本丸より(8)



日本から桜の便りが届く頃になったというのに、
ニューヨークはまだ春は遠く、雨が降ったりやんだりしている。

午後、急ぎの用があって、26丁目まで出かけた帰り。
夕方と雨が重なって、タクシーはつかまりそうになかったから、
23丁目の地下鉄の駅まで歩いていった。
雨はほとんど霧雨のようになっていて、
もう、傘をさすほどもなかった。

5th アヴェニューとブロードウェイが交差する通りを渡りながら見上げると、
エンパイアステートビルのシャープペンのように尖ったテッペンが
薄い雲に見え隠れしてきれいだった。

地下鉄の階段を下り、
少し混み始めているプラットフォームで6番線が来るのを待っていた。

MDからクラプトンの歌が聞こえていた。

"...you were there through my joys and my sadness...
and you never let me down..."

プラットフォームの向こう側を行き交う人達を眺めていたら、
少しずつ、目に映る場面がぼんやりとしてきた。
私は鏡を見なくても、自分が無表情であることはわかっていたし、
悲しいとか、淋しいという特別な感覚もなかった。
なのに、ぼやけはじめた視界は、
さらに、まるで静かな水面に風が吹くように、
緩やかに動き始めていた。

うつむいて、まばたきを一度したら、
大粒の涙がふたつ、プラットフォームのコンクリートの床に落ちた。

私は自分が泣いていることに気がつかなかった。

少しずつ目を覚まし始めようとしている感情とは関係なく、
無意識下の「私」はずっと、そうやって泣き続けていたのだろう。

Time heals...
時間がなおしてくれる
人はよく、そう言うけれど、時間が経つほどに、痛みは鋭くなる。

"Time can bring you down,
time can bend your knees.
Time can break your heart
have you begging please...
begging please..."

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