必殺必中仕猫屋稼業

第2話

大きな痙攣とともに武志は我に返った。
広げた右手にはCOLT45のグリップではなく、脂汗にインクがにじんだクシャクシャのフェリーのチケットがあった。
呼吸はまだ乱れ、肩は激しく上下を繰り返している。
・・・また・・・。
・・・あの夢か・・・。
彼は小さく舌打ちをした。
強い鉄錆びと魚臭さが鼻をつき、波の音と古いエンジン音のうなりが聞こえてくる。
そうだ・・・。
ここは北の島に渡るフェリーの船室だ。
・・・あの戦場じゃない・・・。
あれはもう5年も前の事なんだ・・・。
本土と、島をつなぐちっぽけなフェリー。
外海の荒波をひとつ乗り越えるたびに、船体はきしみ悲鳴をあげる。
船底の船室には、武志のほかに10人近い乗客がいたが誰も口をきかずじっとうずくまり目指す港に着くのをまっている。
武志は静かに立ち上がった。
「お兄さん、気分転換かい?少し潮風にあたるといいよ。」
隣に座っていた毛布をかぶった老婆が彼と目をあわさずボソッとつぶやいた。
・・・見てない振りして、みんな俺をみてやがる・・・。
この船室に下りて来たときから、そこに漂う嫌な空気を肌で感じていた。
フェリーの客のほとんどが、これから行く島の人間達だ。
北の果ての外界とはほとんど行き来のない辺境の島。
よそものに対して強い警戒心を持っているのは当然といえた。
白いペンキのはげた狭い階段の昇り甲板にでた。
彼の頭上には一面灰色の雲が手を伸ばせば届くような低さでたちこめている。
足元にはのっぺりした黒い海水が舳先に割られて濁った泡をたてている。
白黒の空と海の境界線には暗い島影が浮かんでいた。
島中央にそびえる山は、まるで雲を突き刺さるかのように、その頭をかくしている。
その山を取り囲むように森らしき稜線が広がる。
本土の港からフェリーで8時間北の孤島・・・。
とうとうこんな所まで来てしまったか・・・。
あの戦場以来、闘う事に嫌気がさし除隊した。
そして安住の地を探して旅を続けてきた・・・。
だが、どこにも彼を受け入れてくれる場所はなかった・・・。
いや・・・。
むしろ・・・。
武志自身がそれを拒否していたのかもしれなかったが・・・。
はたして・・・。
この辺境の孤島はどうだろう・・・。
左の袖をめくり、ブライトリングを確かめると、到着予定時刻にはまだ小1時間程ある。
武志は舳先に向かおうとして操舵室の角を曲がった。
とたん船が激しく傾き、波が舳先にぶつかり大きなしぶきをあげ、武志は海水と油で湿った床に足をとられた。
反射的に左手を伸ばし手すりをつかむと同時に。
「キャアア!」
悲鳴とともに、彼の体をかすめるようにしてブルーのパーカーの少女が飛んできた。
とっさに右手を伸ばし少女の腕を掴まえ強く抱く。
そのままの姿勢で、武志は揺れが静まるのをまった。


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