比嘉周作    トーク&タップダンス

比嘉周作  トーク&タップダンス

君ありて幸福


 ワンルームマンションの四階。そこに「あなた」は一人で住んでいる。
 仕事から帰るのは、最近はいつも夜十時過ぎ。
 玄関のドアを開けても、真っ暗な部屋は無人で、誰もあなたに「おかえり」を言ってはくれない。
 「あなた」は誰もいない部屋に帰るのが、最初はたまらなく悲しくて、玄関で座り込んで泣いてしまったこともあった。
 「ただいま」と言ってみても、誰の返事もない空しさに、いいようのない寂しさを感じたこともあった。

 今ではもう慣れた。

 「あなた」は母親や友人にそう言って笑う。
 もちろんそれは嘘だ。
 お風呂の準備をしている最中や、
 「あなた」以外に食べる人のいない夕食を作っているとき、
 自分は一生このままひとりぼっちで生きていくのかと、思わずぞっとして涙が止まらない日がある。
 そういう悲しい日が今でも「あなた」にあることを、「わたし」は知っています。
 「あなた」は、そんな「わたし」に気付いてくれているのでしょうか?

 たとえ気付いてくれていなくても、
 小さくても、「あなた」を見つめている命があります。
 その、小さな命は、「あなた」を見守ることしかできないけれど、「あなた」は「わたし」に、たくさんの幸せを、いつも与えてくれています。
 「あなた」と共に過ごせることを、とても幸せに思っています。
 ありがとう。
 「わたし」にとって、「あなた」はとても特別な存在です。
 二年前、「あなた」が「わたし」を選んでくれて、大切に育ててくれて、「わたし」はとてもとても、「あなた」に感謝しています。「わたし」が泣くことができるなら、泣いてしまうほどに、「あなた」に感謝しています。

 「わたし」は「ゼラニウム」と呼ばれている花。
 花言葉は「君ありて幸福」。

 「わたし」は「あなた」と共にいることに、かけがえのない幸せを覚えます。
 いつか「わたし」にとって「あなた」がそうであるように、「あなた」に幸福を感じさせてくれる人が現れる日が来るでしょう。
 それまでは「わたし」が、その人の代役になれるでしょうか?
 だから、もう、泣かないで下さい。

 「あなた」は着替えをすませ、電気を消す前に、「わたし」に笑顔をくれた。
 そして語りかける。優しい声で。
「おやすみなさい」


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