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山形県の米沢から、鶴岡、そして酒田に旅をしていた。
大人になったらしたいこと。
「大人の休日倶楽部」で吉永小百合がポスターで宣伝しているところだ。
この広告の中で、舞妓さんなど酒田に残る東北に根づいた京文化の訪ねている。
「1672年、河村瑞賢が西回り航路を整備すると、酒田はますます栄えるようになり、その繁栄ぶりは「西の堺、東の酒田」ともいわれ、太平洋側の石巻と並び、奥州屈指の港町として発展した。
日本永代蔵に登場する廻船問屋の鐙屋(あぶみや)や、戦後の農地改革まで日本一の地主だった本間家などの豪商が活躍し、町は三十六人衆という自治組織により運営されていた。
1689年(明治-178年)6月13日 に松尾芭蕉が奥の細道で訪れている。 」
ウィキペデアより
西回り航路が京都の文化まで運んできたのだ。
酒田の町を歩いた。
黒い壁がつらなる山居倉庫は、かつての港町の賑わいを想像させるが、
ほかにも、いくつかの料亭あと、とくに老舗料亭山王くらぶの二階にあがると、その大広間の大きさに驚いた。
この料亭の豪華さは、かつての港町の繁栄の凄さを感じることができる。
映画「おくりびと」も、この町で撮影されたが、
主人公の勤める葬儀社、NKエージェントは、その建物のもつ存在感に独特なものがあった。ここは旧割烹小幡の建物だ。ロケ地の観光コースになっていて、中に入ることできた。
そして、港座。
ここも映画の中に出てくる場所だ。
寂れた商店街の中にあり、探し出さないとわからない。
古い階段をのぼり、扉を押すと、ひとりの青年が出てきてくれた。
そして、劇場の中を案内してくれた。
最近、映画「おくりびと」の影響もあり、復活したそうだ。
「かつて「東北一の劇場」と呼ばれ、2002年に閉館した酒田市日吉町1丁目の映画館・港座が来月、再開することになった。
映画「おくりびと」(滝田洋二郎監督)が米アカデミー賞外国語映画賞に輝いたことをきっかけに、ロケ地の一つの港座に多くの観光客が訪れている。この盛り上がりをマチの活性化に生かそうと、住民有志が立ち上がった。」山形新聞2009年5月10日
まあ、復活といっても、月に1本の状態のようだ。
しかし、この港座、中に入って驚いた。
小さな入り口のくたびれた映画館なのに、
中に入ると奥行きがあり、スクリーンが3つ、3つの劇場があるのだ。
その当時は、最先端のシネコンだったと思う。
このあたりの凄さもかつての栄華の片鱗を感じさせるのだ。
莫大な富と、蕩尽、それが文化には必要なものなのかもしれない。
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