とある田舎の喫茶店

とある田舎の喫茶店

ロールという嘘





 川のせせらぎから安らぎを感じながら、私たちはほとりに座っていた。
 うるさすぎない談笑の声が心地いい。その声の大半がリアルとは違いポジティブなものだから。
 だれかが楽しいと自分も楽しいという言葉は、どこから聞いた名言だっただろうか。

「いいね…こういうの」
「うん」

 私がThe Worldを始めたのはおよそ5ヶ月前。
 そして美花(みはな)と出会ったのもその頃だ。

 The Worldに足を踏み入れた私に初めて声をかけてきたのが美花だった。
 右も左もわからない初心者に手取り足取り教えて、そこから仲間に。
 そんなありきたりな出会いだった。

 私は美花のおかげでThe Worldを楽しめている。

 だけど美花と一緒にいればいるほど、私の中で、ある感情が増幅していっていることに私はずいぶんと前から気づいていた。

 それは罪悪感。

 別に私が直接美花に悪いことをしたというわけじゃない。
 私が罪を感じている理由。

 それは私のPCの名前が『真貴人(まきと)』であること。

 そう、私のPCの性別は男だ。

 本名に『人』という字をつけて性別をリアルとは異性に。
 たいした理由なんてない。
 ネットゲームでロールすること自体むしろ当然のことだと思っていたから。

 だけど私は今、そんな選択をした時の自分に、今までないほどに腹を立てている。

 それは美花が私のリアルが女だということを知らないから。

 異性をロールすることは別段珍しいことじゃないし、私自身それを「嘘」と言ってしまうのはこの世界では愚かなことだと思っている。
 だけど私と美花の場合、そういうわけにもいかないのだ。

 なぜなら

「ねえ真貴人」
「んー?」
「私たちってさ、知らない人から見るとカップルに見えてるのかな?」
「え……あー……そうかもね」
「むぅ、なんか適当に返してない?」
「き、気のせいだよ気のせい」

 どうやら美花は、私をもろに異性として見ているらしいからだ。
 私のPCの外見は……当然一般的な女子高生が不細工なPCをエディットするわけもなく、それなりに整っている。
 美花が私に声をかけたのは、そこのところも要因があると私は思っている。
 私だってむさくるしいおっさんよりもかっこいい男の子のほうが誘いたいとは思うし。

「ねえ真貴人、エリア、行こうよ」

 美花にそう誘われるがままに、私は後をついていった。
 名前のとおり花のようなきれいな笑顔を浮かべる美花。
 女である私でさえも見惚れそうになる笑顔。
 だけど私の表情はぎこちなかった。

 なぜなら今日、私は美花に私が実は女であるということを、告白しようと思っているからだ。






                 ■







Δ さまよえる 困惑の 貴公子


 偶然美花が見つけたエリアのワードがこれとはなんて皮肉なんだろう。
 美花はそんな私の心情など露知らず、心底楽しそうに微笑んだ。

「ひさしぶりだね。こういう草原のエリアにのんびりするために来るの」
「まあな、いつもレベル上げのためにモンスターと闘ってばかりだったからな」

 いつもどおり完璧に男を演じる。さすがに2ヶ月もやっていればボロを出すこともほとんどなくなった。むしろリアルで男の口調になってしまうくらいだ。
 美花は草原に腰を下ろすと遠くにある空へと目を向けた。
 私も同じように腰を下ろす。
 風に揺れる草の感触が心地いい。

「私たちがはじめて行ったエリアもこんな草原のエリアだったよね」
「そういえばそうだったな。カオスゲートの前で挙動不審な行動をとってた俺に美花が声をかけてきたんだっけ」
「そうそう。真貴人ったらぱっと見、すご腕のプレイヤーって感じだったのにずーっとカオスゲートの前でキョロキョロしてるんだもん。痛々しくてしょうがなかったよ」
「痛々しいとか言うな。しょうがないだろ。だれにだってはじめてはある」
「ん、そだね、ごめん」
「謝らなくてもいいよ」

 私がそう言うと、美花は何も言わずに再び地平線から上に広がる青い空へと視線をうつした。
 その心は私と出会ったころのことを鮮明に思い返しているのだろうか。
 今まで一緒に遊んできた…いや、ともにしてきた時間を、振り返っているのだろうか。

 そう思うと、悪気がなくても美花に嘘をついてしまっている自分が醜く思えてくる。
 今まで何度もそんな思いをしてきた。
 だから今日でそんな思いをするのは終わりだ。
 美花の気持ちを考えない自分勝手な選択。
 もしかしたら二人の関係は壊れてしまうかもしれない。
 だけど避けられない壁だ。

 もう、嘘をつくのは嫌だ。

「美花」
「ん、なあに?」
「俺、美花に言わなきゃいけないことがある」
「なになに? あらたまっちゃって」

 当然のようにいつもどおりに返す美花。
 これからその笑顔が消えてしまうかもしれないと思うと緊張する。
 だけど言わなきゃ。

「落ち着いて聞いてほしいんだ」
「だからなに?」

 一度息を飲み込んで私は告げた

「俺…いや、私! 女なの!」

 言った直後、私は目をつむった。
 そして同時に考えてしまった。
 これで嫌われたら私はどうすればいいのだろう。

 毛ほどの罪悪も感じずに私の陰口をたたくクラスメイトと、毎日一言声をかけるだけで「自分は娘思いだ」と勘違いしている親。
 そんなつまらなすぎる灰色の日常に、色鮮やかな花を飾ってくれた彼女。
 彼女と出会って毎日を楽しいと思えるようになった。リアルで絶えず感じていたストレスを感じないようになった。
 彼女は――美花は、私のたった一人の親友。たった一人の理解者。

 そんな彼女を失ったら、私はどうなるのだろう。

 考えるまでもない。
 また美花と出会う前にもどるだけ。
 あの全てが灰色に染まった、生きる価値を見出せない日常に。

 嫌だ。

 嫌。そんなの絶対に嫌!

 お願い。お願いだから、美花! 私を嫌わないで。軽蔑しないで。
 謝るから。なんだってするから。だから私をあの灰色の世界に引き戻さないで。
 美花、お願い!

 告白なんかしなければよかった。そんな思いが一瞬のうちに膨れ上がり、胸に充満した。
 永遠にも思えてしまう一瞬という時間の中で、私はひたすら祈った。

 そしてようやく―――いや、リアルの時間では数秒も経っていないのだろう。
 美花が、言葉を返した。

「それ、ほんと?」

 思わず顔をあげれば、美花が眉をあげて軽く驚きの顔をつくっていた。
 私は緊張しながらもうなずいた。
 すると

「なる、ほど。なるほどなるほど。ああ、そうか。そういうことか」

 私が呆然としてしまうほどに、美花の反応はあっさりとしたものだった。

「ちょ、ちょっと待ってよ、そんなあっさり? 私ずっと美花に嘘ついてたんだよ?」
「んーだってそれはロールでしょ? それに異性をロールすることは“嘘”とは言わない。それくらい真貴人だってわかっているでしょ?」

 開いた口が閉じなかった、
 なんて、なんてあっさりしているんだ。
 あれこれ悩んでいた私はなんだったのか。
 美花はそんな私の心情を知ってか知らずかアゴに手を当てて「うー」とか「あー」とかうなっている。

「えっとさ、美花」
「ん?」
「これからも…一緒に遊んでくれる?」
「当たり前でしょ。それくらいで私は愛想つかしたり軽蔑したりしない」

 美花から真っ直ぐな目を向けられて、私は思わず呆然としてしまった。
 私の目は節穴だ。
 美花という人を私は今まで見くびっていた。

「あの、美花…」
「そんな重い顔しない。それとロール、忘れてるよ?」

 にこっ微笑む美花。
 私は思わず頬を染めてしまった。
 それほどに可愛らしい笑顔だった。
 なんていい友達なんだ。
 私は5ヶ月もかかって、やっと美花の本当のよさがわかった。
 美花は最高の友達だ。美花は私の性別が違っていたからといって軽蔑するような子じゃない。今までそれに気づけなかった私は馬鹿だ。

「ありがとう」

 私は美花にそう言った。
 すると美花はきょとんとすると、再び野原に咲く花のような笑顔をつくり、言った。

「いいよ。私だって男だし」
「うん……ってぇぇえええええ!?」

 理解するよりもはやく私は叫んでいた。いや、正確にいえば理解していたんだろうけど心が理解を拒否していた。

「お、男ってあの男!? 美花が男!?」
「あれ? 言ってなかったっけ? まあいいよね。真貴人もおんなじなんだから。さぁてじゃあのんびりしてばかりでもつまんないからダンジョンいこっか」
「ちょちょちょちょちょ、待てぇぇぇぇぇいっ! ってことは全部ロール!? その口調も! 女の子の見本みたいな笑顔も!? う、うそだ! そんなありえない!」

 頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
 これはあれだ。たぶんお互いに違うことを言っているんだ。
 友達に本をとってもらうために「アレ取って」と言ったらテレビのリモコンを渡された時のような、そんな理解の食い違いがあるんだ。絶対そうだ。

「ありえないって何さ。真貴人だって人のこと言えないでしょ?」
「そ、それはそうだけどなんか納得できない! 絶対できない!」
「ロール忘れてるよ真貴人。さ、いこっか」
「な、そんなアッサリ!?」

 私の叫びを華麗に受け流して、美花はさっさと歩き出す。

「あ、あ…そ、」

 愕然としながら空を仰ぎ見た

「そんな馬鹿なぁぁ~~~~~~っ!」

 この先私の人生は何十年も残っているけど、これだけは神様に誓ってはっきりと言える。
 私は人生の中で一番、知らなくてもいいことを知ってしまったんだ。





~~あとがき~~

こいつはちと失敗した作品です。オチで何を伝えたいのかよくわからなくなってしまいました。後半がぐだぐだに。


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