとがき~~
お題「怒り」というよりも「嘘」というお題のほうが合っていたような気がする作品です。
実はネカマでさらに実はネカマではなかったというオチ。
くさいですね。青臭いです。しかし自分はこういう話を書くのが好きです。ゆえにどうしようもないのです。


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