そう言えば、クロはどこでもクロと言う名前でした。
職場にいた時も誰にも名前を尋ねられた事もないのに、みんなクロと呼んでいました。
それ以外の名前は思いつかないような、真っ黒の犬だったから。
それでも捨てられる前には、もう少し洒落た名前で呼ばれていた事もあったのでしょうか?
そのまま私はクロを迎えに動物病院へ向かいました。
驚いた事に探し当てた動物病院は、彼の入院している病院の真ん前だったのです。
救急車で運ばれる彼の姿をどこかから見ていて、その後を追ってこの町まで来ていたのでしょうか?
この時ほど犬が言葉を話せたらいいと思った事はありませんでした。
クロに色々聞いてみたかった。
どんな風だったの?どこで何をしていたの?何を考えていたの?と。
体のあちこちに残る傷跡が、事故にあった事を示していました。
でも元気そうでした。
クロは私を見ても、驚く様子も嬉しそうな様子も見せませんでした。
数ヶ月逢わなかっただけで、私の事を忘れるはずはありません。
看護婦さん達が入れ替わり立ち代り、クロにお別れの挨拶を言います。
「クロちゃん、元気でね。」
先生はクロの治療費を受け取ってくれませんでした。
「そんなつもりじゃないですから。この子のためにやった事ですから結構です。」と・・・
五匹の仔犬とクロを乗せて彼の入院している病院へ行きました。
クロは車に乗るのを嫌がり暴れまくりました。
やはり事故を思い出して怖かったんでしょうか。
彼を車椅子に乗せて駐車場でクロと仔犬を見せました。
その時もクロは彼を見て喜ぶ様子は、ありませんでした。
その時はわからなかったけど、いま考えるとクロは事故のせいで記憶喪失になっていたのじゃないのでしょうか?
あれだけの事故で、もちろんシートベルトをしていないクロが頭を強打した事は充分に考えられます。
そう考えれば私を見たときや、彼を見たときの平然としたクロの他人を見る目つきは納得できます。
帰りの車の中でクロは仔犬達の事もそっちのけに狂ったように暴れまくりました。
事故のものすごさをわかるには充分でした。
記憶喪失になっているのならその記憶も消してしまえばよかったのに。
事故の記憶はなくても本能的な恐怖に怯えていたのでしょうか。
一時間の道のりが永遠に続くかと思われるほど長く感じました。