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第7官界彷徨
なまはげの夜
「なまはげの夜」
さとしは夜がきらいだ。夜はこわい。ばあちゃんの寝息だけがきこえて、あとはまっくらやみ。まっくらなやみは広がってきてさとしにおそいかかる。
「こわいよう」
足をちぢめてふとんをかぶっても、背中とふとんの間からやみはひんやりはいりこむ。
「かあちゃん」
ふとんの中でさとしは眠りながら泣いた。泣きながら眠った。
あたたまったふとんはいつも抱いてねてくれたかあちゃんのようにやわらかい。さとしはすうすうすうすう寝息をたてはじめた。
さとし、年があければもうすぐ2年生。かあちゃんが死んでとうちゃんは町場にはたらきにいった。
「さとし、ばあちゃんをたのむ。さとし、つよくなれ」
とうちゃんはそういって電車にのっていってしまったけど、さとしはちっともつよくなれない。
ふとんの中で泣いて眠る。
さとしはこのごろ、とにかく不安だ。まえよりもっと、もっと夜がこわい。
「まことにまことに申しわけねえことです。ばばとまごだけのおらがです。どうぞなまはげさまのごせったいは、かんべんしてくだされ」
ばあちゃんがまがったこしをもっとまげて、村役の人にあやまっているのを、さとしは物置小屋のかげからこっそり見ていた。
「たいへんだ、もうすぐなまはげの夜がやってくる」
さとしは胸がドキドキしてきた。小正月の夜なまはげがやってくる。その年のまわり当番の家では、なまはげたちに大ごちそうをする。
「どうぞどうぞなまはげさま、きげんようして帰ってくだされ。ささ、ここに酒がございます。海のもの、山のもの、おいしいごちそうを用意しました。この子も良い子になると申しております。どうぞどうぞなまはげさま、きげんようして帰ってくだされ」
当番の家の父ちゃんとかあちやんが、昔ことばでかしこまって、いっしょうけんめいもてなすと、
「そうかあ、いい子になるかあ、つええ子になるかあ。とうちゃんやかあちゃんの言うことよっくきくかあーー」
なまはげはそんなふうに、しつこいぐらい子どもたちをおどして、ちょっとかしこまって酒を飲み、料理をすこしつつくと、どどどどどどどどと、出ていってしまう。
残ったのは、とうちゃんやかあちゃんにしがみついた子どもと、食い散らかされたおぜんと、たくさんのわらしべ。
さとしはおぼえている。
保育園にあがっても、かあちゃんのおっぱいくわえていたころ、ばあちゃんがとなりのしっかりもんのやすことくらべて、ふがいながって、
「おめえが手かけるから、は、さとしが甘ったれてしょうがねえ」
と、小言を言っても、かあちゃんは、
「はいはい」
と笑いながらぴったりとひざに乗ったままはなれないさとしの頭をなでた。
そんなやさしいかあちゃんがいても、なまはげの夜はこわかった。
どどどどどどどど。
なまはげがやってくる音がすると、さとしはぎゅっとかあちゃんにしがみついた。
それだけじゃたりなくて、足でもしがみつく。顔をかあちゃんの胸におしあてて、目をつぶる。
かあちゃんもさとしをぎゅっとだきしめてくれた。
先とうのなまはげが大声で言った。
「さとしよう、おめえは保育園さへえっても、まあだかあちゃんのおっぱいのんでるって、ほんとだか」
さとしはもうこわくてこわくて、なまはげより大きな声を出してわあわあ泣いた。
かあちゃんはさとしを抱きなおしながら、
「春になったらやめさせますで、かんべんしてやってください。ほれ、さとし、春になったらおっぱいやめるな。なまはげさまにちゃんとやくそくできるよな」
と言った。
(なまはげはなんでも知ってる。おれがかあちゃんのおっぱいのんでることまでーー)
さとしはふるえあがって、よけい大声で泣いた。さすがのなまはげたちも、その声にびっくりしたのか、
「よしよしわかった」
と言って帰ってしまった。
かあちゃんもばあちゃんもにがわらい。さとしだけがかあちゃんのひざの上で、甘えていつまでも泣きつづけた。
その夜、おそくかえったとうちゃんが、
「なまはげさ行ったところで、さとしが一番大泣きしたと、みんなにわらわれたぞ」
と、少しおこってかあちゃんに話したのをさとしは知らない。
かあちゃん、一生ぶんさとしをかわいがって、それから、死んでしまった。
正月になってもとうちゃんは帰ってこなかった。冬のあいだ、雪のない町場の工事現場で、かせげるだけかせいでくるつもりなのだ。
ばあちゃんと二人だけのさびしい年越しだった。
「せけんは正月でも、なんもめでたくもねえ」
ばあちゃんがそう言って、角の店で買ってきた切り餅ひと袋。それがふたりの正月だった。
「おめどとう、さとし」
となりのやすこが、おかっばあたまふりふり、カステラだのまんじゅうだの持ってきた。
「二人だけじゃ張り合いないべ」
あとからやすこのかあちゃんも顔を出した。でかせぎにいっているやすこのとうちゃんは、正月休みで、みやげをもって帰ってきたのだった。
でもさとしはそれどころじゃなかった。
もうすぐだ、もうすぐなまはげの夜がやってくる。ばあちゃんは酒も餅も出せないと言っていた。
かあちゃんがいない。
とうちゃんもいない。
(なまはげはおれをどうするんだろう)
こわい。
こわい。
こわくてこわくて、さとしは1日中ばあちゃんのあとをついてまわった。
「どうした、さとし。とうちゃんいなくてさびしいか」
ばあちゃんは心配そうに声をかけてくれるのだが、さとしは、なまはげの夜がこわいとはどうしても言えなかった。
さとし、強くなれ。とうちゃんはいつも言っていた。だけどさとしは、ちっとも強くなれなくて、なまはげの夜がこわくておそろしくて、一人でふるえるばかり。
さとし、つよくなれ。
14日の夜は、こわくて眠れない。いよいよあしたは小正月。どこかへ逃げたい、とさとしは思った。だけど、ばあちゃん一人をのこしておけない。あれやこれや考えて、
「そうだ」
さとしはいいことを思いついた。あしたの夜はばあちゃんと二人、やすこの家に呼んでもらおう。小正月だもの、おばさんだって、晩めし食いにこう、泊まりにこうと、いつも言ってる。そうだそうだ、やすこと二人ならおっかないことないぞ。
よかった。
さとしは安心して眠る。外は、ふぶき。
「さとし、さとしい」
ばあちゃんの呼ぶ声で目がさめた。寒い朝。きょうは学校も休みなのに。
「ばあちゃん」
さとしはハッとしてとびおきた。
ばあちゃんは土間のあがりがまちにたおれてさとしを呼んでいた。
「ばあちゃんどうした」
「足が、うごかねえ。となりさ行ってやすこのかあちゃんにたのんでこう」
さとしはねまきのままとなりへ走った。こおりつく朝の風もさとしにはわからない。日がさして、はんぶんだけ雪がついたくすの木のみきが、うす緑色にかがやいて、空はもうまっ青に晴れて・・・・そんな大好きな朝のけしきも、さとしの目には入らない。
ばあちゃん。
ばあちゃん。
ながい、ながいような時間がながれ、さとしはばあちゃんのまくらもと。
すぐきてくれたやすこのかあちゃん、ばあちゃんをふとんにねかせて、しんりょう所の先生をよびにいって・・・。
きのうのふぶきでつもった雪を、雪かきしていてころんだばあちゃん。70すぎたばあちゃんんの骨はもろい。ころんだとき、骨にひびが入ったと先生は言った。
「ばあちゃん、雪かきぐれえ、おれがやってやるのによ」
やすこのかあちゃんは泣いた。
「さとしがな、やすこんところへあそびさ行ぐとき、歩きいいようにと思ってよ」
ばあちゃんはくやしそうに泣いた。
ばあちゃんのけがは、大丈夫なおる。ただ、年寄りだから3か月は寝ていないといけないだろう。
しんりょう所の先生の見立てだった。
「さとし、がんばれよ。またあした来っからな」
そう言って先生は長ぐつをはいて帰っていった。
「さとし、さとし」
ばあちゃんがさとしを呼んだ。
「さとし、早く大きくなってくれよ」
さとしは心がなみだでいっぱいで、返事ができなかった。心ぼそくて心ぼそくて、心臓ばかりがドキドキ鳴った。
ひるからやすこが遊びに来たが、走りまわって遊ぶわけにもいかず、やすこもいつもよりおとなしく、二人で背中をむけあって、半日まんがの本をながめてすごした。
その夕方、さとしは大変なことを思い出した。やすこが帰りがけに、
「こんや、なまはげだな」
と言ったのだ。
ドッキン。さとしは心臓が大きな音をたててから止まったような気がした。
どうしよう、ばあちゃんまでがけがをしてしまった。ばあちゃんが寝込んで、さとし一人の家にまで、なまはげはおどしにくるのだろうか。
さとしのむねはやりきれない思いでいっぱいになった。
「早めにまんまくえ。あとでまたくるから」
やすこのかあちゃんはそう言って帰っていった。いろりのなべには、小正月のおいわいのあずきがゆがにえていた。
「さとし、はらすいたらくえよ。おれはあんまりくいたくねえから」
ばあちゃんはうすくらい部屋のふとんの中で、すっかりよわよわしい声で言った。
さとしはばあちゃんのふとんのそばに寝ころんで聞いてみた。
「ばあちゃん」
「なんだ」
「こんやおらがにもなまはげ来るべか」
「来るべよ」
「おれ、なまはげおっかねえ」
「あにいうだ、なまはげさまはな、人間のはらの中にいる鬼をたいじしに来るだ。来てもらえねえばおらがの厄も明けねべえ。なまはげさまに払ってもらって、悪いことばっかりは、は、きょうでおわりだ」
ばあちゃんはしんけんだった。
さとしは困ってだまってしまった。
やっぱり来るのか。もし来たらどうすべ、どうするべ。
でも、ばあちゃんのそばにいて、こわいなまはげのさわぎから、ばあちゃんを守ってやるしかなさそうだった。
「よし」
声に出したらドキドキがきえた。
ドスドスドス
表で、雪の中を歩くおとがする。コトリ、傘をおく音がして、土間の戸があいた。
なまはげだ!
ワーッと逃げだしたい気持ちをがまんして、さとしはみがまえてばあちゃんのまくらもとにすわった。
くるなら来い、なまはげめ。
すると、入ってきた人かげが言った。
「さとし、ばあちゃんどうだか」
「あっ」
黒いぼうしをすっぽりかぶったとうちゃん。
「とうちゃんだ、とうちゃんだ」
さとしはとうちゃんの胸にとびついた。
「けさ、となりのおっかさんから電話をもらってよ、いそいで親方さわけをはなしてやめてきたんだ。ばあちゃんとさとしだけで冬こしはみりだとわかっていたんだが・・・。すまなかったな」
さとしは甘えて、とうちゃんの胸のなかでくすんくすんと泣き声を出した。
そのとき、
どどどどどどどど
みのをつけた、いかついかおつきのなまはげどもが、手に手に刀をぎらつかせてかけこんできた。なまはげはとうちゃんを見ると、
「あれ、おどやん、いづかえって来たが?」
「たった今、ついたとこだ」
「ばあちゃんけがしたってなあ、聞いてたまげたべ」
「おうよ、いそいでやめて帰ってきたさ」
「そりゃあよかった。その方がいいべ。さとしはとうちゃんがるすのあいだ、いい子だったぞ。なあさとし。ばあちゃん、助けてえらがったな」
ことしのなまはげは、なんだかへんにやさしかった。
とうちゃんがかえってきた。こわいはずのなまはげが、さとしのことをほめてくれた。さとしはとうちゃんのひざの中ですっかりまんぞくしてしまった。
とうちゃんは黒いカバンの中から、みやげのはこを出してなまはげにわたした。
「ささかまぼこだ。あとでみんなでつまみにしてくれ」
「どうもごっつおうさん。それじゃまた」
へんなあいさつをしてなまはげたちは帰って行った。あとには、ふとんの中で安心したように、ぺったりとうすくなってねているばあちゃんと、とうちゃんのひざですっかり甘ったれたさとしと、たくさんのわらしべが残った。
やすこの家のほうで、なまはげのどなりごえと、やすこのなきわめく声が聞こえる。
「おれ、なまはげにほめられたど」
あした、まっさきにやすこにじまんしてやろう。さとしは思った。<終>
ー千葉児童文学賞受賞作ー
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