In limited space and time

写真


「はい、チーズ!」
他愛もない声をあげ、彼女はシャッターを押した。
不意をつかれた僕は、思わず目を瞑ってしまった。
びっくりした僕の顔を見て、笑っていた彼女。

この街にくるのは5年振り、高校の修学旅行以来だと言っていた。
きちんと街の風景を収めたいそうだ。
彼女のことだ。友達と喋ってばかりで、カメラなんか荷物になっただけに違いない。

「ねぇー…早く次行こうよ」
急かす彼女に軽い返事をし、歩きだした。
実は、僕も最後に来たのは修学旅行だった。
今回は、行ったことのなかった場所に行ってみたかった。
目的は同じ。風景を写真に収めること。
カメラを片手に歩いた。彼女の方が2、3歩先にいた。

お互いに、写真を撮り合った。
相変わらず、僕に向けて急にシャッターを切るくせに
自分はきちんとポーズがとれていないと怒った。
お返しにいきなりカメラを向けた時の
彼女のびっくりした顔は、今でも忘れられない。

「うわぁー…」
言葉にならない彼女の感嘆が、その街の全てを表していた。
時間が流れていない、とでも言うのだろうか。
目では見えない、カメラでは捉らえられない厳かな雰囲気。
二人だけが周りから隔離されているような気がして
不安でもあり、嬉しくもあった。

あれから何年経ったろうか。
友達からの伝え聞きで、彼女が結婚することを知った。
もちろん、相手は僕じゃない。
久々に彼女の名前を聞いたので
あの街で撮った写真を見て、思い返してみた。
一枚、一枚。
もう一度、彼女と歩いているようにめくっていく。
写真には、色々な表情で写っている。
決まって顔の横でピースをしていた彼女は
間違いなく、僕の大好きな彼女だった。

「なんでなの?」
旅行からのほんの数カ月のあと、僕は彼女に別れを告げた。
彼女の笑顔が嫌いになった訳じゃない。
嫌いになる訳もない。
ただ、恐くなった。
いつかは失わなければならないと思うと、恐くなった。

「そう…」
ただ別れたいと言う僕に、彼女は一言だけ呟いた。
その時の表情は、どの写真の中にもなかった。
何百枚の写真を見終わって気付いたが
二人一緒に写っているものは、一枚しかなかった。

結局、これくらいしかしてあげられることはなかったのかなと思い
溜息をついて窓を見ると、綺麗な桜が咲いている。
ふと手に持つ写真に目を移すと、二人の後ろにも同じような桜が写っていた。
あの街はまだ、時が止まったままだろうか。
後悔なんかしていないし、したとしても意味はない。
今はただ、彼女の幸せを祈るだけ。
彼女の笑顔と同じように綺麗に咲く、この桜に。


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