朝になる前に眠りたい

朝になる前に眠りたい

途方もなく、一人。


途方もなかった。
たった一人で、夜を過ごした。
その時間は、信じられないほど、途方もなかった。



駅から、たった一人、歩いた。
どこに出るのか、どこに繋がるのか、
不安でたまらない、道を歩いた。
止んだのかどうなのか、微妙な雨が、
時折私の手を打った。
傘を肩にかけて、足元だけを見つめて、
ただ歩いた。

目的地は、あるようなないような・・・・

あたたかいお茶をにぎって、
ゆっくり進む時計に度々目をやって、
ただ一つ知っている、大通りを、
迷子にならないように大事に歩いた。



私がここにいることを、私以外誰も知らない。


ただそれだけで、自分の存在を不安に思った。


私がここにいることを、私以外誰も知らない。

その事実は、たった一つで在り続け、空っぽで、
真っ白で、深い闇のようで、
そして途方もなく、重かった。



さみしいというよりは苦しく、
何もかもが自由すぎて、何も思いつかなかった。


どこに行っても、どこに帰っても、
それはただそれだけのことだった。
私以外誰も知らない、ただの事実だった。



真っ暗なドアの前にたどり着き、
鍵穴を探した。
外は、冬らしく冷たかった。
息は白かった。
けれど、まだここにいるのもいいかもしれない、と
ふと思った。
鍵を持ったまま、鍵穴を探し続けること。
このくだらない行動をしてもいいと思えるほど、
夜は長いと思った。
一人の夜は、途方もなく、長いと思った。


私がここにいることを、私以外誰も知らない。


あんまりな事実に、立ちすくんだ。
ドアに背を向けて、空を見上げた。



冷たい空気の中、星たちは美しかった。
光の数点が、ゆっくりと動いて、
空を横切っていった。

(あの大きな、空飛ぶ翼に乗っている人たちは、
 灯りのついた場所へと、帰るのだろうか。)

下を向いて、灰色のコンクリを見つめた。
灯りがあふれる通りへ、
もう一度向かった。


マフラーに顔をうずめた。
ブーツの足音が人の少ない道で響いた。
傘の先が、気まぐれに地面にぶつかる。
手袋は風の一筋も、通さなかった。


川の上にかかる橋の上で、足を止めた。
闇は吸い込まれそうなほど深く、
この夜に似ている、と思った。
耳元で、アルバムが一枚スタートする。
音の波、車の揺れ、笑う声、さよならの言葉・・・・・




目を開ければ、音楽はいつの間にか終わっていた。
空はまだ暗い。
ああ帰ろう、とようやく思えた。


真っ暗なドアの前に立ち、
鍵を差し込む。


求め続けた灯りをつけて、コートを脱ぐ。
時計に目をやって、
めまいがした。
朝が来るまで、あと数時間。
それはただひたすら途方もない、
一人の夜の宣告だった。







   <途方もなく、一人。>








061212  山口の夜を思い出す。
061217 朝ねむアップ


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