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とある田舎の喫茶店
お年玉劇場
迂闊だった。
今思えば、ひさしぶりの長期休暇で気が抜けすぎていたのかもしれない。
ご近所さんが温泉旅行やらに行く中で、我が家にはこれといってどこかに行く用事はなかった。
年末は一年の仕事の疲れを癒すためにひたすらのんびりと過ごした。年始も、毎月1日に行われるある行事も、この月だけは特別になくなったため、年末と同じようにのんびり過ごすことになると思っていたのだ。
だけど僕は大変なことを忘れていた。
それは元日の朝、珍しく早く目が覚めたため、暇つぶしにThe worldへと身を投じた時のことだ。
久方ぶりに訪れたマク・アヌはお正月色に染まっていた。
カオスゲートから街へと行くために下りる小階段の両脇には門松が飾られていて、街行くPCたちはその大半が艶やかな着物姿に身を包んでいた。
この着物はみんなどうやって手に入れたのだろう?
そう思って一歩踏み出した時、僕は連休で緩みきっていた心身を強張らせる、悪魔の言葉を耳にした。
「お前さ、親からお年玉いくら貰えそう?」
どこにいる誰がこれを言ったかなんてどうでもよかった。
それこそみんなが着ている着物はどうやって手に入れられるのだろうなんていう疑問は一瞬にして吹っ飛んでいた。
お年玉。
そうだ、なにか、なにか忘れていると、心のどこかでは思っていたのだ。
しかしその引っかかりについて僕は深く考えるということをしなかった。
だけどそれは絶対に考えなければならないことだったのだ。
僕は今日、中学2年生の息子に、お年玉をあげなければならない。
なにをそんなに大袈裟な、と思うだろう。
だけど違う。これは僕にとっては非常事態にほかならないんだ。
それは僕の財布の中身を見ればわかる。
僕はやたらと薄っぺらな安物の折りたたみ式の財布を机の上から手に取った。
札入れなど見向きもせずに、小銭が入っているスペースのボタンをはずし、そのままひっくり返す。
チャリンチャリンと小銭がフローリングに落ちる音が響く。
目を落とせば、そこには1枚の500円玉と2枚の10円玉、そして7枚の1円玉があった。
527円。
それが現時点での、僕の全財産だった。
■
「はあ……」
誰にも聞かれないように、そっとため息を吐いた。
キッチンでは妻の里美がお雑煮に入れる白菜を、ザクッザクッと子気味良い音を立てながら切っている最中だ。
直広はきっと二階の自室でお正月イベントを開催中のThe worldをプレイしているところだろう。さっき里美の「もうすぐご飯よー」という呼びかけに「はーい」と答えていたから直に下りてくるはずだ。
もうすぐ直広と顔を合わせる。そう考えて
「はあ……どうしよう」
再びため息を吐いた。
息子に渡すお年玉のお金がないなんて、我ながら情けなさすぎる、
決して競馬とかパチンコで摩ったとか、そういうわけではないのだ。
普通に生活……いや、ささやかながらも節約はしていたのだ。しかし財布の中身は527円。
それには理由がある。
『私に毎月1日に、The worldの中で私と決闘をして勝てたらお小遣い1000円アップしてあげる。ただし、負けたら100円ダウンね』
言葉の最後にハートマークをつけてもいいくらいの小悪魔スマイルを、愛妻里美が僕に向けたのは、およそ10ヶ月前。
僕の全財産はさきほど述べたからもうわかるだろう。
そう、僕は今、10連敗中だ。つまりはじめから数えるとお小遣いは1000円ダウンしていることになる。
1000円もダウンすればおのずと財布の中身は寂しくなっていく。
年末年始はきっと家にずっといる。
そう思って残金が少なくなっても気にしなかった。
だが僕は忘れていた。子供にとって正月とは、1年の中で最大の稼ぎ時だということを。
思わずキッチンに立つ里美の後姿を見た。
我が家の家計を握っているのは里美だ。
里美に言えば息子、直広へ渡すためのお年玉のお金くらいは出してくれるだろう。
だがそれでいいのだろうか?
「直広にお年玉渡すから1万円、くれないか?」
里美にそう言う風景を想像してみる。
するとどうだろう。想像の中の里美は一瞬悲しそうな表情をしたのだ。
その顔にはこんな感情があるに違いない。
――直広へのお年玉を家計からだすの? 自分の財布からじゃなくて? ……しょうがないか、お小遣い少ないもんね。
でも普通は息子のためにお金を貯めるんじゃないの?……ううん、無理を言っちゃだめ。お小遣いを減らしているのはだれ?
……でも―――
脳内で展開された仮想世界から帰還した僕は即時に結論を出した。
却下だ。
里美に少しでも愛想をつかされるなんて僕には耐えられない。
里美はあれでいて実は完璧な奥さんだ。
よくよく考えれば、性格は明るくて優しいし容姿は端麗、スタイルは一児の母とは思えないくらい。家事は完璧で嫌だと言ったことは一度もない。そして家計を握り、家族のことをいつも考えている。
そんな妻を持ちながら、自分は楽や妥協などをして、いいのだろうか?
いや、それだけじゃない。
父親として、自分は理想の父親を追い続けなければいけないのではないか。
妥協などしてはいけないのではないだろうか。
考えてみればお年玉のことを忘れていなければ1万円くらいならなんとかなったのだ。
そもそも忘れていたということ自体が……いやいや、過ぎ去ったことを悔やんでいてもしかたない。
とにかく、直広へのお年玉は里美を頼らない。うん、そうしよう。
家族思いの父としてありつづけるために、ここはなんとかせねば!
■
その「なんとかする」方法を、僕は里美が作ってくれたお雑煮を食べながらずっと考えていた。
「むう……」
「父さん、どうかしたの? お餅伸ばしまくって」
「お、あ、いや、なんでもない」
直広の声に気づけば、いつのまにか箸で雑煮を口に入れたままおわんまで伸ばしていた。おお、まるで一反木綿だ。
「あ、そう」と事も無げに返した直広のおわんは早々と空になっていた。
「ごちそうさま」
「あ、直広、母さん買い物ついでに宝くじ当たってるか見てくるから、直広のも見てきてあげるけどどうする?」
「あ、うん、じゃあ頼んだよ」
ん? 直広が宝くじ? 初耳だな。
「直広、宝くじなんて買ったのか?」
その問いに答えたのは里美だった。
「わたしがね、前に宝くじ買いに行く時に『ためしに5枚くらい買ってみる?』って直広に言ったの」
「まあたったの5枚だから期待はしてないけどね。二分の一の確率で300円当たれば今年はいい年になるかなって」
自嘲気味に笑う直広は里美に宝くじを渡して、家から出て行く里美に「いってらっしゃーい」と言うと(もちろん僕も言った)。
「父さん、今The worldで正月イベントやってるんだよ。着物を三が日だけ限定で無料で着られるんだってさ。けっこう賑やかだから母さん帰ってきたら一緒にログインすれば?」
「ああ、考えとく」
僕の返事を聞いてから二階へとあがっていった。
二階からドアが閉まる音を確認してから、僕はおもむろに立ち上がり、電話の下の引き出しからある物を取り出した。
「これは天の助けかな? 今の今まですっかり忘れてたよ。僕も宝くじ買っていたこと」
そう、これは天の助けに違いない。
なんと僕も宝くじを10枚、3000円分を買っていたのだ!(これが限界)
これは自腹を切って買った宝くじ。マイホームのローンをあわよくば0に、と欲丸出しで買った宝くじだ。
これで1万円でも当たれば直広のお年玉を出せる!
「よしっ、たしか新聞に当選番号が載っていたはずだ。さっそく見てみよう」
10分後、僕は高校生活最後の大会、決勝戦で敗北を喫した高校3年生よろしく、ものの見事に打ちひしがれていた。
おお、だれかこの僕に今までの健闘を称えて拍手をください。
「だよなぁそうだよなぁそんな簡単に当たるわけないよなぁ宝くじなんて」
陽光が差してきたと思ったらそれもつかのまの出来事で、すぐに分厚い暗雲が太陽を覆ってしまった。そんな気分だ。
そんな都合よく宝くじが当たるわけはないと心のどこかではわかっていたが、いざ現実をつきつけられるとけっこうショックだ。
ともかく、これで万事休す。
「ああ~、直広へのお年玉、1万円、どうやって工面すればいいんだ~」
直広には聞こえないだろうと思い、ちょっとだけ大きな声で、心の叫びを声に出した。
■
―――『ま~だ~で~す~か~?』
あいつにしては珍しいふざけたショートメールに、私は思わずくすりと笑った。
「もう、せっかちだなぁ」
文句とは対照的に、私の顔は笑みをつくっていた。
「なぁんて言うかな、直広のやつ」
こんなワクワクしたのはいつ以来だろう。
あいつの元へと向かっている途中、私は川の上に架かる橋の真ん中でふとその足を止めた。
欄干の下、川面に自分の姿を見つけたからだ
静かにゆらめく川面に映った私は、艶やかな着物姿をしていた。
三が日期間限定で着物を着ることができるお正月イベント。私はそれに参加した。
参加と言ってもただ着物を着るだけ。CC社からThe worldのプレイヤーへのお年玉と言ったところか。
「ふふっ」
右腕を軽く振って振袖をひらめかせた。
我ながら綺麗だ。
いや、綺麗なのは着物なのだろう。
だがあいつは言ってくれるだろうか。
着物姿の私を見て、『綺麗だよ』と。
「ふふ」
もう一度小さく笑みをこぼすと、カランコロンと下駄の子気味良い音を響かせながら、待ち合わせ場所の噴水前へと向かった。
■
「うわっ」
私を視界にとらえた直広がまず言ったのはそれだった。
どちらかと言うと感嘆ではなく、驚嘆の声。
私はむっとして「なにが『うわっ』なのっ」と言うと、直広は
「いや、なんか別人みたいに綺麗になってたから」
そんなことを言いやがった。
「それどういう意味? 普段の私は綺麗じゃないってこと?」
びしっと直広の胸へと指を刺し、私はジト目をしてみせた。
すると直広はぽりぽりと頬をかきながらそっぽを向いてぼそりと言った。
「ほら、普段の椿って綺麗って言うよりもその……かわいいって感じだから」
このときの私は、今までで一番の赤面顔だったに違いない。
あまりにも不意打ちだったから、私は大声でわけのわからないことをまくしたてたような気がする。何を言ったかはわからない。というか恥ずかしすぎて思い出したくない。
たしか「直広ってばもっと気の効いたこと言いなさいよね!」とか言った気がする。そのあと「この世界じゃ直広じゃなくてヒスイって呼べよ」とけっこう大きい声で返されたのを覚えているからだ。
……って思い出すなよ私。
ちょっと考えればわかっていたはずだ。直広がこれほどまでに気の利いたことを言ったのは今までなかったということに。
直広の「ヒスイ」という名前は本名が川瀬直広(かわせ なおひろ)で、川瀬を「かわせ」からカワセミにして、カワセミは別名「翡翠」と呼ぶというところから取ったらしい。ちなみに「翡翠」は売り切れだったため「ヒスイ」にしたそうだ。なんだかこの「ちなみに」は私的にいらなかった。
ともかく私たちはそれからいくつかのエリアにデー……散歩に行った。
そしてドル・ドナで二人して腰掛けて海を眺めていた時だ。直広――ヒスイがその話をしたのは。
「ねえ、もし、もしさ、父親が金欠で一人息子にお年玉をあげられなくて、でもどうしても自分のお金であげたいって思っていて、それを知ってしまった一人息子はどうしたらいいと思う?」
聞いて、私は呆気にとられてしまった。
なんて、なんて嘘が下手なんだ、と。
直広のことはリアルでもこっちでも長い付き合いだからよく知っている。だから直広が嘘をつくことができない性格だということはわかっていた。わかっていたが、さすがにこれはポカンとしてしまうほどに下手すぎだった。
「ね、どうすればいいと思う?」
その今回に限ってあまりにも下手すぎる理由が、直広――ヒスイの表情を見ることで理解できた。
真剣だったのだ。
気軽に、という雰囲気がヒスイからは感じられなかった。「もし」なんていう話をする場合に必要な気軽さというものが、微塵も。
なんでそんなことで真剣になっているんだ。
普段の私なら、そう問い詰めていたかもしれない。
でも、今の私にはそれを聞かないわけがあった。
それは―――
「あ、ごめん、やっぱりいいや。変なこと聞いた」
やっと、自分がどれほどおかしなことを言ったのかに気づいたのか、ヒスイはごまかすように笑った。
その笑みにどこか寂しさのようなものを感じた私は、自然と口を開いていた。
「もし」
「え……?」
「もし、その一人息子が本気でお父さんの父親としてのありよう……みたいのを守りたいと思っているのなら、私だったらこうするっていうのは……ある」
「ほんと……?」
どこか半信半疑な目を向けてきたヒスイに私はちょっとだけむっとして、しかしすぐに考えをめぐらしてニッと笑ってやった。
「その一人息子がね、1万円札をお父さんの財布に入れとけばいいの」
「……え? ……それ、どういうこと?」
混乱しているヒスイを見ると思わず吹き出しそうになったけど、これは彼の真剣な悩みだと思い、笑みをたずさえつつも言葉を続けた。
「だから、息子からお父さんへのお年玉ってところかな? 息子は1万円札をお父さんの財布に入れて、お父さんはそれを天の恵みかなにかかと思って受け入れて、息子にお年玉としてあげる。息子はプラマイ0でお年玉はなし。逆に父のあるべき姿を守るという息子にしかわからないお年玉をプレゼント、というわけよ。どう? 粋でしょ?」
我ながらなんていいアイデアという感じの表情を顔に浮かべると、予想通りヒスイはどこか歯切れの悪い返事を返してきた。
「えっと、それって……うーん、でも……そんな天の恵みって信じるかなぁ……それにお年玉はなし、かあ……」
予想通り、というか当然か。
中学生2年生の男の子が父親に逆お年玉として1万円あげるなんてよほどの家族思いでなきゃできるわけがない。
悩むのは当然。悩まないほうがおかしいというものだ。
だから私は最後の一押し、背中を思い切りどついてあげた。
「“もし”そんな粋なことができる男の子がいたら私、たぶん惚れちゃうかも」
それは……私自身、確信を持てるわけじゃない、私自身もどつく、諸刃の剣の一太刀。
だけど、決死の思いで私がどついた彼は、まるで清水の舞台から走り幅跳びをするかのように、あっけなく、かつ豪快に飛び降りた。
「わかった! 俺、やるよ!」
そう言い残して彼はドル・ドナからその身を消した。
なんてあっけない。そしてこれほどまであっさりと消えてしまうとは。
意外と言えば意外だ。あの直広が。
そして私は気づき、赤面した。諸刃の剣、その威力に。
雑念を振り払うようにかぶりを振ったところで、私は一人着物姿の女がポツンと座っているという事実に気づいた。
なんだかさびしい。
「はあ~」
なんだかなぁと頭を軽くかき、本人に言ってやりたいことをつぶやいた。
「あのばか。俺って言っちゃってるじゃん」
■
「え~と、伯母さんにもらったフライングのお年玉はどこだったっけな……」
正月は用事があるとかでわざわざ年末にお年玉を渡しに来てくれた伯母さん。
金額はちょうど1万円。
あれがなかったら自分の手元に1万円なんて大金はなかった。なにせ今日はまだ元日だ。親戚にはまだ会っていないため当然お年玉ももらっていない。
伯母さんさまさまとしか言えない。
「あった」
まだ未開封のお年玉袋から三つ折りにされて出てきた1万円札を開くと、諭吉がニヤっと笑っていた。
「……伯母さん、何子供みたいなことしてんだよ……」
両目のそれぞれの中心で縦に山折りされた諭吉の顔は、これでもかと言わんばかりにニヤけていた。うん、なんかいやらしいぞ、この目。
さすがは母さんの姉だ。いい歳して茶目っけだけは歳をとることを知らないらしい。
「でも1万円は大きいよなぁ……」
それは言葉に出さずともわかりきっていたことだ。
だがそれを理解してもなお自分がこんな行動に出ているのは……そう、普段の父さんの姿を知ってしまっているからだ。
一生懸命生きている、父の姿を。
お小遣いアップを掲げて、死に物狂いでモンスターに立ち向かってレベル上げをする父さん。
何度も何度も負けてはそのたびに次こそはと意気込む、諦めるという選択をしない父さん。
その姿を見せられては、息子として父の苦悩を見てみぬ振りすることなどできない。
親孝行するのは今このときだ。
足音を立てないようにゆっくりと階段を下りて居間の様子を伺った。
よし、どうやら父さんはいないみたいだ。時計を見るとちょうど2時になったところだった。こんな中途半端な時間にいったいどこに行ったのだろう。
居間に入ると母さんが掃除機をかけていた。大晦日に大掃除したんだからそんなほこりなんてないだろうに。
「あ、直広ちょうどいいところに。はい、これ」
「なに……って1万円札?」
母さんが俺の手を持って手のひらにおしつけてきたのはなぜか1万円札だった。
自分のポケットに入っているものとは別の。
「なにこれ?」
当然ながら聞くと、母さんはブイッとピースをつくりながらひまわりのような笑顔をつくってみせた。
「当たってたよ。宝くじ!」
一瞬思考が停止した。だが次の瞬間には大きく目を見開いていた。
「うっそおっ!? それほんと!? ほんとにほんと!?」
「ほんとほんと~。カアサンウソツカナイ」
「なんでそこだけカタコトなのかはスルーするけどマジで!? やったね! すっげえうれしい!」
「は~いはいはい、うれしいのはわかったから騒ぎすぎない。せっかく掃除したのに埃がまうでしょ? オーケー? 今度はその強運を持って1等当ててどーんと住宅ローン返してね~」
「りょーかーい」
母さんの冗談もあまり耳に入らなかった。
なんせ1万円、宝くじで当たったのだ。
そのうれしさたるやお年玉で1万円をもらったときとは比べ物にならない。
まず宝くじに当たったということがうれしいのだ。
しかも1万円という金額。
これで自分はプラマイ0ではなく、プラス1万円になったわけだ。
父の威厳も保たれておまけに1万円儲けて、新年早々宝くじに当たるなんて、今年はいいことがありそうだと思ってもバチは当たるまい。
「じゃあどうせだから当たったやつは俺がもらって、このいやらし系な福沢さんを父さんの財布に入れとこうっと」
掃除機をかけている母さんの様子を伺いながら、見えないようにこっそりと父さんの財布の中へと1万円札を忍ばせて、俺は二階へともどっていった。
■
これを天恵と言わずしてなんと言おう。
いや、奇跡と呼んでもいい。
まさか。
まさか財布の中に仏様のような微笑みを浮かべた福沢諭吉様が入っているなんて。
そう、これはきっと今までつらい思いをしてきた僕への、神様からのお年玉なんだ。きっとそうに違いない。
でなきゃ諭吉様がこれほどまでに穏やかな笑みを浮かべているわけがない。見よ、この例外なく万人の心を癒してしまうような表情を。
「おお……見れば見るほど神秘的なエネルギーがひしひしと……」
「なぁにやってるの?」
「おお、里美、聞いてくれ……ん?」
里美?
ああ、なんでそれに思い至らなかったんだ。
もしかしてこの1万円札って。
「ねえ、里美、この1万円札、知ってる?」
「ああっ、これ知ってる!」
なんだ、天恵なんかじゃなかったのか。
と思ったら
「こういう風に折ると笑ってるように見えるんだよね。ぷっ、なんだかこの目、ちょっといやらしいわね」
……ん? 知らない、のか?
「いや、この1万円……」
「ん? どうかしたの?」
キョトンと目を丸くさせる里美。
その表情は、少なくとも僕にはとぼけているようには見えなかった。
これはもしかして本気で知らないのだろうか。
とすると
「あ、いや、なんでもないよ。……あっとそうだ、ちょっと直広に聞きたいことがあるんだった」
半ば独り言のようにそう言って腰をあげた。
■
「で、どうだった? 私の名案、実行に移したの?」
「え……?」
「なに? あんな三文芝居でバレないとでも思ってたの?」
「う……」
本当にバレないと思っていたのか。ヒスイらしいと言えばヒスイらしいけれど。
「で、どうなの?」
「あ、それがさ、すっごいんだよ!」
「なにが?」
予想していた顔とは違い、ヒスイの目は嬉しそうに輝いていた。
もっとお年玉がプラマイ0になることでひきつっているような顔を予想していたのだけど。
「宝くじ当たったんだよ! 1万円! もうなんていうかベストタイミングって言うのかな? プラマイ0だと思ってたところにそれだよ? もう今年はもらったね。最高の年になる気がしてきた」
「へぇ~、すごいじゃん」
なにがもらったなのかはよくわからないけれどとにかくヒスイはうれしそうだ。
ともかく実行に移したらしい。ちょっとだけ見直した。正直実行するか半信半疑だったから。
それにしてもなんていう偶然だろう。宝くじが当たっただけならまだしもこのタイミングでなんて。
私はビックリというよりも、不思議という意味での驚きのほうが強かった。
でもあまりにもタイミングがよすぎるような……。
「ん? なんか反応悪いなぁ。このタイミングで宝くじが当たったんだよ? これってすごくない?」
「あ、うん、すごいと思う。ヒスイ今年くるね。うん、くる」
自分でもなにが来るのかはさっぱりわからないけれど、ごまかすために適当にそう言っておいた。そんないい加減さにちょっとだけ罪悪感。
そんなそっけない私の返事にも、ヒスイはなんの疑いも持たず、父親からお年玉をもらうときの状況とか、そのとき思わず笑いそうになった、とかいう話を嬉しそうに私にした。
そのときのヒスイは誇らしそうで、すごく満足そうだった。
でもそれよりももっとその横顔を見て思ったのは、幸せそうだなってことだ。
きっとお父さんの顔をこっそりと立てられたのが、実はすごくうれしいんだろう。
そんなことを私はなんとなしに考えて、それから思った、
「……やっぱりすごいな……あの人は。こんなふうに人を笑顔にさせられるなんて」
「え、なんか言った?」
「ううん、なんでもない」
心の中でだけ、ヒスイにべーっと舌を出してやった。
そしてヒスイには聞こえないギリギリくらいのささやかな音量で、ぼそりと言ってやった。
「してやったり、だね、露草さん」
■
ドル・ドナの@ホーム前、海に浸かっている石橋の手前の坂道で、私は黒髪の綺麗な女性と腰かけて談笑していた。
「椿(つばき)ちゃんの着物姿見て、あの子なんて言ってた?」
「え゛……えーと……」
「ああ、いいわ。今の反応見てわかったから。ふふっ、ウチの息子もなかなかやるわね」
「そ、その含み笑いはなんですか露草さん!」
もうなんなんだろうこの女性(ひと)は。この人を前にすると絶対に嘘をつけないような気になるのは私だけだろうか?
物事を誰よりも見透かしている。私は露草さんといるとよくそう思ってしまう。
だいたい私はちょっと言葉につまっただけなのに、なぜ「直広が私のことを褒めてくれた」なんてわかるのだ。
ああ、なんかもう「青春ねぇ~」とか言いながら乙女チックな気分になってるし。
このまま放置するといらんことを追求されそうな気がする。早いところ話の腰を折ってしまおう。
「そ、そういえば露草さん、うまくいきましたね。お年玉の件」
「そう? 直広、どんな感じだった?」
「私が『お父さんの財布に1万円入れておくの』って言ったときはさすがに渋っていましたよ。でも露草さんから託された呪紋を言ったらあっさりとオチました。ほんと、私もびっくりするくらい」
「ふふっ、椿ちゃん、その時、顔赤くなったでしょう?」
からかうように露草さんがお腹をつついてきた。なんだかその仕草が思春期真っ盛りの少女のようで、私はその可愛らしさに笑みを作りながらも身をくねらせた。
露草さんの言ったように、確かにそのときの私の顔は初日の出のように赤くなっていた。
そんなことを思い出している今も実はけっこう赤くなっているような気がする。
ああ、なんだか露草さん、絶対それもわかってるよ。その含み笑いは私の血圧をあげるのでやめてください露草さん。
ええとなんでもいい、とにかく話をもどせ私。
「で、でも露草さん、なんであんな回りくどいことしたんですか? 私に、直広に『お父さんの財布に1万円を入れて、あとでそれをお年玉としてもらえ』って言えなんて」
そう、すべては露草さんの手のひらの上での出来事だったのだ。
ヒスイが『父さんが金欠で息子にお年玉をあげられなくて悩んでいるのだけど、その息子はどうすればいい?』と私に相談してくるのも、私がそれに対して今言ったような答えを返したのも。
すべては露草さん――直広のお母さんが考えたシナリオだ。
そのシナリオどおりに事はうまく運んだわけだけど、私はいくつか疑問を持っていた。
その一つは今言ったとおり。まわりくどいということ。
普通に露草さんがお父さんに1万円を渡して、お父さんはそれを直広にお年玉としてあげればよかったのではないか。
直広は「父さんはどうしても自分のお金で俺にお年玉をあげたいと思っている」みたいなことを言っていたけれど、そこらへんは露草さんしだいにどうにかなるのではないか。そう思った。
すると露草さんは私の質問の真意まで感じ取ったのか、ふっと息をひとつつくと、頬杖をついて水平線の彼方を見つめながらゆったりと語りはじめた。
「あの人……あ、私の旦那さんのことね。変に強情というか、悪く言えば被害妄想、良く言えばポリシーみたいなものかな? そういうの持ってるのよ」
その言葉の意味を私はよく理解できなかったけれど、これは露草さんにしかわからないことなのかもしれないと思い、黙って続きを聞くことにした。
「自分の理想の父親像っていうのがあるんだと思うの。その理想像と少しでも違うことを自分がしてしまうことを恐れてるのね。理想の父親でない自分は駄目な父親ってことになるんじゃないかって」
そこまで言い終えたところで、露草さんはぼぉーっと遠くを見つめたまま独り言のように、「ほんと、変なところで意地っ張りなんだから」と、私に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。
「妥協をしないというだけで理想の父親でいつづけられるのなら、なおさらあの人は意地張っちゃうから。ま、本人はそんなこと、わかってないだろうけどね」
ふふっと小さく笑った露草さんの表情に、私はいつもの少女のような可愛らしさではなく、大人の…大切な人を思う大人の女性の優しさを感じた。
それと一緒に、この人は本当に家族のことを想っているんだな、とも。
「ま、そんな感じ。ってちょっとよくわからないこと言っちゃったね。ごめんごめん」
「い、いえ、なんとなくですけどわかりました」
いつの間にかいつもの元気な露草さんにもどっていて、私は内心で戸惑ってしまった。
露草さんとはリアルでも知り合いだけど、それはあくまで直広のお母さんというポジションにいる。
だけど2ヶ月前に顔合わせをした、この世界で生きる“露草”という女性はけっこう仲の良い友達だ。
そんな露草さんの意外な一面を、私は見てしまった。
なんとなく、よくわからないけど、ちょっとだけ照れる。
自分でも照れ隠しなのかわからないけど、私は露草さんにもうひとつの疑問を投げかけていた。
「あの、それともうひとつ。なんでお父さんの財布にお金を入れるのが露草さんじゃなくて直広なんですか? それって実質上直広へのお年玉をプラスマイナス0にするってことじゃないですか。まあ運よく宝くじが当たったから直広にとってはプラス1万円になったわけですけど。これって……」
「お年玉がなしって、ひどい母親だと思う?」
言いながらくすりと露草さんは笑った。
「い、いえそんな」
「いいわよ。正直なこと言ってくれて。……お金を財布に入れるのが私じゃなくて直広な理由は……たまにはお父さんを思う気持ちを態度で示しなさいってところかな? 実際に思うだけならけっこう誰でもできるけど、いざ態度で表すとなるとそうもいかないでしょ? お年寄りに「席を譲ってあげたい」とは思っていても、実際に譲るとなると気恥ずかしくてできない、みたいな。だから直広にはちゃんと行動できる子になってほしいと思っているの。母親として」
思いもよらないほど深い答えに私が感心しきって口をぽかんと開けていると、露草さんはそれに気づいて頬をほのかに染めながらぷっと吹き出した。
「そんな『ほえ~』みたいな顔しないでよ。こんなのただの母親の子供に対する押し付けなんだから」
「い、いえ! なんだかすごいな~って思っちゃいましたよ! 露草さんってやっぱり母親なんだなぁって」
しみじみ思いながらそれを口に出した私に、露草さんは再び吹いた。
そして「椿ちゃんってやっぱり可愛いな~」と2、3回私の頭をなでると、いつにも増して少女のようないたずらっ子っぽい笑みを浮かべた。
「そんな可愛い椿ちゃんには教えてあげる。直広が当たったっていう宝くじね、あれ、本当は当たったの1万円じゃなくて、300円だったの。これ直広には内緒よ?」
言って、舌を出した露草さんは思わず抱きしめたくなるくらいに可愛らしかった。
ああ、この人はどこまでも想像の上を行く。それはきっと私には真似できない、露草さんの魅力というやつだ。
すべては露草さんの思い通り。
いたずらっ子が考えたみたいに愉快で、脚本家が考えたかのように深くて、すべての人が一度は望み、思い描くようなハッピーな結末のお話。
こんなことを考えた、しようと思った露草さんは、やっぱりすごい人だ。
そして、今まで何度こう思っただろう。また、思ってしまった。
将来、露草さんみたいな母親になれたらいいな。
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