比嘉周作    トーク&タップダンス

比嘉周作  トーク&タップダンス

クリスマスイブのストーリー



 男は頭を抱えてうずくまった。
 日付けは12月24日。クリスマスイブ。
 場所は男の住む2DKのアパート。
 登場人物を紹介しましょう。
 男。そしてその恋人であるA子。
 さらに男のもう一人の恋人であるB子。以上三名である。
 簡単にいうと、男は二股をかけていた。
 それがイブの夜に悲劇と恐怖を生むわけだが、まずは今日にいたるまでの流れを説明しよう。
 男は大学生。一年浪人の末、昨年めでたく大学受験に合格し、念願の一人暮らしを始めた。
 恋人A子とは、大学の同じ学部で知り合った。
 恋人B子とは、バイト先で知り合った。
 A子もB子も、男が自分以外の女性とつきあっている、つまり、男に二股をかけられているとは気付いていない。
 ただし、怪しいとは感じている。
 女性二人は、気付いていないふりをして、自分の勘を信じて男の身辺調査をこっそり進めていた。
 彼女の前で、携帯電話やスケジュール表など、プライベートな秘密が満載のアイテムを無造作に置き忘れたりしていたことが、男の敗因となるわけだが……。
 しかし、男の方は、自分が彼女達に疑われていることなど夢にも思っていない。
 自分は二人とうまくつきあっている。浮気のしっぽもつかまれていない。
 これはあと一人まで大丈夫なんじゃないかと、かなり有頂天になっていた。
 そこに悲劇が訪れる。
 男の計画では、
 クリスマスイブをA子、
 翌日のクリスマスをB子と、過ごすつもりでいた。
 それぞれに、そのスケジュールで了解を得た。
 俺は段取りの天才なんじゃないかと、男の鼻はこれ以上なく高くなっていた。

 そして、運命のクリスマスイブ。

 男は自分のアパートにA子を呼んだ。
 念のため、今の段階で携帯の電源を切る。
 A子が到着するまで10分かかる、と予測した男は、部屋を掃除して、シャワーを浴びて、その他諸々の用意を済ませ、

 ついに彼女の到着を告げるチャイムが鳴った。

 慌てず騒がず、しかし胸の中は期待で爆発しそうになりながら、男は玄関のドアをあけた。
 あり得ないものを、男はそこに見た。
 そこにいたのは、A子ではなく、B子だった。

 なぜだ!?

 という疑問のあとに、

 やばい!

 と男は思った。思ったどころではない。実際に叫んでしまった。
 B子は静かな表情のまま、しかしまっすぐ男の目を見つめて、
「何がやばいの?」
 と質問した。
 男は全身全霊を込めて、頭を左右にふった。
「な、なな、なんでもないよ」
 そして、親に大学まで出してもらい、日々自分の将来のために鍛えているはずの頭脳をフル回転させ、こう言った。
「B子がくるとは思わなかったからさ、コンビニ行こうよ」
 何だそれは、それはないだろう。
 もう、その言葉、慌てよう、表情から、B子は自分の疑問が確信だったことを悟った。
 もともと、明日男と会うはずのB子が、何の連絡もなしに、この時間、男の部屋を訪れた時点で、男の破滅は始まっていたが、今や事態は急加速して驀進していく。男にとって、最悪の方向へと。
 男は、とにかくA子が来る前に、B子をこの場から連れ出したかった。
 しかし、B子は何も言わず、しかし男を押し退ける程の凄まじい力で、部屋の中に入った。
 そのB子を強引に連れ戻そうと部屋の中へ振り返ろうとした、まさにその瞬間、
 階段を上がってくる足音が、男の耳に届いた。
 こつん、こつん、と響いてくる音を聞きながら、恐る恐る、男は祈った。

 A子さんじゃありませんように!
 サンタさん、あの足音の主がA子じゃありませんように!

 必死に祈る男の懇願に応えるように、

 A子が姿を現した。

 男の動揺した顔を見て、A子は瞬時に事情を察知した。
 険しい顔になり、男に近付いてくる。
 正確には、男の部屋の中にいる決戦の相手を睨んだまま、完全な戦闘体制を整えた女の顔で、一歩一歩近付いてくる。
 反対に、この期に及んで男はまだ事態を回避しようと無駄な努力を試みた。
「ケーキ買いに、コンビニ行こう」
 男はどうやらコンビニが好きらしい。
 それはさておき、うろたえまくる男を無視してその横を通り過ぎ、A子はB子の待つ部屋へと入っていった。

 進退極まった!

 男は叫んで頭を抱えた。
 ドアがゆっくりとしまっていく。
 さあ、みなさんご一緒に

 メリークリスマス!


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